幕間 近衛騎兵 セラニール・ラ・ヴァリエール
それでは、どういったお話をしましょうか。
…え、私の身の上話ですか?
構いませんが、特に面白いことはないと思いますよ。
改めまして、私はセラニール・ラ・ヴァリエール。
故郷フランスで、代々軍人を輩出する家系に生まれ、幼い頃から剣術を学びました。
ええ、ご指摘の通り、女性の軍人というのは珍しかったですよ。
遠目に、一度だけ他の女性軍人を見たことがありましたが、その人は背が高くて、男装していました。
ちなみに、私のこの軍服は男性用ですが、別に男装していたわけではありません。
女性用の軍服というものが存在しなかっただけです。それくらい、珍しいものでした。
私は、人一倍努力をしました。女の身でありながら、男性を相手に剣戟を交わすのは容易ではありません。
…まあ、例外はいつの世にもあるということで。
幸運な事に、私は剣筋を目で追う能力に秀でていました。
二、三人が同時に打ち込んできても、私は剣を当てられたことは一度もなかったんですよ。
さっきは、情けないところを見せてしまいましたね。
眼がいいんだと、よく褒められました。
この眼のおかげで、防御術において私の右に出る者はいませんでした。
それでも才能には驕らず、ひたむきに修行に明け暮れました。
生まれつき持っていた物で評価を下されるのは、なにか、悔しい気がして。
その能力を買われ、要人警護の任を帯びた近衛騎兵となれたのです。
ええ、乗馬というか、騎馬は得意ですよ。
私のように小柄だと、馬は走りやすいようで、ちゃんと言う事を聞いてくれました。
体格も含め、騎兵としての才能も、持ち合わせていたのでしょうね。
私の愛馬は、元々大げさな名前がついた軍馬で、私はその子にはあまりにもそぐわない名前だと思って、こっそり別の名前で呼んでいまし
た。
…ニコラと名付けた、変な声で鳴く黒鹿毛で、まつ毛がとっても長くて。
表情豊かで面白い子でした。
…とても、賢い子でした。
何人か、政府の高官や、軍の将校の護衛を務めました。
ああいった方々は、馬車などで移動しますが、さっきの私たちの陣形のように、その後方につくのが得意だったのです。
いえ、後方につくのは名誉なことですよ。
襲撃があれば最も混乱が起きやすく、冷静でいなければならない。
それに、護衛対象を逃がすために追っ手を足止めする、重要な立ち位置です。
そろそろ結婚を、というお話が出始めていた頃でした。
私たちの隊は、栄誉ある任に就くことが決まり、両親や兄弟たちは我が事のように、とても誇らしげに喜んでくれました。
サヤの時代に、名前が残っているかはわかりませんが、最後の仕事は、皇帝陛下の随行だったのですよ。
聞いたこと、ありますか?
ナポレオン・ボナパルト皇帝陛下。
ふふ、そんなに有名なのですか?
よかった、サヤの時代でも皆、あの方を知っているのですね。
皇帝、ナポレオンを。
最後の仕事、ですね。
その日は、陛下が観劇へ向かわれるとのことで、ええ、「そんなこと」でも、護衛は必要なのが皇帝というお立場なのです。
私の騎兵隊は、陛下の乗った馬車の少し後方に位置し、随行していました。
今でも鮮明に思い出せます。
……火薬の臭いがしたのを。
私を含めた多くの兵はその違和感を抱く前に…
大きな音がして、強烈な熱と光が私の眼を焼きました。
なにも、みえなくなった。
私は気が付けば地面に伏していて、すぐそばに、ニコラの弱々しい息遣いを感じていました。
混乱と悲鳴と、怒号。
子供が母親を呼び、鳴き叫ぶ声…多くの市民も巻き込まれたはずです。
あれは、暗殺や襲撃ではなく……テロル、ですか…
サヤの時代ではそう呼ぶのですね。
微かに視力が戻ったとき、遠くの方に陛下の馬車が見えた気がしました。
…そうですか、陛下はご病気で亡くなられたのですね。
なら私たちの犠牲は、無駄ではなかった。
すぐそばには、傷ついたニコラ。
首に木片が刺さり、もう、冷たくなっていました。
私は、気づかぬ内に致命傷を負っていたようで、何度も血を吐き、視界が真っ赤に染まっていったのを覚えています。
しかし、職業病とでもいうのか、剣を抜けるよう、身体だけは臨戦態勢をとっていました。
それでも、剣を抜くことはありませんでした。
その時は、訪れなかった。
私が生涯をかけて究めんとした剣は、最後の瞬間、全く、通じなかったのです。
そんな顔をしないでください。
もう、終わったことです。
あのあと陛下は無事だったと、はっきりわかった事ですし、私の心残りのひとつは解消されました。
それに………あなたを護ることで、私は間違いを取り戻せる気がするのです。
すみません、勝手なことを言いました。
後悔は、絶えません。
あの時、火薬の臭いがした瞬間に声を上げていれば。
道端の馬車から伸びる導火線を、その火花を、すぐさま危険だと判断できていれば、と。
…あなたが泣くことは、ありません。
所詮は、過去の出来事。歴史上の、些細な出来事。
優しいですね、サヤは。
ああ、困りました…
涙を優しく拭うものなど、ここにはないというのに。
すっと、指で涙を掬おうとしたその時、サヤが、静かにもたれかかってきた。
サヤ?
眠ってしまいましたか…
疲れましたね、本当によく頑張りました。
「せら殿。」
ツル殿が静かに声をかけてくる。
サヤが眠ったのを察して、姿を見せたのだろう。
私が楽土へ来て、初めて会った女性。
暴の極みのような、抜き身の刃。
この人でも、こんな顔をすることがあるんだ…
なにか、慈しむような、触れれば傷付けてしまうことを恐れるような、少し、怯えた顔を。
「無垢な、寝顔です。」
誰かに、聞かせるように言ったわけではないのだろう。
白い指でそっと、震えるようなぎこちなさで、涙を掬う。
そのまま静かに、涙の跡を残す幼い寝顔を、じっと見ていた。
だけど、私は――
壊されるのでは、ないかと。
この人がサヤに触れることが、たまらなく、恐ろしかった。




