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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第53話

イーゴンさんが三度に渡り見せた、突き。

つるさんが二度仕掛けた横薙ぎの動き。

そして、背負った楢断《ならだち》の初速を上げた、初見の一撃。

これらを全て、歳黒《さいこく》は完璧に対応して見せた。


三度見せた技は確実にカウンターをもらうと思っていいだろう。

二度なら、技を封じる程度だけれど、こちらの対応次第では反撃は当然ある。

最後、つるさんが初めて見せた技への対応…

恐らく、奥白石つるという人物の”武”を、読み切ったのか…

――そうだと仮定して、作戦は決めた。


「つるさん、これ使って。」


包帯代わりの布を渡し、小太刀を構えて集中する。

頭が、急速に冴えていく感覚。

息を吐き、歳黒を見据えて、思考を加速させる。


「お待たせ、行くよ。」


つるさんは布を額に巻いて、視界を確保している。


「如何に致す。」


「つるさんは、今のままでお願い。

合図するから、その時は…ね。

イーゴンさんには、左右を逆転して、対応をリセットさせて欲しい。」


「……なるほど、わかりました。」


「そなたは?」


「戦う以上、安全とはいかないけど、危ない真似は控える、つもり。

…考えの通り上手くいくなら、だけど。」


問答はお終いにして、二人には仕掛けてもらうようお願いした。

私だけ一歩後ろから、走って歳黒へ接近する。

つるさんが背面側から奇襲するように、大きく跳躍して、裏を取った。

二対一なら、どう対応するか。


イーゴンさんが攻める。

歳黒に聞かれている以上、詳細にお願いしても同じことだろうけれど、私の簡潔な提案を、しっかり意図を読んで実践してくれている。

盾で"攻撃"を。

剣で"防御"を。

この切り替えで、歳黒はもう一度、イーゴンさんを観察する必要がある。

けれど、盾の攻撃は直接ダメージにはならない。

読まれているつるさんの、補助をする形になる。

歳黒が後手に回っている間に、もうひとつだけ、楔《くさび》を打ち込んでおけば…

きっと、上手くいく。


つるさんが背面から唐竹割《からたけわ》りで攻め入る。

縦振りは、一度見られている。

歳黒は青銅剣を逆手に持ち、背中に当てるように防御の構えを取った。

そのまま身体ごと角度を付け、勢いを流して殺す。

楢断は青銅剣の上を滑り、つるさんの体勢が僅かに崩れる。

けれど、カウンターはイーゴンさんが咎《とが》め、つるさんは立て直した。


……歳黒は、対応する相手を必ず目視している。

暴威《ぼうい》のひとり、あの尼僧剣士の太白のように、視覚以外で判断しているわけではない。

そして、必ず後手に回る防御とカウンター戦法。

セラとよく似ている。

私が仕掛けるなら、次からだ。


つるさんは助走を付けて飛び込み、突きを放つ。

眉間狙いの軌道…

いくら精密な剣戟《けんげき》を得意としているとはいえ、的が小さい割に動作が大きすぎる…


歳黒は、膝を折って上半身のみを九十度に傾けて躱《かわ》した。

瞬きせず、つるさんを見ている。

飛び込んで空振りとなった突きは見せかけだ。

つるさんは空いた左手で、短刀を真下に投げつけた。

この奇襲にも歳黒は対応し、青銅剣で弾く。

――ここ、いや。


青銅剣の軌道の外から、イーゴンさんが攻める。

盾で視界を潰すように、頭部への打ち降ろし。

――倒れるか。


硬い物同士がぶつかる音がして、耳に嫌な感触が残る。


「うそ…」


歳黒は円盾の縁を、噛んで、止めている。

手を付かない、ブリッジの体勢のまま。

首の筋肉が、奇妙に盛り上がっていた。

あり得ない体幹――

いや、ここだ。


思考を即座に切り替え、駆け寄り、小太刀を構え――

すぐさま歳黒は視線だけを私に向けた。

この体勢からでも、対応してくるだろう。

だから、”攻めない”。


急停止し、小太刀を振り抜かずにいる私を、凝視《ぎょうし》し続ける暗い瞳。

わからないだろう、どうして攻めないのか。

答えは、先生に習ってないから、だよ。


「っ、離れて!」


盾が遮っているのは、イーゴンさんの視界も同様だった。

彼に見えない角度から、青銅剣が迫っている。

