十一月 十九日
「なあんか…
修学旅行に来てまで早起きするのって、変じゃない?」
「ふわあ…
今日は枕投げ、やめとこっか…」
「しおりの勝ち逃げだあ。
はー、男子はまだ爆睡中なんだろうなあ。」
りりちゃんとしおりちゃんは、ぶつぶつ言いながらメイクを続けている。
時間はまだ六時半を回ったところで、正直まだ眠い。
「ちーちゃん、そろそろ起こしてあげて。」
髪を梳かしながら、しおりちゃんの目線の先を追う。
この四人部屋の中で、まだしっかりと寝息を立てている一人は…
「さやちゃん、起ーきーてー。」
布団にくるまっているさやちゃんの身体を揺らしてみる。
アラームではびくともしない、深い眠りに落ちたままだ。
「…んう。
でも、そろそろこの店…出ようよ…」
「ぶふっ、さやぴ!
どういう寝言?」
「あ!
もう、汚れたじゃん!」
吹き出して、卓上鏡に唾を飛ばしたりりちゃん。
私物を汚されたしおりちゃんは白い目で、平謝りする彼女を睨んでいる。
これくらいの騒ぎでは、全然起きる気配がない…
どうしよう、もう起こさないと時間が…
さやちゃんがすっぴんで一日を過ごすことになっちゃう。
「ごめんね~…」
彼女の鼻をつまむ強行手段に出た。
これでどうだろう…
「……ぼはっ!
な、なにすんの!」
「あ、起きた!」
さやちゃんは顔を真っ赤にして、息を荒くしている。
明日からは、最初からこの方法を採用してみよう。
独創的な寝ぐせを爆発させて、不機嫌そうに目を細めた。
「もうお嫁に行けないよお。」
上体を起こしたまま、もう一度布団を頭まで被っていく。
さやちゃんはかなりの頻度で、こういう変なボケを入れてくる。
でも、時間が…
「行けないよ、お嫁に、私。」
「なに、倒置法…?」
ぐるぐる巻きになった布団が、小刻みに揺れている。
声を出さずに笑っているみたい。
どうやら、さやちゃんの欲しいツッコミができたようだった。
「さやちゃん、もう七時だよ。準備しようよー。」
揺れる布団のお化けは、動きを止めた。
そこから、いきなり布団から飛び出すようにさやちゃんは立ち上がった。
「ちーちゃん、はやく言ってよ!」
「わ、ごめん!」
「さやがコント始めるからでしょー。
私たち、もうメイク終わったよ。」
「うーん、さやぴがどうしてもって言うならあ。
手伝ってあげてもいいけど?」
いたずらっぽく笑うりりちゃんと、傍であくびをしているしおりちゃん。
仁王立ちのさやちゃんは腕を組んで首を傾げて、なにかを考える素振りをしている。
かなり、わざとらしい…
「ふむ…
私の計算によれば、朝ごはんまでに単独でミッションを遂行するのは難しい…」
「また始まった…」
「あっははは!
さやぴ、全然余裕あるじゃん!」
さやちゃんはやっと用意を始め、テキパキと身だしなみを整えていく。
私も着替えを始め、最低限のメイクを施す。
りりちゃんは、さやちゃんの髪を梳かしてあげている。
部屋の外から足音がして、襖を軽いノックが揺らした。
起床時間の七時になって、えりちゃん先生が見回りに来てくれたみたい。
「起きてるー?」
「ぎりぎりの人がひとりいまーす。」
さっさと用意を済ませたしおりちゃんは、余裕の態度だ。
同じく用意が終わっているりりちゃんは、逆に忙しそう。
「寝ぐせやばいんだけど!
洗面所行くよ!」
「りりちゃん、私たちならやれる!うおー。」
妙に騒がしい、朝の時間。
皆でお泊りするのって、楽しいなあ。
おかげで眠気はどこかへ行ってしまった。
朝食を終え、旅館を出る私と、班の三人。
配布された周辺マップを開いていく。
「えーっと、こっち?」
地図をじっくり見ながら、さやちゃんは行き先を指差した。
セーラー服を羽織っただけの彼女は、指先まで袖を伸ばして、その場で足踏みをして身体を温めていた。
今日は班での自由行動で、昨日の内にどういうルートで観光をするのかは決めている。
さやちゃんと私の希望だった伏見稲荷大社は、旅館から歩いて三十分くらい。
そこから、りりちゃんとしおりちゃんが希望した清水寺へ。
かなり歩くけど、大丈夫かなあ…
「他の生徒について行けば、自然に着きそうだね。」
しおりちゃんの言うように、道の先には久喜北高校の生徒がまばらに歩いている。
目的地はきっと、同じだと思う。
「やっぱ、人気なんだねー。
あそこって、山になってるみたいだけど、登る?」
「せっかくだから、行ってみよ!
ちーちゃん、大丈夫そう?」
意見を求めるりりちゃんと、やる気に満ちたさやちゃん。
見守るしおりちゃんと、皆について行く私。
いつもの四人。
「…山道って、階段になってるんだよね?」
ネットで調べた時、険しい山道ではないような印象だったと思う。
登山をした経験のない私には、階段を上がるだけという方が気が楽かもしれない。
「階段だけど、角度はきついかもね。
ま、しんどかったら途中で降りてもいいし。」
不安な私を安心させてくれるような、しおりちゃんの声色。
三人の親友は、いつも私を助けてくれる。
「わ、おっきい鳥居!」
「すごー!」
伏見稲荷大社までもうすぐという所で、とても大きな鳥居が見えて来た。
この道は車で渋滞していて、それが順番に右折していく。
神社の駐車場も、順番待ちになっているのかも。
「…あれ、今地震なかった?」
伏見稲荷大社の敷地に入った瞬間、さやちゃんは目を見開いて、辺りを見渡した。
私は全く感じなかったけど、揺れたのかな?
「ちょっとだけ、休憩しよっか。」
しおりちゃんはそう言って、公衆トイレの方を指差している。
りりちゃんと一緒に、二人でトイレに歩いて行く。
ここは観光客もすごく多いから、逸れないように気を付けないと。
「人、多いね~。」
「外国人もいっぱいだね。」
この入口付近の人口密度はとても高い。大鳥居を背景に写真を撮る人が、後を絶たない。
さやちゃんは、満員電車でそうするように、リュックを背中ではなく、胸の前で抱えていた。
「あっ。ちーちゃん、ちょっと持ってて〜。」
さやちゃんはそう言って、私にスマホを手渡した。
リュックを下ろして、しゃがみ込んでいる。
靴紐が解けてしまったみたいだ。
私は、周辺マップをもう一度確認してみる。
稲荷山の頂上までは、二時間くらいかかるらしい。
途中、休憩出来る場所があるといいな。でも、ベンチが埋まってたら困るなあ。
「お待たせ!」
「あれ、さやは?」
トイレから戻った二人。
さやちゃんならすぐそこに――
「…?
え、さやちゃん?」




