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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第55話

振り返らず、少しだけ上り坂になっている道を進んでいく。

遥か遠くに、ほんのりと微かな光が見える。

あれは、なんの光なのだろう。太陽とか、月明かりなのかな。


現世は今、いつなんだろうか。

私が楽土で過ごした時間が、そのまま現世でも同じように流れていたとは思えない。

いつだったか、浦島太郎のお話を連想したことがあったっけ。

着く頃には、私はおばあちゃんになっているかもしれない。

それでも、意地でも剣を続けてやる。


少し明るさを増した光に、目をしかめる。

歳黒《さいこく》と戦ったあの場所で、暗がりに目が慣れてしまっていたのだろう。

あの雷光ほど強い光とは当然違う、優しい明るさ。

この先にあるものは、何か懐かしいような、安心する灯りだった。


振り返ってしまいたい衝動に駆られて、つい足を止める。

まだ、私が見えているだろうか。まだ、今なら二人が見えるだろうか。

情けないなあ、私…


「…楽しかったんだもん。」


つい、言い訳じみた言葉が出る。誰も聞いているはずのない場所での独り言。

修学旅行中に突然、死者の国に放り込まれて、二ヶ月くらい。

思えば、突拍子もない話だ。現世の誰に言っても、信じてはもらえないだろう。

けれど、私はちゃんと覚えている。

生涯を剣に捧げた彼ら、彼女らの生き様を、忘れることは決してない。


「…ははっ。」


つい、腰に手をやる癖が出てしまった。

笑いがこぼれ、行き先を失くした手が空を切る。

もうそこにはない小太刀が、既に懐かしく思えた。


少し前から、ここに来る前のことを、徐々に思い出していた。

京都の旅館で、朝起きて、班の皆と行動して…

早川栞《はやかわ しおり》ちゃんと、椿本莉々《つばきもと りり》ちゃんと、佐山茅陽《さやま ちはる》ちゃん。

あれは確か、伏見稲荷大社の大きな鳥居の近くで、茅陽ちゃん…ちーちゃんにスマホを預けた時のことだ。

スニーカーの靴紐が解けて、リュックを降ろして、結ぶために屈んで…

私の持ち物に、その二つが無いということは、転移はそのタイミングだったのかもしれない。


私が行方不明になっと学校側が把握すれば、修学旅行は中止か、良くても短縮されるだろう…

迷惑、かけちゃっただろうな…

高校生活で一番の思い出なのに、学年の皆を残念な気持ちにさせちゃったかもしれない。

けれど、転移は私のせいじゃないんだけどね、あはは。


お母さんに、なんて言おうかな。

お父さんが亡くなって、突然私がいなくなって、たった一人になってしまったお母さん。

どんなに苦しかっただろう。…ごめんね。

すぐに連絡して、無事を伝えたい。

そして、私を助けてくれた人たちのことも、教えてあげないと。

お母さんの電話番号だけは、ちゃんとまだ覚えている。

この先が、現世のどこへ繋がっているかわからないけれど、交番とか、とにかく電話を借りられる場所を探そう。

さすがに日本のどこかに着くよね…?

もし海外なら…いや、考えないようにしよう。


光が大きくなっていく。

そして、数も徐々に増えていった。


「わあ…」


灯りだ。

太陽の光。

教室の電灯。

街を照らす街灯。

人を乗せて走る電車の前照灯。

誰かのお家の暖かな照明。

生きている人たちの、光。

生きている人たちの、世界そのもの。

こんなに奇麗な世界に、私は生きていたんだ。


すぐ傍を、光が通り過ぎていく。

辺り一面、無数の光が照らしている。

ゆらゆら揺れる、か弱い炎の明るさ。

煌々《こうこう》と輝く、オフィスビルの強い光。

人類の、文明の光だ。


闇を溶かすように、光が私を包む。

自分の影すら消えて、真っ白な世界をただ歩いて行く。

なんだか、暖かい。

太陽の光を浴びたように、身体が熱を持っている。

すぐ目の前に、焚火《たきび》でもあるかのような、炎の暖かさを感じる。

生者の世界は、明るくて、暖かいんだ。

私、全然知らなかったな…


なんとなく、もうすぐだとわかった。

手が届きそうな感覚が、私の中に芽生えている。

目を開けていられない程の光が押し寄せて――

どんどん大きく、強くなって。


私は、消えた。


ここまでお読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。

本日の更新をもちまして、第一部【楽土の華】は終了となります。


明日より、第二部の連載が始まります。

変わらず毎日更新いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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