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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第57話

遺体と血痕《けっこん》を追い、夜の境内《けいだい》を進んでいく。

誰も彼も、無残に殺されている。

一人一人の顔まで見えていたら、私はどうにかなっていただろう。


痕跡は、稲荷大社の奥へと続いていた。

ライトで道を照らし、傾斜《けいしゃ》がかかっている石畳を登る。

いくつかの鳥居をくぐった先、本殿《ほんでん》のすぐ横には立て看板があった。

簡易的な案内図となっているようだ。


地図を見るに、有名な千本鳥居の先に、奥社《おくしゃ》という場所があるとの表示。

殺人者がいるなら、そこだろうか。

それとも、もっと先なのか。

妙に冷静な頭で考えを巡らせ、ただただ歩を進める。

怒りを通り越して、逆に落ち着いてきているけれど、殺人者の姿を見た瞬間、自分がどうなってしまうかわからない。


多数の鳥居がある、二股の道に出た。

多分、右が進む道で、左が帰り道だろう。

上り坂となっているが、今の私なら苦も無く歩き続けられる。

すぐにでも鯉口《こいくち》を切れるよう、鍔《つば》に親指をかけ、進む。


――奥社、らしき場所に出た。

殺人者はいない。

けれど、警官の遺体をまた見つけた。

四十代くらいの男性が、胸を大きく切り開かれて、首をぐったりと傾け、座り込むように亡くなっている。

観察していると、なにか、ノイズのような音がして――


『殉職者《じゅんしょくしゃ》多数――機動――

山――入るな――二次出現の恐れあり――

正体不明。繰り返す――』


断片的な警官の無線が、事態を告げていた。

これだけの被害、通報が入っていないはずがない。

見ると、死んだ警官は、拳銃を片手に握りしめている。

…楽土のルール。剣によってのみ傷がつき、剣によってのみ死に至る。

現世でもこれが殺人者に適用されるなら、止められるのは――

私だけ、かもしれない。


ここまで見た被害者の殺害方法には間違いなく、なんらかの儀式的な意図がある。

生徒は痛めつけられて殺され、警官は胸を切り開かれている。

そして、そのどちらでもない一般客は首を斬り落とされていた。

殺人者の目的は、ただ殺すことだけではない気がする。

なにか、邪悪な信仰の産物であると推測できる。


手を合わせてから、警官の持ち物を探ると、スマホを見つけた。


「え、今日って…」


ロック画面に表示されていた情報。

現時刻は、十一月 十九日 十九時 十八分。

日付だけでいえば、今日の午前中くらいに転移して、まだ八、九時間程度しか経過していない。

楽土で過ごした、二ヶ月余りの期間が、たったそれだけ…

じゃあもしかして…


「私を、探してここに…」


りりちゃんとしおりちゃんは、行方がわからなくなった私を探すために、この付近にいたのだろう。

そのせいで、あんな目に…

私の、せいだ。


なら、なら…ちーちゃんは…?

一緒だったはずの彼女は、逃げられたのだろうか。

どうか、神さま…



血痕は、上へ上へと続いている。

道中、一般登山客の遺体を見つけた。

首を斬られ、力なく横たわる男性の身体。

なんの、関係もないのに。ただ、参拝《さんぱい》しに来ただけで、こんな…


石畳の坂道は途中から、階段へと変わっていった。

整備された石の階段は、元は山道だからか随分急な角度がついていて、体力をかなり持っていかれる。

息を切らし、歯を食いしばって、前へ前へと足を動かし続ける。

苦しいけれど、歩みを止めることはなかった。

立ち止まることは、許されない。

冷たい空気が、毎秒肺を突き刺していく。

できる限り急いで、けれど慎重に。必ず仇を討つために、つまらない怪我なんてしていられない。



最初の鳥居をくぐってから、体感で一時間ほど。

途中、何度か分岐があったけれど、看板の指示に従って頂上を目指していく。

千本どころではない数の鳥居を越えて、二ノ峰という場所に出た。

ここまで、お土産を販売している建物がいくつかあったが、中を覗いてはいない。

もし…誰かが死んでいても、私にはなにも――


頂上は、一ノ峰という名前らしく、もうすぐだそうだ。

これから戦闘になるとすれば、一息ついた方がいいのは明らかだ。

けれど、頭ではわかっていても、休んでいる間にまた誰かが殺されてしまうと思うと、到底許容できない話だ。

血の匂いに、慣れきったその時だった。


――いた。

こんな時間に、こんな所で、血塗れの身体で佇《たたず》む男。

こいつか。

よくも、よくも…


「おお、おお!来たか!

待っていたぞ、そこの娘!

テスカトリポカよ!ここに極上の生贄《いけにえ》を用意致しました!」


「……なに、勝手に喋ってんの。」


生贄?りりちゃんとしおりちゃんが?

お前が殺した、たくさんの人たちが?

許せない…

ゆるせ、ない……

絶対に。


「至上の生贄を、このテオイツカトルめが捧げます!

神よ!ご照覧くださいませ!」


髪が燃えるように揺れている。

目が炎上でもしたかのように、熱い血が集まっていく。

うるさい程に心臓が暴れ出し、汗が蒸気になって噴き上がる。

異常に体温が上昇する感覚。


「お前の、神なんかっ、知るか!

そいつも連れて来い!

私が、まとめて地獄に落としてやる!

お前と、一緒に!!」


刃を外側に向け、鞘を水平に構え、引き抜く。

反りの深い太刀は、切っ先を揺らしながら現れた。

月明かりが、複雑に反射する。


「なにを…なんと冒涜《ぼうとく》的な!

娘、到底捨て置けぬ発言だぞ!」


「もう黙って。」


最後の階段を、登っていく。

とても戦闘に適しているとはいえない場所だけれど、もう私は止まらない。

伏見の神さま。この場を血で汚してしまうことを、どうか許して下さい。

終わったら、どんな罰でも受けます。

でも今は…

――嘗《かつ》てつるさんにそうしたように。

私に、やり遂げる力を。

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