第53話
イーゴンさんが三度に渡り見せた、突き。
つるさんが二度仕掛けた横薙ぎの動き。
そして、背負った楢断の初速を上げた、初見の一撃。
これらを全て、歳黒は完璧に対応して見せた。
三度見せた技は確実にカウンターをもらうと思っていいだろう。
二度なら、技を封じる程度だけれど、こちらの対応次第では反撃は当然ある。
最後、つるさんが初めて見せた技への対応…
恐らく、奥白石つるという人物の”武”を、読み切ったのか…
――そうだと仮定して、作戦は決めた。
「つるさん、これ使って。」
包帯代わりの布を渡し、小太刀を構えて集中する。
頭が、急速に冴えていく感覚。
息を吐き、歳黒を見据えて、思考を加速させる。
「お待たせ、行くよ。」
つるさんは布を額に巻いて、視界を確保している。
「如何に致す。」
「つるさんは、今のままでお願い。
合図するから、その時は…ね。
イーゴンさんには、左右を逆転して、対応をリセットさせて欲しい。」
「……なるほど、わかりました。」
「そなたは?」
「戦う以上、安全とはいかないけど、危ない真似は控える、つもり。
…考えの通り上手くいくなら、だけど。」
問答はお終いにして、二人には仕掛けてもらうようお願いした。
私だけ一歩後ろから、走って歳黒へ接近する。
つるさんが背面側から奇襲するように、大きく跳躍して、裏を取った。
二対一なら、どう対応するか。
イーゴンさんが攻める。
歳黒に聞かれている以上、詳細にお願いしても同じことだろうけれど、私の簡潔な提案を、しっかり意図を読んで実践してくれている。
盾で"攻撃"を。
剣で"防御"を。
この切り替えで、歳黒はもう一度、イーゴンさんを観察する必要がある。
けれど、盾の攻撃は直接ダメージにはならない。
読まれているつるさんの、補助をする形になる。
歳黒が後手に回っている間に、もうひとつだけ、楔を打ち込んでおけば…
きっと、上手くいく。
つるさんが背面から唐竹割りで攻め入る。
縦振りは、一度見られている。
歳黒は青銅剣を逆手に持ち、背中に当てるように防御の構えを取った。
そのまま身体ごと角度を付け、勢いを流して殺す。
楢断は青銅剣の上を滑り、つるさんの体勢が僅かに崩れる。
けれど、カウンターはイーゴンさんが咎め、つるさんは立て直した。
……歳黒は、対応する相手を必ず目視している。
暴威のひとり、あの尼僧剣士の太白のように、視覚以外で判断しているわけではない。
そして、必ず後手に回る防御とカウンター戦法。
セラとよく似ている。
私が仕掛けるなら、次からだ。
つるさんは助走を付けて飛び込み、突きを放つ。
眉間狙いの軌道…
いくら精密な剣戟を得意としているとはいえ、的が小さい割に動作が大きすぎる…
歳黒は、膝を折って上半身のみを九十度に傾けて躱した。
瞬きせず、つるさんを見ている。
飛び込んで空振りとなった突きは見せかけだ。
つるさんは空いた左手で、短刀を真下に投げつけた。
この奇襲にも歳黒は対応し、青銅剣で弾く。
――ここ、いや。
青銅剣の軌道の外から、イーゴンさんが攻める。
盾で視界を潰すように、頭部への打ち降ろし。
――倒れるか。
硬い物同士がぶつかる音がして、耳に嫌な感触が残る。
「うそ…」
歳黒は円盾の縁を、噛んで、止めている。
手を付かない、ブリッジの体勢のまま。
首の筋肉が、奇妙に盛り上がっていた。
あり得ない体幹――
いや、ここだ。
思考を即座に切り替え、駆け寄り、小太刀を構え――
すぐさま歳黒は視線だけを私に向けた。
この体勢からでも、対応してくるだろう。
だから、”攻めない”。
急停止し、小太刀を振り抜かずにいる私を、凝視し続ける暗い瞳。
わからないだろう、どうして攻めないのか。
答えは、先生に習ってないから、だよ。
「っ、離れて!」
盾が遮っているのは、イーゴンさんの視界も同様だった。
彼に見えない角度から、青銅剣が迫っている。
イーゴンさんは反応して、大きく飛び退いた。
