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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第69話

現世に戻って初めて、落ち着いてちーちゃんと話をするタイミングを得た。

…でも、何故だろうか。

傷ついた彼女に、私の旅を知ってもらいたくて仕方がない。

……これは、自己満足なのかな。

私も、大変だったんだよって、吐き出したいだけなのかも。


「え、さやちゃん、稲荷山にいたんだよね。」


「ううん、山にいたのは嘘じゃないけど、全然違う場所にいたの。

本当のことは、まだ誰にも話してない。」


楽土に流れ着いた話は、まだお母さんにもしていない。

上手く話せるといいけれど…


そこから、私の二ヶ月を、省略しながらも語り始めた。

ちーちゃんは、何度も瞬《まばた》きをしている。

真剣な話をしている最中に、唐突《とうとつ》に漫画やアニメの話に切り替わったように感じるのも無理はないだろう。


「――セラは、私を逃がすために、残って最後まで…」


「え…もう、会えなかったの…?」


「……そう、だよ。」


セラとお別れした時の話。

まだ辛い。でも、こうして話せるようになっていた。


ちーちゃんは…

こうやってりりちゃんとしおりちゃんの話を、誰かに聞かせる時がくるだろうか。

別れの悲しみを乗り越えるのは、長い時間がかかる。

あの後、どれだけ塞ぎ込んでいたか。

砕けた心を、そうと気付かずに無理矢理働かせ続け、そして…

つるさんとイーゴンさんの心まで、壊すところだった。


「私、さやちゃんが、あんまり…その…

悲しくないように、見えた。」


「…皆、そう言うね。」


そんなわけ、ない。

大切な親友が、残酷《ざんこく》に殺されたのに。

悲しむ暇は、確かに無かったかもしれない。

あの地獄絵図の中で、沸騰した脳が、それを許さなかった。

悲しみも痛みも、真っ黒に塗り潰す殺意が、あの時私を支配していた。


「さやちゃんは、私よりずっと、強いんだね。」


「ううん…

順番が、先に来ただけ…」


まだ、ちゃんと二人を悼《いた》む気持ちにはなれていないんだ。

私も、ちーちゃんも、同じだ。


「この傷は、その後に斬られた時のもの。

イーゴンさんを守るために、剣を受け損ねちゃったの。

彼は、私を守れなかったって、酷く傷ついて…」


「すごいよ、さやちゃん。

私だったら、一歩も動けないもん…」


ちーちゃんは、いつからか楽土の話を、本当にあったものとして聞いてくれている。

長く苦しい道のりを共有できた気がして、気持ちの整理がついた。


「――白い光を抜けると、楼門《ろうもん》に出た。

最初は暗くて、なにもわからなかったけど、そこで警官が殺されてた。」


りりちゃんの遺体の状況は、知らなくていい。

わざとぼかして、もうこの話を終わろうとした時、私の手がぎゅっと握られる。


「私…逃げた…」


ちーちゃんは、消え入りそうな声を絞り出している。

ここからは、もういいだろう。

今すぐ話す必要は――


「りりちゃんが、逃がして、くれた…」


「え…」


「しおり、ちゃん、と逃げて…

りりちゃんの、声が、叫んだのが…痛い痛いって、それで…」


涙が滲《にじ》む。

辛くて苦しくて、胸を掻《か》き毟《むし》りたくなるような痛み。


「しおりちゃんも、わざと、あの怖い人の方に…

走れ…って怒鳴って、私、動けなくて…

隠れて、ずっと、しおりちゃんの声、聞いてた…

大声で、叫び声して、耳を塞いでも、ずっと…」


「もう、いいよ。

二人とも、立派、だったね…」


かける言葉がない。

ちーちゃんを庇《かば》って、二人は犠牲になった。

恐怖から目を背けず、親友を守ったんだ。

どうして、あんな目に…


残された彼女の苦しみは、一人生き残った孤独は、想像も出来ない。

別れの悲しみを、理解しているつもりだった私は…

大馬鹿だ…



――気がつけば、部屋の中は暗くなっていた。

なにかの物音がして、身体が反応し、眠っていたのだとわかった。

廊下から、数人の足音が、振動と共に伝わってくる。


「――真白ちゃん、ちーちゃん、いるかな?」


高村さんの声だ。

