第76話
暗い夜道を、当てもなく走る。
逃げて、逃げ続けて、どこに行けばいい。
「ぜえ…ぜえ…」
真白…あいつ、警察に喋っただろうな。
あんな時間に風呂なんか行くか、普通。
勝手に外に出たのがバレたら、親にも連絡行くだろうし、どうするかな…
さみいな…ああ、くそ、真白のせいだ。なんだよ、あいつ。
警官と仲良くして、自分も事件を追ってるつもりかよ。
……とにかく、”暗殺者”が俺を見つけるまで、ブラブラしとくか。
*
「――ぎゃはは!
亜美それ、マジ頭おかしいって!」
「えー?
翠玲ちゃん、さすがにヒドくなあい?」
王翠玲。…声が大きい。
坂本亜美。コバンザメ。
「昨日ゲーセンでさ、灰皿投げてるやついてよ。」
「GN灰皿な。」
「出禁にしろよな。」
新島琉希。陽キャ。
田中大陸。クラスで一番口が悪い。
新開武光。たまに口が悪い。
「――それでその男子、ダルがらみしててさ。
手を引いてダッシュして逃げてきたの。」
「ほんと、怖かったよ…」
「マジで?あたしがいたら追い払ってやったのに。」
高村美羽。誰とでも喋る。
佐山茅陽。クラスで一番弱い。
椿本莉々。いつも佐山を守ってる。
「二〇〇三年のアルバムが良くてなー。」
「急にハマったな。サブスク?」
「あー、この曲だけ聞いたことあるかも。
ごめん、全然聞いたことなかったわ。」
石井完三郎。漫画かロックバンドの話しかしない。
長谷川亮。他人の話を聞いていない。
岸本惇士。コミュ力が高い。
「あ、美容室行った?
さや、もっと伸ばしても似合うと思うなー。」
「そうかなあ。
あ、靴も新しくしたの!みてー。」
「え、結構高いやつじゃないの?
タイガーじゃん、タイガー。」
早川栞。佐山の保護者。
真白さや。隣の席。
平沢七海。ファッションの話しかしない。
修学旅行前で浮かれている奴ばかり。
京都に行って何を勉強するんだ?
和菓子の作り方、染め物、座禅。将来何の役に立つんだ、それ。
「いい思い出になる」、ね。
誰に聞いても口を揃えて同じことばかり。
意味のない思い出だよ、それ。
うるさいやつ。
目立つやつ。
誰からも好かれるやつ。
立場に甘んじてるやつ。
全部、嫌いだった。
あいつらが消えたら、このクラスはどれだけ静かになるだろう。
…静かな教室って、いいかもしれないな。
「隣、失礼するよ、立石くん。」
新幹線の移動、長い長い苦痛の時間。
隣に来たのは青木健一。
いつも表情がない。
興奮して走り回る馬鹿どもと、止める気のない教師。
列車の走行中くらい、座って待てないのか。
転んで骨折でもすればいいのに。
「はい、班ごとにお弁当配りまーす。
班長からもらってねー!」
「はいこれ、立石くん。」
大森弥生。いつも周りの顔色を伺ってる。
余り物の俺を、この班に受け入れた女。
内申点狙いだろうな。必死なやつだ。
「わっ、きゃ、助けて!」
「ちーちゃん、鹿せんべい持ってるからだよ!」
「あたしのちーちゃんになにすんだ、鹿!」
「だめだってりり!
ちーちゃんも、走っちゃ危ないよ!」
仲良し四人組、ってか。うるっさいなあ。
いつも三人で佐山を守ってる。
同い年だろ、なに子供扱いしてんだか。
「久喜北高校の皆さん、水月楼へようこそ!
これから四日間、どうぞおくつろぎ下さい!」
古ぼけた旅館。
ぎいぎいうるさい階段、現金しか使えない自販機、畳臭い部屋。
四日間か…
頭がおかしくなりそうだ。
入浴後、うんざりして旅館を出た。
得なことがひとつだけある。俺が長い時間不在でも、誰も気がつかないってことだ。
…伏見は、いいところなのかもな。
班行動が強制じゃなければ、いろいろ見て回りたかったが…
「っと、すいませ…」
…観光の外国人か?
背の高い、中東系っぽい顔立ちだ。
けど、なんかコスプレでもしてるみたいな、中世っぽい服装だな。
フードを被ってて、腰に飾りのナイフまである。
まるで――
「…暗殺者みたいだな、はは。」
「كما ترى.」
「ん?」
何語だ…?
中東って、何語だっけ。
その男は、身振り手振りで、何かを伝えようとしている。
道に迷いでもしたのか…?
交番にでも行けよ、めんどくさいな。
「あー、ポリス。
えっと、どこだ、交番…」
「ألا تفهم ما أقول؟」
「あー、ちょっと、待てって。」
急に顔を近づけてくるなよな、こいつ…
はあ、適当に相手してやるか…
これが修学旅行ですか、と。
「京都には何しに?暗殺かな?」
「إن كان لديك تكليف، فاطرحه عليّ.」
ん、返事が長かったな。
あれ、日本語は聞き取れるのか…?
「俺の言ってること、わかるのか?
わかるなら、首を縦に振ってくれよ。」
男は、俺の言った通りにした。
…変わってるな、リスニングだけ頑張ったのか。
「じゃあそうだな…
俺のクラスにいる、消えて欲しい奴でも殺してもらおうかな。」
長い日本語だぞ、難しいだろ。
けどその男は、すぐに首を縦に振った。
「لنسمع ما لديك.」
…本当に話が通じてるのか?
