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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第68話

メモに書かれた連絡先を受け取り、水月楼の玄関から入ると、伏見署に向かった時と同じように、見物人の生徒が沢山いた。


「犯人見た!?」「どんなところだった?」


顔も知らない生徒からの質問攻めに、うんざりするような気分だ。

ちーちゃんを庇《かば》って、三階まですぐに連れて行きたいけれど、人が壁になっていて難しい。


「はいはい!道あけてー!」


えりちゃん先生が、らしくない大声で注意している。

しかし、娯楽《ごらく》に飢《う》えた生徒たちは、聞こえていない様子だ。

人の層が薄い部分はないかと見回していると、立石くんと目が合った。

しかし、すぐに興味をなくしたように、去って行く。


「真白ちゃん、ちーちゃん、ほらこっち!」


人波をかき分けて、無理矢理集団から引っ張り出してくれたのは、同じクラスの高村《たかむら》さんだった。

そのまま小走りで、階段の方へ手を引かれていく私とちーちゃん。


「はあ…ありがと、高村さん。

ちーちゃん、大丈夫だった?」


「うん…

美羽《みう》ちゃん、ありがとう。」


「いいっていいって。ね、カツ丼、出た?」


取調室といえばカツ丼のイメージがあるようで、高村さんは階段を上りながらも、興味津々な様子でちーちゃんに尋ねる。

そういえば、昼食がまだだった。どれくらいの間、伏見署にいたのだろうか。

そう思い、時間を確認する。

現時刻は、十一月 二十日 十五時 八分。


「お茶は、出してもらったけど…」


ちーちゃんは、ぐいぐい質問してきた高村さんに気圧《けお》されながら、正直に答えている。

お腹、空いてないかな。

そういえば、今日は本来、体験学習の行き先での昼食だったはず。

皆は、なにか食べたのだろうか。


「あ、お弁当、頂いたよ。

二人の分、先生に聞いてくるから、部屋に戻ってて。」


「あ、ごめんね。

ありがとう、高村さん。」


三〇一号室に戻ると、布団の準備が入ったのか、部屋の中は妙に整理されていた。

敷布団も、二人分が畳んだ状態で用意されている。

………ん、誰か入って――


「やっば!」


靴を乱暴に脱いで畳に上がり、部屋の奥まで走る。

すぐに押し入れを引き、太刀を隠していた場所を確認する。

すると、押し入れの下の段に隠した太刀は、それを覆う制服ごと、そのままそこにあった。


「はあ、危なあ……」


「ど、どうしたの…?」


多分、新しい布団は上の段から取り出すのが、旅館の決まりだったのだろう。

偶然見つからなかったけれど、これもいつまで隠しておけるか…

太刀の存在をしっかりと確認し、押し入れの奥に仕舞って振り返る。

ちーちゃんは、少し怯えた顔だ。


「ご、ごめんごめん!