青銅剣は空振り、そこへ再びつるさんが入る。
低い体勢を咎める縦振りの太刀が振り下ろされる。
それに、歳黒は――
後頭部を地に付け、首と背だけで身体を跳ね上げ、宙返りを披露した。
そして、天地逆さの体勢のまま、青銅剣で楢断を迎え撃つ。
浮いた身体は当然押し負け、無理矢理に距離を離した。
信じられない身体能力…
歳黒の着地際、私は飛来する身体を射程距離に捉え、居合抜きの構えを取る。
――実際にできるかは、今はどうでもいい。
首だけを不自然に傾け、私をその目に捉える歳黒。
近い。小太刀が充分に届く距離。
僅かに、刀身を露出させる。
ぎょろりと、その目が私の腰元を突き刺す。
彼が着地するまでの、ほんの一瞬。
「出来るな、生者。」
――歳黒の視界が、やっと私自身を捉えたように感じた。
鈍重な着地の僅かな停止を、イーゴンさんは見逃さず仕掛けた。
往復させるように盾で殴りつけ、返す青銅剣は、彼の騎士剣で凌ぐ。
つるさんも距離を一気に詰める。
私を、合図を待ってくれている。
もう少し、あと一回でいい。
イーゴンさんの円盾が、再び歳黒の視界を塞ぎ、彼の剣が走る。
しかし、これはきっと陽動…
カウンターを”打たせ”、決めろと言外に伝えてくれている気がした。
盾の陰から、歳黒の胴を横切る軌道。
逆手持ちに切り替えた青銅剣で大きく弾き、盾に掌底が叩き込まれる。
大きく仰け反ったイーゴンさんに、致命の突きが迫る。
でも――
三度目、今度は小太刀を走らせる。
何千回も練習した、素振りの動き。首を狙った、真っ向からの唐竹割り。
私から、目を逸らさない歳黒。
…疑り深いね。
ぴたりと、振り下ろしの動作を止め――
「つるさん!中目蟾だよ!!」
これが、合図。
一番最初に、してくれたお話。
私たちだけの、秘密の合言葉。
「っがああああ!」
獰猛な雄叫びが、耳を劈く。
獣となったつるさんの、異常な暴力。
もう、届く。
これは奥白石つるの”武”ではない。
奥白石つるが元来持っていた、”原始の暴”。
伸びきった突きの動作の先端、青銅剣を引き戻し、歳黒は対応する。
けれどそれは――
まだ見たことない、よね。
まるで長い棒でも振り回すように、刃筋などお構いなしに、楢断を振るうのではなく、叩きつける。
素手で掴みかかり、膝を叩き付け、爪を立てるように引っ掻く。
言葉にならない叫声を上げる、狂暴な白い猛獣だ。
対応しきれるはずはなく、更に後手に回る歳黒は、後退を続けている。
イーゴンさんが退路を断ち、盾で身体を押しやる。
私の小太刀も、横薙ぎの軌道を取る。
目をぐるぐると動かし続ける歳黒は、どこから対応すべきか判断できるだろうか。
もう、終わりだ。
「ばあああああ!!」
制御されない力に流され、楢断の剣先が不規則にブレる。
歳黒の肩口に食い込み、筋肉を断ち、骨を砕き、臓器を割る。
なおも、倒れまいと猛る歳黒の――
――その身体を、両断した。
「っ、はあ…イーゴン、さん、怪我は…?」
彼の頬には一筋、傷がついている。
「いいえ…
心配、ありません。」
鈍い音がした。
つるさんは、一際大きく息を切らして、大の字に倒れ伏している。
楢断を手放し、上下する胸に隠れて、顔は見えない。
「つるさん、大丈夫!?」
駆け寄ると、私から顔を逸らすように傾けた。
荒れ果てた息遣いが続き、喋る体力も残っていないようだ。
身体中が汗だくで、額に巻いた布に血が滲んでいる。
…激戦だった。
「つるさん、お水、飲む…?」
戦闘前に降ろしていた布袋を取って、竹の水筒を取り出す。
つるさんは、大丈夫だろうか…
もう一度、顔を覗き込む。
「…なに、顔赤くしてんの。」
「暑い、からです…」
「本当は?」
「まるで、獣のような振る舞い…
そなたに、見られたくは、なかった…」
なあんだ。
心配しすぎだったみたい。
可愛いなあ、つるさん。
「ふふっ…あ、ははは!」
「笑うで、ない…」
終わったんだ。
私たちの、旅が。




