第73話
昨日から戻っていない生徒が二人。
ちーちゃんの口から出たその言葉に、胸騒ぎを覚える。
「え…どういう、こと…?」
「えりちゃん先生が、B組だけ集めて、言ってた。
昨日、勝手に外に出たきり、戻ってないらしいの。」
そんなはずは…
王さんは非常階段から出ていくのを確かに見た。
新島くんは、田中くんたちの話では、コンビニに行くために裏口から出たらしい。
どちらも昨日の日中の話だけれど…
そういえば、食堂で従業員の方が、二人の生徒が帰っていないという話をしていた。
あの時点で、発覚していたのか…
いや、でも、そうだ。
今朝の食堂前の生徒名簿――
「あれには、王さんと新島くんの名前に丸がついてて…」
「それ、坂本さんと田中くんが、代筆したらしくて…
今朝、えりちゃん先生が怒鳴ってたの、その件だったんだよ。」
「マジ…?やばいよ…」
九時の正式点呼の時、先生たちが各部屋を回って、不在が確定したらしい。
現時刻は、十一月 二十一日 十七時 二十九分。
王さんが外出したのは確か昨日の午前中。
新島くんは十五時くらいだったはず。
二十四時間以上、帰ってきていない…
二人の身になにか起きたのかもしれない。
「他クラスの生徒には、このこと言っちゃだめ。
朝からずっと、先生たち大慌てしてて…」
「私、一条さんに連絡する。
もう警察には相談してるかもだけど、あの人に頼ろう。」
ついさっき、疲れた顔で帰っていったばかりだけれど、そうも言っていられない。
急いで通話をかける。
いきなりで申し訳ないけれど、彼女なら――
『…一条です、どうしました?』
「ああ、一条さん!
あの、B組の生徒が二人、昨日から――」
ちーちゃんから聞いた情報を受け渡して、判断を仰ぐ。
『……ひとつ確認です。
いま“所在確認が取れていない”のは、その二人だけ? ほかにいる?』
「え、それは…」
通話の音声は、ちーちゃんにも聞こえている。
彼女の顔を見ると――
「ちょっと、うそでしょ?」
「み、美羽ちゃんと、ななちゃんも、どこにもいないって…
昼の点呼で、わかったの。」
なによ、それ…
王さん、新島くんの他に、高村さんと平沢さんも?
四人も、行方不明になってるって?
外出したまま、連絡がつかない――
それも、B組の生徒ばかりが……
『分かりました、今は四人ですね。
確定でいい? 先生が部屋まで確認した?』
「九時の点呼のあと、午後にもう一度先生たちが部屋を回ったって…」
『……了解。
こちらでも上に当てます。
“最後に見た人”を調べて、時刻と場所を出して。
館内でいい、外に出ずに。』
「わかり、ました。」
『B組だけとはまだ言えない、全クラスの未確認人物を洗い出して。
…館内の情報を集めておいて。
また十五分後に連絡します。』
通話が終わり、部屋の中を静寂が包む。
「なにが、起きてるの?」
「さやちゃん、どうしよう…」
集中して、考えないと。
まず昨日、二人が外出して帰っていない。
そして今日、いつのタイミングか、高村さんと平沢さんも、何かの理由で外出した。
高村さんたちは、昨日何度か顔を合わせているけれど、深夜に出かけたのでもない限りは――
深夜…
『――あと二人だ。』
あの声、あれだ。
非常階段にいた誰か。
四人の内の、二人という意味か…?
…既に二人になにかしたってこと?
扉の向こうにいた男、なにか知っている…
でも、あの時は…
追いかけられなかった。
いや、もっと早くに先生に知らせていれば、こんな…
昨夜のうちに報告すべきだった…
落ち着け。言われた通りに整理しないと。
王さんを最後に見たのは、多分私だ。
時刻は、十一月 二十日 九時半頃。
新島くんを最後に見たのは、田中くんと新開くん。
時刻は、十一月 二十日 十五時頃。
あとは、高村さんと平沢さんを最後に見た人を探す。
「ちーちゃん、ちょっと調べてくる。」
「わ、私も!」
二つ隣の三〇三号室は、高村さんと平沢さんの泊まる部屋だ。
襖を軽くノックすると、中から声がした。
「ごめん、ちょっと話を聞きたくて。」
中にいたのは、同班の二人。
大森さんと倉田さんだ。
怯えた様子の二人に事情を話して、情報を引き出す。
「一条巡査に頼まれて、情報を集めてるの。
高村さんと平沢さんを、最後に見たのはいつ?」
「美羽は、朝の点呼の後に、二人を探しに行くって…
七海は、昼食後くらいに、美羽と連絡がつかないから心配だって言って、出て行った。」
一条さんの名前で警戒を解いたのか、大森さんがすらすらと答えてくれる。
「なんで止めなかったの?」
「え…それ、は。」
「さ、さやちゃん、もういいよ…」
「…そうだね。
二人とも、ありがとう。」
得た情報をスマホのメモに書いて整理する。
高村さんを最後に見たのは、大森さんと倉田さん。
時刻は、十一月 二十一日 九時頃。
