第67話
署内に入ってすぐ、無線で宮本さんに到着を知らせる。
『会議室に通しといて。』
短い返答にも、彼の疲労が表れている。
ひっきりなしの通報対応、巡回員からの無線対応、刑事課との擦り合わせ。
昨日から、ほとんど休憩を取っていないはず。
あの三人を会議室に通した後は、宮本さんへ口頭報告しないと。
二年先輩の若山さんに引き継ぎ、会議室を後にする。
廊下に出ると、刑事課の坪内警部補が、大急ぎで走り去っていく。
危うく、ぶつかるところだった。
「悪い、一条!」
「いえ、お気をつけて!」
…刑事課も二名殉職者が出ている。
坪内さんは、きっと誰よりも悔しい思いを押し殺して、職務に忠実であろうとしている。
私が同じ立場なら、圧し潰されるだけだろう…
地域課の執務室は、扉が半開きになっている。
廊下の音すらも敏感に聞き取るためだとか、宮本さんは言っていた。
普段はやる気のないあの係長が、まるで人が変わったように態度を激変させている。
地域課も、二名が殉職した。私の先輩たちが。
「――なにをやっとるんやアホども…」
宮本さんの声だ。
…昨日から、署長と何度もやり合っている。
機動隊の出動要請が遅れたせいで、職員を二人も失ったと、怒鳴り込んだのだ。
あんなに大声を上げた彼を見るのは、初めてだった。
――扉の隙間から、無線の断片的な音が漏れているようだ。
「一条、入ってええよ。」
驚いた。
これだけ無線が集中しているのに、私が声をかける前に気づくなんて。
宮本さんは、足音で誰が部屋に来たかわかるという特技を持っている。
私の革靴の音を拾って、背を向けながら察知したのか。
「お疲れ様です、宮本係長。
地域課一条です。水月楼から、重要目撃供述のある未成年二名を任意同行しています。」
「書面は――っと、待て。」
無線対応を挟み、細かく指示を出していく。
分厚いファイルを開き、一発で目当てのページを探し当て、瞬時に返答している。
この一日で、私の宮本さんへの印象は、以前とは真逆となっていた。
「ええと、で、書面は?」
「一次聴取のみ。
現場供述に不自然な点あり。詳細は署で取り直したく。」
私の言葉を即座にメモに殴り書いていく。
「保護者連絡は?」
「学校側を通して同意を取得済です。」
「よし。未成年への聴取、やったことあるか?」
「はい、何度か。」
学生の万引きや暴力沙汰、という形なら経験がある。
しかし、今回のように、補導したわけでもない未成年に、参考人として聴取を取るというのは、初めてのことだ。
旅館で簡易的に行ってはいるが、真白さやはともかく、私の態度が佐山茅陽を緊張させてしまうのはいけない。
「一条、”重要参考人”や。被疑者扱いすんな。」
「了解です。」
よく見ると、宮本さんのシャツがよれよれだ。
無精髭が青っぽく見えて、目の下の隈も気になる。
未成年に警察がだらしないというイメージを与えるのは避けたいが、今の状況はそうも言っていられないか。
「…一点、供述内容が通常事案とは異なります。」
「昨日今日で異常事態はもう慣れたよ。」
…こんなに、頼もしい人やったかな。
いけない、気を抜いている場合ではない。
会議室へ戻ると、緊張した面持ちの牧田先生と、佐山茅陽。
真白さやは、表情こそ真剣そのものではあったが、大して動じてはいない印象だ。
ただの高校生でないのは明白だが、この異様な落ち着き具合は…
当然、この子の話を全て信じたわけではないが、宮本さんに同席してもらう価値はある。
一次聴取で確認した内容をもう一度質問し、すらすらと答えていく彼女。
あまりにスムーズな受け答えに、すぐに休憩となった。
すぐにニコチン補充へと向かう彼に同行し、喫煙所で少し話す。
私は喫煙者ではないけれど、目に染みない限りはあまり気にしない方だ。
「あの子、普通と違うな。
お前も、何か見たんやな。」
「…通常の凶器とは、違う物を確認しています。」
あの子の刀、あれを報告するのはまずいと、私の直感が告げている。
もし、本当に刀剣の類でしか対抗できない相手がいるなら…
「あの真白さや、前に出すなよ。
関与させすぎるな。」
「…どういう意味、ですか。」
もしかして、刀を所持していることまで知っているのかと、宮本さんからは凄みを感じていた。
今のこの人なら、私の隠しごとなんてお見通しだと。
「巻き込まれた子供いうんはな、出しゃばりたがる。
変な責任感じて、止めようと突っ走るもんや。
手綱を握っとけ。大人しくさせとかな危ない。」
休憩が終わり、牧田先生には退席してもらった。
佐山茅陽は、たどたどしく受け答えを続けている。
…普通は、未成年の聴取なんてこんなものだ。
真白さやは、強く手を握って、彼女の心の支えとなっていると見える。
しかし、とうとう泣き崩れて、聴取できる状態ではなくなってしまった。
少し思案して、水月楼へ送る提案をしようとしたその時――
「私が知っていることで良ければ、代わりにお話します。
この子を、休ませてあげて欲しい。」
…守る人間の顔。
彼女はどうして、こんなに強い。
署での聴取は終わり、公用車で水月楼まで送る。
刀の件は念押ししておいたが、これだけは守ってもらわないと私も共倒れだ。
伏見稲荷大社で初めて会った時の威圧感、コンビニの前の泣き顔、突然協力的になったあの瞬間。
この一日足らずで、彼女の精神は目まぐるしく変化をしていただろう。
「――送ってきたか。」
「はい。」
宮本さんは、考え込むように目を閉じていたけれど、また足音で察知されてしまった。
「あまり深追いするな。
気持ちが入るのはわかるけどな。」
「そう、見えましたか。」
感情で動いている自覚はある。
しかし、この異常事態のせいか、気がついていなかったと思う。
「冷たい態度には見えんかった。
守ったるのは当然や、やけどな。
…俺は、もう坪内さんみたいな目に遭うのはご免や。」
「…了解です。
失礼します。」
宮本さんは、目を合わせてくれなかった。