身体に重みを感じて、左隣に顔を向けると、ちーちゃんが寄り掛かって眠っていた。


「高村さん、いるよ。」


「お、入るよ。」


廊下の光が暗い部屋に差し、目を顰める。

彼女は顔だけを襖から出して、中の様子を覗いている。


「あ…晩ごはんだって、食堂で。

どうしよっか…」


私もちーちゃんも、昼食を食べていない。

お弁当はそのままだし、目が覚めたらあれを晩ごはんにしてもいいだろう。


「ごめん、事情は説明しといてくれないかな…」


「おっけ、持ってこれそうなものだったら、また後で来るよ。」


小声でそう言って、静かに襖を閉じてくれた。

夕食は、十八時からだったはず。

もう、戻ってきて丸一日、か。

いや、まだ一日、か…


私の鎖骨の下のあたりに頭をもたれかけ、ちーちゃんは眠っている。

この子の心は、きっと砕けてしまっている。

ずっと、一緒にいてあげたい。

けれど、もしあの剣士がまた誰かを襲ったら…

一条さんからの連絡を待っているだけで、本当にいいのかな。


空いた右手で、スマホをどうにか取り出して、時間を確認する。

現時刻は、十一月 二十日 十八時 十六分。


そうだ、ネットで調べたいことがあった。

「奥白石つる」…

暗い部屋の中を、画面のうるさい光が照らす。

つるさんの名前は、検索結果に引っかからなかった。

千年前の人物でも、あれだけの武勇を誇った彼女の名前が、現代に残っていないものなのか。

…つるさんのことを覚えているのは、私だけだ。


廊下から再び数人の足音が響き、夕食から戻った生徒たちだとわかる。

足音だけで、会話している声は聞こえない。

静かにしてくれているのか、ありがたいことだ。

襖が軽くノックされ、私はなるべく小声で答える。

半開きになった襖から、また高村さんが顔を出した。


「ごめーん。持って来れないタイプのやつでさ。

食堂にまだ用意されてるけど、どうする?」


「ちー、具合悪そう?」


もう一人、平沢さんも部屋を覗《のぞ》き込んで、心配そうな顔だ。

話し声程度では目覚めないちーちゃんだが、なにか違和感がある。

体温が、妙に高い。

――右手でその額を触ると、これは間違いない。


「ごめん、先生を呼んできて欲しい。

熱があるかも。」


「うん、すぐ呼んでくる!」


「こら、声大きいって…」


空回りする平沢さんと、それを軽く叱る高村さんたち二人は、足音を消して去っていく。


「ちーちゃん、お布団入ろ。」


「んう…」


じんわりと汗ばむ彼女を、布団に寝かせて身体を拭く。

熱は、ストレスによるものだろうか…

ちーちゃんの心は、悲しみと苦しみと、戦っているんだ。

身体はその余波で…そう言ってたっけ。


着替えさせないと、と思い、ちーちゃんのキャリーケースを近くに寄せる。


「ちーちゃん、お着替え、できる?」


なんだか小さな子供に語りかけるような言葉使いだけれど、他に上手いやり方は思いつかない。

勝手にキャリーケースを開けるのはできないし、反応を待つしかないか。

そうしていると、足早に駆ける音が響いてくる。


「こら、うるさいでしょ。」


「でも、急がないと…」


「入ってきていいよ。」


声をかけると、さっきの二人とえりちゃん先生、そして保健の田島《たじま》先生が、遠慮した様子で畳に上がった。

照明はついていないまま、息を荒くするちーちゃんを、沈痛な表情で見ている。


「佐山さん、ちょっと診るよ。

照明、付けて。」


田島先生はちーちゃんの上体を起こして、診察を始めている。

高村さんは照明を付けたあと、私に手まねきをした。


「真白ちゃん、ご飯食べておいでよ。

ちーのこと、ありがとうね。七海、案内してあげて。」


「よし、真白さん、行こ行こ。」


妙に空気の読めていない態度の平沢さんに連れられ、食堂へ向かうことになった。

高村さんは、しっかりとした人だ。

えりちゃん先生よりも落ち着いた様子で、テキパキと人を動かしている。


食堂に行くと、まだ夕食を食べている生徒がいた。

他クラスの生徒が数人、奥で静かに御膳《おぜん》をつついている。

そして、手前では同じクラスの青木くんと長谷川くんが、もう食べ終わる頃合いだった。


「お疲れす。

これ、この揚げ物美味かったよ。」


「真白が来なかったら、こいつ残った分を盗み食いしてたかもしれん。」


二人はこういう軽口をいつも言い合っている。