まあ、どうでもいいか。
もし本当にあいつらを消してくれるなら、俺にはデメリットはないし。
「あ、でも。
俺、金ないけど。」
そう言うと、男は考え込むように、首をひねった。
そして、手を口に当て、降ろした。
何度か同じ動作を繰り返す。
「え、食べ物ってこと?」
男はまた首を縦に振っている。
「أما الأجر، فأفضّل أن يكون على هيئة ضيافة فاخرة.」
「よくわからないけど…
あ、コンビニでも行く?」
すぐ近くにあったコンビニで、ホットスナックのチキンとポテトを買って、男に手渡した。
中東の人は、豚肉がだめだったっけな。
物珍しそうにチキンとポテトを眺めていたが、おもむろにチキンを一口食べていく。
すると、そこからは一気に食べきってしまった。
「気に入ったか。」
「إنه لذيذٌ جدًا.」
大きく頷きながら、答える男。
たかだか数百円の買い物にしては、やけに嬉しがってるな。
男は、指を一本立てた。
次に二本、三本、四本、五本と増やしていく。
「أستطيع أن أتولى حتى خمسة أشخاص.」
よくわからないが、五…
五人ってことか!
「じゃあ、こいつと、こいつと…」
グループトーク画面に共有された写真を指差して、ターゲットを伝えてみる。
なんか、楽しくなってきたな、これ。
「أربعة أشخاص.」
「え、顔覚えた?」
静かに頷き、男は腰のナイフを抜いた。
そのナイフを胸に当てて、何かのポーズを取っている。
入り込んでるなあ。
「أؤكد، أربعة بالضبط؟」
指を四本立てて、ゆっくりと話す男。
どれだけゆっくり喋られても、わからないよ。
けど多分、四人でいいか、って意味だと思う。
「そうそう、四人ね。あとから追加するかもだけど、四人でいいよ。」
「حسنًا.」
短く返事をしたその男は、足早に去っていく。
なんか、面白いやつだったな。
「…え、付いて来たのか?」
旅館の玄関の横に、男が立っていた。
手で、こっちへ来いというジェスチャーをしている。
…もうちょっと付き合ってやるか。
旅館の側面から非常階段を上って、三階まで来た。
まさか中に入る気じゃないだろうな。
けど、この扉は外からは開かないみたいだな。
「سآتي إلى هنا بعد يومين لأبلغكم بما وصلت إليه.」
いや…なんて言ってるかわかんないよ。
男は、月を指差している。
腕を大きく回すジェスチャーを、二回。
同じ動きをまた繰り返している。
…月が、二度、回る?
「あ!二日後にまたここに来るって?」
男は大きく頷いて、そのまま去っていった。
え、時間は決めとかないのかよ。
変な外人だな。
はあ、なんで閉じ込められないといけないんだ。
神社で何人か生徒が死んだらしいけど、知らない奴らのことなんかどうでもいいって。
四日だけじゃなく、更に延長でここに泊まらないといけないのか…
最悪な気分だ、マジで。
退屈しのぎに旅館をブラついていると、中庭から上がってくる誰かとぶつかりそうになった。
ああ、真白か。隣の席の、個性のないやつ。
なんかの事件に巻き込まれたらしいけど…ん?
「…靴、汚れてるね。」
なんか変だな、これ。
血だろ、どう見ても。洗いたいなー、じゃないだろ…
こいつ、おかしいぞ。ぶっ壊れてんじゃないのか。
外、出たいな…
あ、今日、あいつ来るのかな。
なにか食べ物買っててやりたかったけど、外出できないしな。
というか、非常階段は逆から開かないしなあ。
ま、朝になったら忍び込むでもいいか。コンビニで時間潰せるだろ。
「…本当に来たのか。」
男は頷いて、指を四本立てている。
そして、薬指と小指を折り、二本に減らした。
「لم يبقَ سوى شخصين.」
「……」
四人の内、二人始末した、って事か?
なんか芝居がかった演出って感じがするな。
男は、懐から何かを取り出して、俺に見せてきた。
これは…久喜北の生徒手帳だ。
それが二つ。
誰のものだ…?
開くと、顔写真が載ったページが自然に顔を出した。
そこには…
「これ…
王と、新島の…」
二人の顔写真のあるページに、赤い指紋の跡が付いている。
……これ、血だ。
二冊とも、血の指紋が。
俺が手帳を確認していると、男はそれを奪って、またジェスチャーをした。
二日前と同じだ。
「…また、二日後か。」
男は静かに、下に降りるように促した。
一階の食堂の外まで足早に急がされ、手で俺を制す。
下がってればいいのか?
鉄格子のある窓の前に立ち、無理矢理引っ張って見せる。
すると、あっさりと鉄格子が外れて、固定していたボルトも一緒に、穴から抜けてしまった。
ネジ穴が潰れていたのか。
まさか、ここから入れって言うんじゃ――
「いてっ…」
窓から押し込まれ、振り返ると、もうあいつはいなかった。
*
「はあ…くそ…
どこだー、暗殺者。」
寒い。
もっと着込んで来るべきだった。
くそ…どうすればいいんだよ。
足音が近づいて来る。
街灯の少ないこの道で、後ろから。
教師か?警察か?
俺を――
「なんだ、お前か。」
来たか、暗殺者。
生徒手帳を、四冊持っている。
本物だったんだよな、お前。
……なあ、指、五本立ててたよな。
「追加だ。あと一人。」
スマホの画面を見せると、男は静かに頷いた。