平沢さんを最後に見たのも、同室の二人。
時刻は、十一月 二十一日 十三時頃。
二人が捜索に出たのは、性格上理解できる話だ。
高村さんは皆のことをよく見ていたし、彼女は責任感も強かった。
平沢さんは空回り気味だったけれど、三人を心配する気持ちに嘘はなかったはずだ。
無事だといいけれど…
あのジャヤラヴァは、四人の女性を殺害したと言っていた。
行方不明の生徒か、別口の四人なのか…
いや、とにかく動き続けないと。
二階の先生たちが寝泊まりしている部屋の前まで急ぐ。
「二年B組、真白です!」
壁越しにしていた話し声がぴたりと止んで、ゆっくりと襖が引かれていく。
出て来たのは、緊張した様子のえりちゃん先生だ。
「一条巡査からの頼まれ事で、先生に伺いたい話があります。」
「とにかく、中に入りなさい、二人とも。」
奥から、中山先生が促した。
部屋には、修学旅行に同行した十人の先生のうち、八人がいた。
疲れ果てた様子の先生たち。
けれど、今はそれより優先する話がある。
「行方がわからないのは、B組の生徒四名だけですか?」
沈黙だ。
誰も、口を開かない。
けれどなにが起きたか、先生たちは知っている。
最悪の事態が起きていると、直感があった。
着信音が鳴り、ポケットが振動した。
一条さんだ。
『…一条です。
落ち着いて、聞いてください。』
許可を得て、一条さんの声はスピーカーで周囲に聞こえるようにした。
…もう、なにが起きたのか理解した。
『伏見区内で、制服が一致する遺体が四体確認されました。
身元は照合中です。
男子一名、女子三名と見られます。』
…四人の性別の内訳と、合致する。
じゃあ、もう…
誰も、一言も発しない。
ちーちゃんがへたり込んで、静かに鼻をすする音だけが耳に残る。
『頸部に致命的な切創。
刃物様凶器と推定されます。』
「一条さん、もう、その辺で。」
『……動かないように。
情報はトークで下さい。
準備が整い次第、水月楼に向かいます。では。』
その後、夕食の時間となった。
食事は喉を通る気がしないけれど、無理矢理にでも食べる。
下手人があのジャヤラヴァでも、そうでなくても、私が止める。
そのために、今は食べるしかない。
ちーちゃんは、全く手を付けていない。
ずっと私の服の裾をつまんで、片時も離れようとしない。
この子を癒してあげたいけれど、どうすればいいのかわからない…
B組の雰囲気は、最悪だ。
四人が亡くなったと知っているのは、まだ私たちだけのはずだけれど、嫌な予感がしている生徒は多いだろう。
それぞれの顔を見渡すように、首を回していると――
「あ。」
窓の鉄格子に、目が向いた。
あれだ、私が朝食の時に抱いた違和感の正体は。
そうだ、どうして気づかなかったんだろう。
――あの鉄格子、朝の時点では”外れていた”。
この食堂の中から窓越しに見えていた、外側に取り付けられていたはずの鉄格子。
誰の仕業かわからないけれど、鍵さえ開いていれば、窓から出入りできるということだ。
…もし、あれが昨夜には外されていたのだとしたら。
施錠後に外にいた誰かは、館内に戻れたことになる。
「え、なに…?」
突然離れたせいで不安な声を出すちーちゃんを、今だけは気にせずに調べないと。
食事の途中だけれど、窓を開けて頭を外に出し、鉄格子の形状を観察する。
六角形頭のネジで固定されているようで、工具さえあれば取り外すのは難しくなさそうだ。
夕食後、男性従業員の方に、窓について尋ねてみる。
「ああ、いたずらで外されてたらしくてなあ。
今朝おっちゃんが付け直したんよ。」
「いつ外れたのか、わかりますか?」
「いつからかはわからへんけど、元から結構ガタが来とったから。
あと、あの窓はあんまり開け閉めせえへんし、気いついてなかっただけかもしれんね。」
さっき確認した通り、鉄格子は外側から四本のネジで固定されているらしい。
けれど、その内何本かのネジは、元々緩んでいて、鉄格子自体がグラついていたそうだ。
「ネジ穴の方がぼろぼろになっててな。
締めても緩いままやから、そろそろ修理せなあかんて話をしてたとこなんよ。」
…それなら、あの鉄格子は、思っているより簡単に取り外せたかもしれない。
工具がなくても、あの六角形頭なら、手で力を加えやすい形状だ。
この件は一条さんにも共有しよう。
お礼を言って、ちーちゃんとその場を後にする。
考えをまとめないといけない。
ちーちゃんの手を引いて、部屋で休ませる。
弱っている彼女を放ってはおけなくて、手を握ったまま、考えを整理していく。
私の考えの通りだとして、四名の生徒が殺された原因と結びつけることができない。
”彼”があの夜、外で誰かと会っていた。
あと二人…そう発言した誰かと。
でも、どうして…?
四人を殺した剣士は、単独で動いてはいない。
学校関係者の中に、協力者がいる。