イーゴンさんは反応して、大きく飛び退いた。


青銅剣は空振り、そこへ再びつるさんが入る。

低い体勢を咎める縦振りの太刀が振り下ろされる。

それに、歳黒は――


後頭部を地に付け、首と背だけで身体を跳ね上げ、宙返りを披露《ひろう》した。


そして、天地逆さの体勢のまま、青銅剣で楢断を迎え撃つ。

浮いた身体は当然押し負け、無理矢理に距離を離した。

信じられない身体能力…


歳黒の着地際、私は飛来する身体を射程距離に捉え、居合抜きの構えを取る。

――実際にできるかは、今はどうでもいい。

首だけを不自然に傾け、私をその目に捉える歳黒。


近い。小太刀が充分に届く距離。

僅かに、刀身を露出させる。

ぎょろりと、その目が私の腰元を突き刺す。

彼が着地するまでの、ほんの一瞬。


「出来るな、生者。」


――歳黒の視界が、やっと私自身を捉えたように感じた。


鈍重な着地の僅かな停止を、イーゴンさんは見逃さず仕掛けた。

往復させるように盾で殴りつけ、返す青銅剣は、彼の騎士剣で凌ぐ。

つるさんも距離を一気に詰める。

私を、合図を待ってくれている。

もう少し、あと一回でいい。


イーゴンさんの円盾が、再び歳黒の視界を塞ぎ、彼の剣が走る。

しかし、これはきっと陽動…

カウンターを”打たせ”、決めろと言外に伝えてくれている気がした。


盾の陰から、歳黒の胴を横切る軌道。

逆手持ちに切り替えた青銅剣で大きく弾き、盾に掌底が叩き込まれる。

大きく仰け反ったイーゴンさんに、致命の突きが迫る。

でも――


三度目、今度は小太刀を走らせる。

何千回も練習した、素振りの動き。首を狙った、真っ向からの唐竹割り。

私から、目を逸らさない歳黒。


…疑り深いね。

ぴたりと、振り下ろしの動作を止め――


「つるさん!中目蟾《なかめひき》だよ!!」


これが、合図。

一番最初に、してくれたお話。

私たちだけの、秘密の合言葉。


「っがああああ!」


獰猛《どうもう》な雄叫びが、耳を劈《つんざ》く。

獣となったつるさんの、異常な暴力。

もう、届く。

これは奥白石つるの”武”ではない。

奥白石つるが元来持っていた、”原始の暴”。

伸びきった突きの動作の先端、青銅剣を引き戻し、歳黒は対応する。


けれどそれは――

まだ見たことない、よね。


まるで長い棒でも振り回すように、刃筋などお構いなしに、楢断を振るうのではなく、叩きつける。

素手で掴みかかり、膝を叩き付け、爪を立てるように引っ掻く。

言葉にならない叫声《きょうせい》を上げる、狂暴な白い猛獣だ。

対応しきれるはずはなく、更に後手に回る歳黒は、後退を続けている。

イーゴンさんが退路を断ち、盾で身体を押しやる。

私の小太刀も、横薙ぎの軌道を取る。


目をぐるぐると動かし続ける歳黒は、どこから対応すべきか判断できるだろうか。

もう、終わりだ。


「ばあああああ!!」


制御されない力に流され、楢断の剣先が不規則にブレる。

歳黒の肩口に食い込み、筋肉を断ち、骨を砕き、臓器を割る。

なおも、倒れまいと猛る歳黒の――


――その身体を、両断した。



「っ、はあ…イーゴン、さん、怪我は…?」


彼の頬には一筋、傷がついている。


「いいえ…

心配、ありません。」


鈍い音がした。

つるさんは、一際大きく息を切らして、大の字に倒れ伏している。

楢断を手放し、上下する胸に隠れて、顔は見えない。


「つるさん、大丈夫!?」


駆け寄ると、私から顔を逸らすように傾けた。

荒れ果てた息遣いが続き、喋る体力も残っていないようだ。

身体中が汗だくで、額に巻いた布に血が滲んでいる。

…激戦だった。


「つるさん、お水、飲む…?」


戦闘前に降ろしていた布袋を取って、竹の水筒を取り出す。

つるさんは、大丈夫だろうか…

もう一度、顔を覗き込む。


「…なに、顔赤くしてんの。」


「暑い、からです…」


「本当は?」


「まるで、獣のような振る舞い…

そなたに、見られたくは、なかった…」


なあんだ。

心配しすぎだったみたい。

可愛いなあ、つるさん。


「ふふっ…あ、ははは!」


「笑うで、ない…」


終わったんだ。

私たちの、旅が。

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