第52話
「…出ます。
頼みますよ、さや。」
いごん殿の身体を蹴り飛ばし、ことなきを得た。
いと見事なる働きであった。
「出来ますね、文身の者。」
身体に刻まれしふたつの雷紋。
よもや黄泉の雷神に仕えし者にてはあるまい。
確かなるは、いと覚えのよい益荒男である由。
ひと目には、理に適わぬ動きに見える。未だ、解き明かせぬが…
我らの業、見切る前に終わらせる。
楢断を大上段に構え、圧を発す。
古き戦士は、目を見開いておる。
我が肉身の隅々まで熱き血が巡り、固く引き絞られる。
斯様なる武、如何に受けるか。
音は無く、瞬きの間に楢断は右肩に落ちた。
「あら。お上手ですね。」
短き柄の青銅剣にて受けたるはよいが、この奥白石つるの膂力を片腕で凌ぎたる者など、人に非ず。
右の手で支えた青銅剣で、右肩を守る無理な体勢。
ゆえに受け切れず、右の肩口へ斬り込み、血が滴り落ちる。
異様なる雷紋の者にも、赤き血潮は流れておるか。なれば、唯人に過ぎぬ。
尚も楢断を押し付け、鍔迫りにてその肉身を断たんと力を込める。
相手の片膝が沈み、地を均す。
古き青銅剣と、損じた右肩で、如何にするか。
これにて終わりか?
古き戦士は、青銅剣を身体の外側へ傾け、楢断を滑らせる。
されど、それは鍔など無き古き得物。
致命と引き換えに、右手の甲を薄く削ぎ切り、命を繋ぎたるか。
肩と手の傷、これにて剣捌きに障るであろう。
続けざまに、僅かに歩を離し、身を翻して横薙ぎに仕掛ける。
左脇腹を通す。
如何にするか。その身ふたつに分たれてしまおうぞ。
次は両手で受けたるか。
刃を左手にて支え、素足が地に擦り付けられた。
げにも、力ある者よな。されど、あの破軍には及ばぬ。
この者の恐るべきは、そこではない。
楢断を滑らせ、更にもう一度回るように、頸を狙う横薙ぎの一太刀。
『――遠心力っていうのは、簡単に言えば回転の力。』
さやの申した理により、我が牙は更に研ぎ澄まされ、極まりし鋭さとなった。
二度目の横薙ぎ。
見えたとて、止められるか。
「…それは、もう視た。」
な、跳び…
「……足を退けよ、罰当たりめ。」
回転の力によって増した速き刃。
それを、既に一度見た動きとして読んでか、真上に跳び、踏みつけて殺した…
今の跳びならば、そのままに躱しきることもできように、敢えて太刀の鎬を踏みつけるとは。
されど、素足という由、忘れてはおるまいな。
力尽くで楢断を手前に引き抜き、雷紋の者の足裏は裂かれた。
「これなるは、伏見の大神より賜りし神威。足蹴にしてよいものではない。」
「…そうか。
それは、悪いことをした。」
…御神を尊ぶ心得は持ちたるか。
あの雷紋は、信仰ゆえのものであろうか。されど、神罰は受けてもらおう。
楢断を納刀するように背に担ぎ、刀身を我が身体で遮るように隠す。
焦りで事を仕損じるわけにはいくまい。
蓋し…手はさほど多くはない。
さや…そなたなら、如何にする。
狙うは、再び右肩。
心の臓まで断ち、終わらせる。
左手指で楢断の峰を挟み、右手で振り抜く力を込める。
…これは、さやに授かりし技。
『でこぴん、っていうの。』
我が膂力を十全に用いた、奥義となるか。
楢断が悲鳴を上げる程に込めし力の均衡を破り、目で負えぬ初速の太刀が袈裟斬りに致す。
受けるは死、止めること能わず。
――こやつ、なにゆえ目を合わせて
「…くっ!」
なんと…これ程か、この男…!
敢えて懐に入り、敢えて刃の到達が速き鍔元を逸らし、半身で躱しおるとは…
更に、額に一撃、返されるとは…
額から滴る血により、右目が封じられる。
されど、これ程の利がある場面においても、攻め入ってはこない。
先程から、敢えて難儀なる業にて、我らの手を封じておる…
それが、この者による、心を折る戦か。
「つるさん、これ使って。」
いつの間にやら、傍に立っておったのか。
布を額に押し当て、再び視界を十全に得る。
さやは我が隣で小太刀を構え、いごん殿も私の前に立つ。
…ようやく、見つけ出したようですね。
「お待たせ、行くよ。」




