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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第75話

「辻野くん、館内確認を。」


一条さんの指示で、辻野さんは会議室を退席した。

立石くんが館内に残っていれば、詳しく話を聞けるだろうか。


「…大丈夫ですか?

続いて確認しても?」


「ちょっと…

疲れ、ました。」


緊張の連続で、動いてもいないのに息が切れたように苦しい。

動悸《どうき》がして、身体に力が入らないようだ。

椅子にもたれかかって、少しだけ目を瞑《つむ》る。


「今日は、大変やってんから。

しゃあないよ。」


「…関西弁、いいなあ。」


今日は、というか今日も、激動の一日だった。

実戦では怪我こそしていないけれど、体力はかなり消耗していた。

思えば、得意とはいえない攻めを、こちらから仕掛けないといけない戦いだったな。

取り逃がしてしまったけれど、きっと警察が見つけ出してくれるはずだ。


「――それで、立石さんと会った時の状況ですが。」


一条さんの声で目を開け、姿勢を正す。


「はい。

私、お風呂に入るために二階に向かっていて、二階の踊り場で彼と鉢合わせしたんです。

立石くんは、ちょうど一階から上がって来たところでした。」


「彼の様子は?

服装や態度、なぜ一階にいたのか話していた?」


「…少し、息が上がっている様子でした。

こんな時間にどうしたの、って聞いたら、トイレに行っていたと。

服装はジャージ姿で、なにか持っていたようには見えなかった。

寝付けないとも言ってました。」


「…嘘を吐いているのは事実でしょう。

普段の学校生活で、彼はどういう人物かな。」


「えっと、私、隣の席同士なんですけど、ほとんど会話したことがなくて。

ちーちゃんは同じ中学だったから、もしかしたらなにか知っているかも。

一条さん、嘘って…?」


素早く記録していく一条さんは、私の説明のどこかに、彼が怪しいと判断する材料を見つけたようだった。


「一階には、宿泊客が利用できるトイレはない。

あるのは従業員用のトイレのみで、位置は厨房の奥です。

…少なくともひとつ、彼は嘘を吐いていることになる。」


「一階に降りていた理由は、嘘…」


でも、決定的な証拠ではない。

確かに怪しいけれど、私の飛躍した推理を証明できるようなものではないか。

「立石直人は剣士と共犯で、四人の生徒を殺させた」なんて、考えすぎか…?

楽土の剣士が、あの四人に怨みを持っていた人物に偶然接触して、頼まれて殺人をしたとは考えにくい。まず、依頼の対価は何なのかという話にもなる。金銭なんて、楽土の剣士には必要ないものだ。


立石くんは脅迫でもされているだけではないのか。

もしそうなら、彼を一番に助けないといけない。


「さや?」


「一条さん、考えてたんですけど、立石くんが剣士に脅されているとか、利用されてる可能性もありますよね。」


「それは勿論そうです。

断っておきますが、彼を容疑者と断定しているわけではありません。

彼に話を聞いてみて、もしはぐらかすなら、弱みを握られているか、それとも本当に共犯か。共犯なら、動機があるはず。

立石さんと殺害された四名の関係を洗い出せば、見えてくるものもあるでしょう。」


「一条さん、すごいなあ…」


「こう見えて私、警察官やで。

知らんかった?」


「たまに関西弁になるの、いい。」


緊張が解けて、少しだけ落ち着けた。この人は、私に心を開いてくれるようになったと思う。

私も、一条さんを信頼している。


会議室のドアがノックされ、外から声がかかった。


「辻野です。」


辻野さんが確認を終えて戻ったようだ。気を引き締めないと。

私は立石くんと同席して、当時の状況を説明すればいいらしい。

ドアが開かれ、苦い顔を見せる辻野さんだけが、そこにいた。

……まさか。


「館内に、立石直人はいない。」


偶然、このタイミングで規則を破って外出したとは思えない。

意図的に、警察から逃げているんだ…


「全フロア確認した?」


「従業員の方にも確認済み。

その後、教員の方と手分けして捜索したが、見つからず。」


「…了解。

辻野くん、教員の方はなんと?」


「少なくとも夕食時までは館内にいたと。

夜の点呼前に姿を消している。ということは…」


「断定はまだ早い。

さ…っ真白さん、彼の行方を知っている可能性のある人は?

B組でも他クラスでも、親しい友達とか。」


「…彼は、クラスで特別誰かと仲が良いって印象はなくて。

やっぱり、中学が一緒だったちーちゃんくらいしか、思い当たる人はいません。」


立石くんは、クラスでは目立たない人だった。誰とも話さず打ち解けず、休み時間にはスマホを触っていたり、本を読んでいたり。


けれど、クラスでいじめがあったとか、仲間外れにされていた覚えはない。

ただ、孤立することを彼自身が選んでいたような、敢えて空気となっていたような…

私の靴の汚れについて、彼が話しかけてきたのに、とても驚いたのはそのためだった。


「ではまず、佐山さんを当たりましょう。」


会議室に、情報の引き継ぎをしている二人を残して、私は三階へ向かう。

三〇一号室の襖を開き、ちーちゃんに声をかける。

いきなり立石くんの話をすれば、彼女も何か察するだろうし、不安が大きくなるだろう。

伝え方は、プロの一条さんに任せて、私は傍で付いててあげるのがいいと思う。


「でも私…話せない、よ。」


「…ちーちゃん、高村さんたちのためなんだよ。」


「っ……

いいよね、さやちゃんは強くてさ。

私、もういっぱいいっぱいだもん。」


――まるで、鏡を見ているみたいだ。あの時の私と、全く同じ。

今のちーちゃんは生きる力を失いつつある。

六人……クラスから六人も犠牲者が出たのに、行動し続けている私の方が異常なのは、わかりきったことだ。

私は……剣士を止めることを優先しすぎたのかな。

ちーちゃんの心を守る役目を、蔑ろにした。その結果がこれだ。


あの時つるさんは、私にどう接してくれた…?

イーゴンさんは、自分も辛かったのに私を抱き上げて、優しく包んでくれた。

セラなら、きっと代わりに怒ってくれた……


「悲しくないわけじゃない。

なにも感じてない…わけじゃないよ。

私にできることがあって、それをすれば傷つく人が少しでも減るなら、全力で取り組むだけ。

一条さんも、きっと同じ気持ちでいてくれてる。」


正論とか、正義とか、今の彼女には鬱陶《うっとう》しく聞こえるだけだ。


「犯人は捕まえる。仇も討つ。ちーちゃんも守る。もう誰も死なせたくない。

…それが、今の私がやらなきゃいけないこと。

一人じゃ、多分できないことだらけ。

……だから、親友に力を借りないと、立っていられないの。」


長い、とても長い沈黙だった。

私は、言葉を整理して話せたとは思っていない。

今の気持ちを、ぐちゃぐちゃの感情を、ちーちゃんにただぶつけただけだ。

もっと上手くやれたら、よかったのにな…


「すごいね、さやちゃん。」


「ちーちゃん…」


「私の親友は、とってもすごい。でも、多分、強がってる。

だから……助けたいよ。

りりちゃんもしおりちゃんも、絶対そうするもん。」


二人の名前を、彼女が口にした時。

四人の、愛おしく懐かしい時間を思い出して、涙が静かに頬を伝い落ち

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