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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第66話

パトカーに揺られる私とちーちゃん、えりちゃん先生。

補導を受けているような気分になり、さすがに少し緊張感がある。

ちーちゃんも、表情を強張らせていて、俯き気味だ。

ルームミラー越しに、一条さんと目が合う。


「…悪いことをして連行しているわけではありませんから、そう固くならないで。

参考人として、話を聞くだけです。」


私の目をしっかり見てそう言うけれど、一条さんは私が殺人をしたと知っている。

悪いことをした……とは思わない。

けれど、伏見稲荷大社の神さまには、本当に申し訳ないことをしたと思っている。

あれだけ失礼な振る舞いをした私の傷を治し、りりちゃん達の尊厳を取り戻してくれた。

またあそこに行けたら、ちゃんとお礼を言いたい。


車に乗って十五分程度で、伏見警察署に到着した。

正面からではなく、裏口から署内に通され、一条さんが無線で連絡をしつつ歩いている。

署内の受付で一度足を止め、一条さんが簡単に来署の旨を伝える。

そこから、会議室に案内され、三人並んで座る。

刑事ドラマなどでよくある取調室の雰囲気とは違い、明るい室内だし、女性警官の方が温かいお茶を出してくれた。


「ここで、少しお待ちください。

緊張するかもしれませんが、話をするだけです。」


一条さんはそう言って、会議室から出て行く。

私は意外と図太いのか、妙に落ち着いている。

お茶を頂き、ちーちゃんの様子を伺う。

思い詰めた表情の彼女の手を取り、なんとか安心させてあげたくて、話題を探る。

今の私に思い付くのは、楽土でのお話くらいだけれど、思い出深いのは、やっぱり大切な仲間たちのことだ。



「――すっごい力持ちの人がいてね、多分、世界で一番だと思う。」


「へえ、そんなに?

重量挙げで、オリンピックに出れる?」


「あはは、うん、絶対金メダルだと思う。」


大きな石の門を持ち上げたつるさんの姿には、困惑すら覚えたけれど、今考えてみると面白くて仕方がない。

その後の強がりの部分も含めて。


扉がノックされ、一条さんが上司と思われる男性警官と一緒に戻って来た。

ぼさぼさの髪の男性は無精髭《ぶしょうひげ》を生やし、目の下には隈《くま》ができていて、いかにも不健康そうな印象だ。

しかし、伏見での連続殺人事件の対応に追われているとすれば、役職の高い人はこうなってしまうのかと、妙に納得した。


「地域課係長、警部補の宮本です。

いくつか質問していきますので、答えられる範囲でお願いします。」


宮本さんは、優しい声色で、まず私に質問していく。

旅館で一条さんに答えた内容がほとんどで、あまり代わり映えしない。

お茶を出してくれた女性警官は、部屋の隅で、私が話した内容を記録しているようだ。


「…ええと、それで犯人はその後、どこかに去って行ったのかな?」


「あ…えっと。わかりません。

私、階段を降りて、山を下っていって…」


「…ふむ。どれくらいの距離で見たのかな?

よく見つからなかったね。」


「多分…十メートルくらい、だったかと…

大声で喋っていたから、私の足音が聞こえなかったのかも、しれません。」


内容は嘘ではないけれど、実際これは宮本さんを騙しているのと変わらない。

けれど、一条さんは口を挟まない。

私があの男を殺したことも、太刀を旅館に隠していることも知っているはずなのに。


「わかりました。

…大変やったね。無理はさせません、一旦休憩にしよう。

若山、お茶を出してあげて。」


宮本さんは一条さんと二人で、記録と書類を持って、部屋を出て行く。

私たちが未成年だからなのか、かなり気を遣ってくれていると思う。

女性警官の若山さんは、お茶を淹れ直してくれる。


「トイレは、大丈夫?」


ちーちゃんとえりちゃん先生は、トイレに案内されていった。

私も少し前に、かなり久々にトイレに行ったけれど、おにぎりを食べた時のような感動は全然なかったな。


一条さんは、私を庇《かば》ってくれているのだろうか。

言ってしまえば、私は殺人容疑のある人間だし、銃刀法にも完全に引っかかるはず。

宮本さんは、優しそうな人だったけれど、いくら私が未成年だとしても、お咎《とが》めなしとは到底思えない。

まだ、宮本さんに、私について全てを話したわけではないのかもしれない。


トイレから戻った二人は、かなり落ち着いた様子だ。

ちーちゃんの事ばかり気に掛けていたけれど、えりちゃん先生も、ここに来た当初はそわそわしていたが、慣れてきた感じでいる。


再びノックが響き、一条さん達が戻って来た。

宮本さんからは、たばこの匂いがしていて、ちーちゃんは苦手そうな顔をする。

私は、お父さんが吸っていたから特に気にならないけれど、苦手な人はとことん苦手みたいだ。


「ええと、続いて、佐山茅陽さん。

話を聞きたいんやけど、本人の供述を整理したいので、先生は一度席を外していただけますか。」


若山さんに案内されて、えりちゃん先生は別の部屋で待機となった。

私も退席かと思ったけれど、立ち上がろうとした瞬間に、袖口に抵抗がかかった。


「やだ…

さやちゃん、一緒にいて。」


一条さんは、ちーちゃんと私を交互に見て、頷いた。


「短時間だけです。

落ち着いたら、別室で続けます。」


私は、ちーちゃんの聴取を隣で見守るような立場となっている。

……これからちーちゃんは、自分の記憶と戦うことになる。

私は離さないように、手をしっかり握っていた。


「まず、真白さんが行方不明になった時刻は覚えていますか?