なんだか、変わらない調子なのが、逆にほっとする。


「ほら、散れ散れ。

真白さん、私、ちーの様子見てくるよ。」


「うん…お願いね。」


やる気があるというか、使命感に燃えるような平沢さんは、走り去っていく。

この非日常で、ハイになっているようだ。


「あ、お風呂って、何時からだっけ。」


「ん、えーっと、男子は十九時半から。

女子は多分二十時半とかかな?」


「そっか、わかった。

ありがとう、長谷川くん。」


ちーちゃんの入浴は無理かもしれないけれど、一応確認しておいた。

御膳を頂いて、女性従業員の方にお礼を言う。


「大変やろうけどね、ご飯のことは心配せんでええよ。

ここにおる間は、遠慮せんで大丈夫やからね。」


「はい、ありがとうございます。」


四十代くらいの女性従業員さんは、親身になってくれている。

聞けば、息子さんが私たちと同年代なのだそうだ。


「帰って来てない二人、なんもないとええんやけどね…」


「え…それ、どういう?」


「先生たちが慌《あわ》ててはったよ。

名前はわからへんけど、点呼で二人おらんいうて。」


もう、外は真っ暗だ。

こんな時に夜遊びでもしているというのか。

…不謹慎すぎる。


三〇一号室に戻ると、ちーちゃんの看病をしている田島先生と高村さん、平沢さんの三人がいた。

えりちゃん先生は、B組の生徒へ連絡事項を伝えに行ったそうだ。

ちーちゃんは意識があり、私を見つめている。


「ちーちゃん、どう?

お腹空いたら、すぐに言ってね。」


「さやちゃん、さっきのお話、もっと聞かせて…」


楽土での出来事に関心があるようだ。

話していないことも多いし、彼女が安心できるなら喜んでしよう。


お風呂の時間となり、看病してくれていた三人は出て行く。

私はちーちゃんを診ているつもりで、お風呂は後回しにしてもらった。

彼女が寝静まった頃にでも行こう。


楽土の話を、いくつか選んで聞かせる。

ピラミッドのこと、東郷さんのこと、松吉くんのこと…

旅の後半部分の出会いや、戦いのお話。

楽土の風景や、つるさんとしたお花についてのお話などだ。

そうしていると、静かに寝息を立てて、眠ってくれた。


スマホを確認すると、意外な程に遅い時間となっている。

現時刻は、十一月 二十日 二十三時 四十四分。

消灯時間を過ぎていた。

私たちに気を遣って、先生はこの部屋に見回りには来なかったのかもしれない。

お風呂に行ってこようかと思ったけれど、どうせなら汗をかいてからにしたい。


襖を引いて、廊下が完全に寝静まっているのを確認する。

空調の機械音と、非常口の緑色の光だけがそこにあった。

押し入れから太刀を取り出す。

冷え切った鞘の感触を確かめ、佩刀《はいとう》する位置へ添える。

この刃を、身体に馴染ませておかないと。


思考がクリアになり、素振りを続けていく内に、この太刀の重さにも少し慣れてきたようだ。

あの男の石剣を受けられなかったのを反省して、上手に扱えるようになっておきたかった。

音を立てないように、細かく呼吸をして、無心に太刀を振るう。

教わった型を、繰り返し染み込ませていく。


「ふう…はあ……?」


なにかの気配を、鋭敏《えいびん》になった感覚が捉《とら》えた。

襖の擦れる音…

木の床が、僅《わず》かに鳴る。

ゆっくりと、気配を消した何者かが廊下を歩いている。

妙に不安を感じて、太刀を隠して部屋を出る。

食堂で聞いた、帰っていない誰かが、戻ってきたのかもしれない。


廊下は暗いと言っても、常夜灯がほんのりと照らしていて、充分に動き回れる具合だ。

音は、男子部屋の方から聞こえている。

水月楼三階の南側は、B組の生徒の部屋が集中していたので、同じクラスの誰かが深夜に徘徊している可能性が高い。

なんだか、探偵にでもなった気分だけれど、この時間の外出は、いくらなんでも危険すぎる。


王さんがそうしたように、非常階段の方へ向かっていると思われる足音を追って、ゆっくりと距離を詰めていく。

扉が開く音――


非常口の誘導灯を視界に捉えた時にはもう、扉は閉まりつつあった。

その隙間から、男子の影が見えて、すぐに闇へと消えていった。

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