第56話
「あ…ここ、って。」
目が覚めると、暗い場所だった。
さっきまで眩しい光の中にいたせいで、目がまだ慣れないけれど、見覚えがある。
間違いなく、ここは、伏見稲荷大社だ。
街灯が少し離れた場所に見える。
境内を照らす灯りに、羽虫が群がっているのが、遠目でもわかった。
転移した場所と、同じポイントに戻れたんだ。
「よか、ったあ…」
一先ず、海外の変な場所に出るなんてことはなくて助かった。
多分、旅館までの道はなんとかわかる。それなら、電話を借りるのも問題ないかもしれない。
つい力が抜けて、その場にへたり込む。水の音がして、冷たい感触を足元に感じる。
「はは、楽土で目覚めた時みたい…」
あの時は浜辺で目が覚め、足元は波に浸かっていた。
スカートまで濡れて、乾かす暇もなく、担がれて大急ぎで楽土を昇ったな。
もう、随分と昔のことのように思えてしまう。
空模様は見えないけれど、雨が降ったのか、地面は濡れているようだ。
「うう、さむ…!」
…今は何月何日だろうか。
修学旅行の二日目、十一月 十九日の午前中くらいに、私は転移したと思う。
今日のこれは、冬の寒さだ。
上着を必要とする程の、しっかりと真冬の気温。
冷たい空気をいっぱいに吸い込むと、その新鮮な冷たさに肺が驚いたようだ。
もしかしたら、何日かしか経っていないのか…
日付を確認できる物、なにかないかな――
「……え?」
違和感があったのに、気付けなかった。
音のしない空間に、確かに存在する濃密な…
血の、匂い。
地面を見た。
足元の水は、そんな、うそ…
血だまり、だ――
「ひっ」
なんで、なに、どういうこと
ここでなにが、誰の血?
血だけ?死体は?
警察は?通報はどうやって
どこ、どこから血が
「…うそ、でしょ」
私のすぐ傍に、二人の人間が倒れている。
その、その人たちは、見るからに、明らかに――
現代人では、ない。
時代劇に出て来るような袴姿の男と、西洋鎧の騎士。
相討ちしたのか、血を大量に流して、死んでいる…
そして、その傍らには、剣。
「なんで、なんで、なんで…」
目が、慣れて来て、より多くのモノが見え始めた。
より多くの”人”が…
「あっ…ああああ…」
死体が、そこらじゅうに、散乱している。
辺り一面、血の海が広がり、何人もの人が倒れていた。
「うそ、うそ…」
思考が追い付かない。
あれ、は。
なんで、どういうことなの…?
私と同じ、制服、の生徒。
見覚えのある、リュック。
ああ、いや、そんな、だめ
「ああ、なん、で…
りりちゃん、なんでっ!!」
同じ班だった、椿本莉々《つばきもと りり》ちゃんの、遺体…
全身血塗れで、死んでいる、りりちゃんが
――殺されて、いる。
「うっ、おぇ…ぐえええ」
胃が暴れて、中身を押し出そうとする。
わからない、わからない、意味がわからない。
殺された。
たくさんの人が、”剣”で。
「うぶっ、はあ…はあ…」
嘔吐はせずに済んだ。
嫌だ、どうしてこんなに…
理解、出来てしまうのか――
……時間がない、考えろ。
落ち着け、落ち着け…
手で口元を押さえ、血の匂いが立ち込めた周囲を見渡す。
警官が二人、仰向けに倒れている。
近づいて、身体をまさぐる。
…ごめんなさい。でも、もし私の考える通りの最悪な展開が起きているなら、止めないと。
男性警官が持っていたライトを頂いて、点灯させる。
「こん、なに…」
少なくとも、十人以上は倒れている。
当然、抵抗したであろう警官の男性の胸には、大きな傷が開かれていた。
「うっ…」
思わず、顔を背けた。
まるで、手を突っ込むために、切り開いたような大きさの傷…
――そして。
「りりちゃん、そんな…ひど、すぎる…」
りりちゃんの遺体は、徹底的に痛めつけられ、全身傷だらけだった。
断末魔の叫び、その瞬間が刻まれたお顔が、どれだけの苦痛を受けたのか物語っている。
彼女の苦しみを想うと、涙が止まらない。
身体から力が抜けて、虚無感に包まれていく。
開いたままになっていた目を閉じて、りりちゃんは眠った。
止めないと…
剣でしか止められない
止める、終わらせる、ためには……
殺すしか、ない。
…ゆるさない。
誰だ、こんなことをしたやつは。
――殺す。
絶対に殺す。
静かに、けれど確かに、殺意の炎が脳裏にちらつく。
楽土から来たであろう剣士の得物を奪い、刀身を露わにする。
太刀だ。
つい”さっき”まで使っていたものより長く、反りは深い。それに、明らかに重い。
構えを取ると、切っ先が震える。
重心もバランスも小太刀とは違う。
けれど満足に扱えるかなど、考えていられない。この太刀でやるしかない。
もうひとつの剣は、使えない西洋剣。興味はない。
探し出して、下手人を苦しませて殺してやる。
どこに行った。
稲荷大社の楼門より手前に、りりちゃんを含めた数人の遺体はある。
私と同じ久喜北校の生徒も、何人か倒れている。
知っている生徒かなんて、確認出来る余裕はない。
観光客か、一般の登山客の死体も横たわっている。
中には、首のない遺体も何体かあった。
奥に進むと、更に数名が殺されている。
警官の胸を引き裂いた物と、りりちゃんの肌を痛めつけた得物は、恐らく同じ。
同一のものとみられる荒い傷口は、痛みを与えるためのものか…
単独でこれだけ殺した、ということだ。
人間以下のクズめ、死んでも償えると思うな。
「…ああ、もう、なんでよ」
…もう一人、見つけてしまった。
同じクラス、同じ班の、仲の良かった親友。
「し、おり、ちゃん…」
早川栞ちゃんの、無残な遺体が、道の脇に捨てられていた。
全身を痛めつけられて、片足を切断された姿で。
「ふっ、ぐ、ぎい…」
大声で叫びたくなる衝動を押し殺し、砕けんばかりに歯を食いしばって耐える。
壁にもたれかかった体勢の彼女を地面に寝かせ、髪を梳く。
開いたままになっている目と口を閉じて、少しでも穏やかな顔にしてあげたかった。
どんなに…
どんなに、苦しかっただろう…
こんな目に、遭っていい子じゃなかった。
髪が燃えて逆立つような錯覚を覚え、噛みしめた口から血の味が喉に落ちて、歯の軋む音が頭の中に反響する。
殺意が私の身体に火を付け、燃え上がる。
「見つけて、殺す…」