あなたは何をしていました?」


「…えっと、午前十時くらいだったと思います。

さやちゃんのスマホを預かって、それで。

りりちゃんと、しおりちゃんがトイレから戻って…

振り返ると、さやちゃんがいなくなってて。」


これは私の供述とは多分食い違う内容ではあるけれど、私がいきなり現世からいなくなった事件を、直前まで一緒だったちーちゃんの視点で聞くというのは、かなり興味深い。

私は、やはり突然、消えるようにいなくなったのだ。


「…では、真白さんはその場を動いて、はぐれたということかな?」


「私…細かい所まで、覚えてなくて。」


「なるほど、わかりました。」


疑いの目を向けられたようには見えなかったので、一安心だ。

しかし、消えていた十時から十八時くらいまでの間の出来事は、私がほとんど把握していない内容となる。


「佐山さん、ここからの話は、答えられないならそれでも構いません。

気分が優れないなら、病院か旅館まですぐに送ることもできます。

決して、無理はしないように。」


「……はい。」


ちーちゃんが、強く手を握り返す。


「では、ええと、真白さんを探して、伏見稲荷大社の周りにずっといたのかな?」


「さやちゃんが、いなくなったのが楼門の所だったから…

山を一周して、戻ってきて、探してました…

何時くらいだったかは、よく覚えてません。」


「……最後に、椿本莉々さんと早川栞さんと一緒にいた場所と、時間はわかる?」


「っ…」


途端に、息を詰まらせるちーちゃん。

彼女の背中を擦り、耳元に顔を近づけた。


「無理、しなくていいよ。」


「うっ…ぐっ…うぇ…」


静かな部屋にすすり泣く声がして、私は宮本さんに提案する。


「私が知っている内容で良ければ、代わりにお話します。

この子を、休ませてあげて欲しい。」


記録を取っていた若山さんが、泣き続けるちーちゃんを案内するため、一緒に退室した。

代わりに一条さんが、目の前で記録を取る。


「佐山さんから話を聞いたのかな?」


「…親友二人が殺された時のことは、聞けていません。

まだ、話せるような状態じゃない。」


「君は……いや、失礼、続けて。

それで、真白さん。

あなたが知っている話というのは?」


「十八時くらいに、楼門で見たものと、翌朝の五時に、ちーちゃんを発見した時のことです。」


一条さんは、文字を書く手をぴたりと止めて、私の目を鋭く睨んだ。


「威圧してどうする。」


即座に宮本さんが、嗜《たしな》めるように短く声を上げた。


「真白さん、”話せる内容”だけ、話してください。」


一条さんは暗に、二つのことを話すのを止めた。

私の殺人と、太刀の所有。

やはり、宮本さんに報告していないんだ…


「正確な時刻は、時計もスマホも持っていなかったのでわかりません。

でも多分、逆算すると十八時頃、真っ暗な楼門の周りで、十人以上の遺体を見ました。」


あの地獄の光景は、忘れられそうにない。


「警官が二人、私の親友が二人、他クラスの生徒が三人、一般の登山客は、多分四人くらい。」


――それと、相討ちになった楽土の剣士が二人。


「……よく、そこまで覚えているね。」


「警察が楼門の遺体を発見した時、遺体は損壊していましたか?」


私からの質問に、険しく、訝《いぶか》しげな顔の二人。


「十八時に私が、りりちゃんや警官の遺体を発見した時、遺体は…痛めつけられたように傷だらけだった……

酷い、拷問でも受けたみたいに。」


こんなのは、ちーちゃんには絶対聞かせられない。

宮本さんは、一条さんとアイコンタクトを取り、書類に目を通していく。


「本来、あなたに説明することはない内容です。

しかし、伏見稲荷大社で見つかった二十四名の遺体には、過度な損傷は見られなかった。」


「一条、それ以上はいい。」


二十四名…そんなに……

一条さんは、開示してはいけない情報を、喋ってしまったようだ。


「…私が朝の五時前に目覚めた時、りりちゃんの遺体には傷ひとつ無かった。

まるで、魔法で傷だけ消し去ったみたいに。

伏見の神様が、亡くなった人たちの尊厳を、取り戻してくれたんだって、私は信じています。」



聴取は足早に終わり、かなり張り詰めた空気で、宮本さんは書類とファイルをまとめた。


「一条、送ってやれ。」


それだけ言い残し、出て行ってしまった。


会議室で二人になり、一条さんが大きく息を吐いた。


「真白さん、今日は、ご協力ありがとうございました。

…あの刀、旅館から動かさないように。

私の許可なく動かしたら、預かります。」


別室に待機していたえりちゃん先生とちーちゃんを連れて、署を出る。

帰りもパトカーで、水月楼まで送ってもらえた。

ちーちゃんは、泣き腫らした顔で、車から外の景色を、ずっと見ていた。


旅館に到着してすぐ、一条さんがメモに何かを書いて、ページを切り取って渡してくれた。


「私の連絡先です。今日は戻ります。

明日は来れるかはわかりませんが、くれぐれも勝手に動かないように。」


「はい。一条さん、約束します。」


「…私は、まだあなたを信じてはいない。

しかしその約束だけは、信じることにします。」


少しだけ口角を上げて、一条さんは伏見署に帰って行った。

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