表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華
6/8

幕間 近衛騎兵 セラニール・ラ・ヴァリエール

それでは、どういったお話をしましょうか。

…え、私の身の上話ですか?

構いませんが、特に面白いことはないと思いますよ。


改めまして、私はセラニール・ラ・ヴァリエール。

故郷フランスで、代々軍人を輩出はいしゅつする家系に生まれ、幼い頃から剣術を学びました。

ええ、ご指摘の通り、女性の軍人というのは珍しかったですよ。

遠目に、一度だけ他の女性軍人を見たことがありましたが、その人は背が高くて、男装していました。

ちなみに、私のこの軍服は男性用ですが、別に男装していたわけではありません。

女性用の軍服というものが存在しなかっただけです。それくらい、珍しいものでした。


私は、人一倍努力をしました。女の身でありながら、男性を相手に剣戟けんげきを交わすのは容易ではありません。

…まあ、例外はいつの世にもあるということで。


幸運な事に、私は剣筋を目で追う能力に秀でていました。

二、三人が同時に打ち込んできても、私は剣を当てられたことは一度もなかったんですよ。

さっきは、情けないところを見せてしまいましたね。


眼がいいんだと、よく褒められました。

この眼のおかげで、防御術において私の右に出る者はいませんでした。

それでも才能にはおごらず、ひたむきに修行に明け暮れました。

生まれつき持っていた物で評価を下されるのは、なにか、悔しい気がして。


その能力を買われ、要人警護の任を帯びた近衛騎兵このえきへいとなれたのです。

ええ、乗馬というか、騎馬は得意ですよ。

私のように小柄だと、馬は走りやすいようで、ちゃんと言う事を聞いてくれました。

体格も含め、騎兵としての才能も、持ち合わせていたのでしょうね。


私の愛馬は、元々大げさな名前がついた軍馬で、私はその子にはあまりにもそぐわない名前だと思って、こっそり別の名前で呼んでいまし

た。

…ニコラと名付けた、変な声で鳴く黒鹿毛くろかげで、まつ毛がとっても長くて。

表情豊かで面白い子でした。

…とても、賢い子でした。


何人か、政府の高官や、軍の将校の護衛を務めました。

ああいった方々は、馬車などで移動しますが、さっきの私たちの陣形のように、その後方につくのが得意だったのです。

いえ、後方につくのは名誉なことですよ。

襲撃があれば最も混乱が起きやすく、冷静でいなければならない。

それに、護衛対象を逃がすために追っ手を足止めする、重要な立ち位置です。


そろそろ結婚を、というお話が出始めていた頃でした。

私たちの隊は、栄誉ある任に就くことが決まり、両親や兄弟たちは我が事のように、とても誇らしげに喜んでくれました。

サヤの時代に、名前が残っているかはわかりませんが、最後の仕事は、皇帝陛下の随行ずいこうだったのですよ。

聞いたこと、ありますか?

ナポレオン・ボナパルト皇帝陛下。

ふふ、そんなに有名なのですか?

よかった、サヤの時代でも皆、あの方を知っているのですね。

皇帝、ナポレオンを。


最後の仕事、ですね。

その日は、陛下が観劇かんげきへ向かわれるとのことで、ええ、「そんなこと」でも、護衛は必要なのが皇帝というお立場なのです。

私の騎兵隊は、陛下の乗った馬車の少し後方に位置し、随行していました。

今でも鮮明に思い出せます。

……火薬の臭いがしたのを。

私を含めた多くの兵はその違和感を抱く前に…


大きな音がして、強烈な熱と光が私の眼を焼きました。

なにも、みえなくなった。

私は気が付けば地面に伏していて、すぐそばに、ニコラの弱々しい息遣いを感じていました。

混乱と悲鳴と、怒号どごう

子供が母親を呼び、鳴き叫ぶ声…多くの市民も巻き込まれたはずです。

あれは、暗殺や襲撃ではなく……テロル、ですか…

サヤの時代ではそう呼ぶのですね。


かすかに視力が戻ったとき、遠くの方に陛下の馬車が見えた気がしました。

…そうですか、陛下はご病気で亡くなられたのですね。

なら私たちの犠牲は、無駄ではなかった。


すぐそばには、傷ついたニコラ。

首に木片が刺さり、もう、冷たくなっていました。

私は、気づかぬ内に致命傷を負っていたようで、何度も血を吐き、視界が真っ赤に染まっていったのを覚えています。

しかし、職業病とでもいうのか、剣を抜けるよう、身体だけは臨戦りんせん態勢をとっていました。

それでも、剣を抜くことはありませんでした。

その時は、訪れなかった。

私が生涯をかけて究めんとした剣は、最後の瞬間、全く、通じなかったのです。


そんな顔をしないでください。

もう、終わったことです。

あのあと陛下は無事だったと、はっきりわかった事ですし、私の心残りのひとつは解消されました。

それに………あなたを護ることで、私は間違いを取り戻せる気がするのです。

すみません、勝手なことを言いました。


後悔は、絶えません。

あの時、火薬の臭いがした瞬間に声を上げていれば。

道端の馬車から伸びる導火線を、その火花を、すぐさま危険だと判断できていれば、と。

…あなたが泣くことは、ありません。

所詮しょせんは、過去の出来事。歴史上の、些細ささいな出来事。

優しいですね、サヤは。



ああ、困りました…

涙を優しくぬぐうものなど、ここにはないというのに。


すっと、指で涙を掬おうとしたその時、サヤが、静かにもたれかかってきた。


サヤ?

眠ってしまいましたか…

疲れましたね、本当によく頑張りました。


「せら殿。」


ツル殿が静かに声をかけてくる。

サヤが眠ったのを察して、姿を見せたのだろう。

私が楽土へ来て、初めて会った女性。

暴の極みのような、抜き身の刃。

この人でも、こんな顔をすることがあるんだ…

なにか、慈しむような、触れれば傷付けてしまうことを恐れるような、少し、怯えた顔を。


無垢むくな、寝顔です。」


誰かに、聞かせるように言ったわけではないのだろう。

白い指でそっと、震えるようなぎこちなさで、涙をすくう。

そのまま静かに、涙の跡を残す幼い寝顔を、じっと見ていた。


だけど、私は――

壊されるのでは、ないかと。

この人がサヤに触れることが、たまらなく、恐ろしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