あれが、太刀が見つかっちゃったかと思って…」


「……あの日本刀、本物、なの?」


本物って、当たり前じゃん。

と、口に出そうとした瞬間、思い出した。

浜辺で初めて見たイーゴンさんの騎士剣、あれが本物なのかどうか、逡巡《しゅんじゅん》した時のことを。

……私は、剣の世界に長く留まりすぎたのかもしれない。


「本物だよ。危ないから、触らないようにしてね。」


「さや、ちゃん…」


安心させようと、柔らかい言葉で接したつもりだった。

けれど、余計に表情を歪めて、ちーちゃんは今にも泣き出しそうにしている。


「ほんとは…人を殺してなんて…

そんなこと、してないよね…」


「……私、は。」


廊下に響く足音が、言葉が続くのを遮った。

襖《ふすま》越しに、高村さんが声をかけてくる。


「お弁当、持って来たよ〜。

入っていいかな?」


「あ、うん!どうぞ!」


大きめの声で返事をすると、勢い良く襖が引かれた。

高村さんは、二つのお弁当と、ペットボトルのお茶を持って来てくれたようだ。


「ちーちゃん、食べられそう?」


「……今は、いらない。」


ちーちゃんの反応を見て、高村さんは察してくれたのか、お弁当を私に預けて、小声で囁《ささや》いた。


「ちょっと、いい?」


部屋の隅《すみ》にお弁当とお茶を固めて、私たちは一緒に廊下へ出た。

三階の中央ホールまで歩き、並んで座る。


「あの、さ…

真白ちゃん、なんか平気そうにしてるけど、無理してない?」


「そう、見えちゃうか…

私は、ちーちゃんの方が辛い思い…してるってわかってるから、支えてあげたくて。」


「…すごいなあ。

真白ちゃん、お姉さんだね。」


高村さんは、クラスの中では成績が良く、テストの度に上位にいるような子だった。

それに、こんな風に気を遣《つか》ってくれるなんて、できた人なんだな。


「お姉さん、か。」


私は、ちーちゃんにとっての、お姉さんになれているのか。

私にとっての、つるさんみたいに。

心を守るのって、とても難しいんだね。

私のお姉ちゃんは、やっぱり凄い。


「戻ってあげて。

晩ごはん、また先生が部屋まで呼びに来るって言ってたよ。」


「そっか、ありがとうね。

気を、遣ってくれて。」


高村さんは、階段で一階に降りていく。

私も戻ろうと立ち上がったその時、すぐ前のエレベーターが三階に到着した。

降りて来たのは、同じクラスの田中くんと新開くんだった。

この二人は今朝、一階で新島くんと合流して、大広間に向かったメンバーだ。


「おー、真白さん。

警察署、どうだった?」


田中くんも、事情聴取の件に興味があるようだ。

けれど、その前に気になることがある。


「警察の人と話しただけだよ。

新島くんは、一緒じゃないの?」


「あー、あいつな。

コンビニ、行った。」


「え!?出て行ったの!?」


つい、大きな声を上げてしまった。

続いて新開くんが、口元に手を持ってきて話す。


「裏口からささっと出やがった。

バレたらまずいねー。」


「真白さん、買い物頼むなら今のうちだけど。

何か欲しい物あるなら、琉希に電話するよ。」


「いや…私は別に、いいけど…」


今朝、非常階段から出て行った王さんは、普段から素行が悪い方だったから、納得する部分もある。

でも新島くんには、そういうイメージは無かった。

軽く外出しただけのつもりかもしれないけれど、勝手に出ていたのがばれたら大目玉を食らうだろう。


三〇一号室の襖をそっと開くと、ちーちゃんは壁にもたれて寝息を立てていた。

伏見署では緊張していたし、泣き疲れたのも大きいだろう。

私は、部屋には戻らず、一階の受付に用事を済ませに行く。

今のうちに布でも借りて、靴を洗いたかった。

従業員の方は、ちょうど捨てるところだったらしい雑巾を、快く渡してくれた。

中庭に水道が通っているらしく、そこで洗うといいと許可までもらい、早速向かってみる。


「おお、取れる…!」


冷水で濡らした雑巾で、叩くように洗うと、意外な程に汚れが落ちていく。

可愛らしいライトブルーの色味が、久しぶりに顔を出してくれた。

この二ヶ月、なんの手入れもしてあげられなかったけれど、ようやく労《ねぎら》ってあげることができた気がする。

頑張って歩いたよね、私たち。


「あ、そうだ…」


部屋に戻る途中、お母さんにトークを送るつもりだったのを思い出した。

警察から連絡が入っただろうし、これ以上心配をかけるわけにはいかない。


『警察署でちーちゃんと一緒に事情聴取してきたよ。こっちは大丈夫だから、お母さんも心配しないでね。』


少し濡れているけれど、奇麗になった靴で歩くのが妙に嬉しくて、三〇一号室まですぐに着いてしまった。


「起きてたんだ。」


「あ、さやちゃん、さっきの話なんだけど…」


「――その前に、私が行方不明だった間、何をしていたか聞いてほしいの。」


ちーちゃんには、全て説明するつもりだ。

私が殺人をしたと知って、彼女の動揺は相当なものだろう。

でも、それを誤魔化すために、楽土の話をするわけではない。

私が”何”と戦い、殺したのか。

この子には、覚えていて欲しい。

私が、いなくなった後も。

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