第50話
何度も何度も、稲妻が上空で光り輝く。
音は無い。誰も、言葉を発しない。
ゆっくりとつるさんが楢断を降ろし、刀身を解き放つ。
イーゴンさんが、盾を背から左手に移動させ、剣を抜いて構える。
静かな金属音だけが空間に微かに響き、緊張感に息を呑む。
未だに背を向けたままの男は、微動だにしない。
…気がついて、いないはずはない。
私も小太刀に手を添える。
抜こうとした、その時――
目の前に、直視できない程の光が、押し寄せた。
「あっ…!」
目を、開けていられない。
小太刀の柄から手を離し、慌てて顔を覆う。
手も瞼も、お構いなしに貫通する強烈な光が、顔のすぐ前にある感覚。
音も、熱もない、雷光。
必死に顔を歪め、どうにか光を遮断しようともがいていると、不思議と明るさが落ち着いて、恐る恐る顔を上げる。
そこには、つるさんが、光を遮るように立ってくれていた。
「…いかづちよ、赦し給え。」
すぐ隣には、イーゴンさんが盾を構えて、守ってくれていた。
でも、あれに触れれば、いくら二人でもただでは済まない。
そんな直感が、確かに脳裏をよぎった。
周囲を見ると、私を睨みつけるように稲妻が走っている。
八つの光線は暴れ、のたうち、表情を変えていく。それでも、危害は加えて来ない。
観察されていると、そう思った。
今は、まだ…
触れれば、命はない。
一瞬後には、もう焼け死んでいるかもしれない。
私は、この防ぎようのない現象に、立ち尽くしてしまうのみだった。
折れ曲がり、空間を駆けずり回る光は時折、私に近づき、値踏みをするかのように点滅する。
――まるで、怒っているみたいだ。
これが、試しなのだろうか。
少なくともこの雷光には、意思がある。
そんな気がした。
楽土の神さま…
まだ、出るつもりはありません。
やらなきゃいけないことが残っているから。
だから、試しは後にしてもらえないでしょうか。
…戦いが終わるまでは、待って頂けませんか。
――その瞬間、急速に光は離れていき、辺りは暗闇に包まれた。
ほっとしたのも束の間、緊張を解いている場合ではないことを思い出す。
まだ、目に強烈な光の残像が刻まれる中、彼を見た。
…もう、こちらを向いている。
日に焼けた肌と、耳の上で揃えられた短めの黒髪。
右肩には、青黒い渦巻き模様の入れ墨があり、そこから雷の模様が、胸まで刻み込まれている。
左肩から、赤い火傷の跡が、流れていくように腕と胸まで走っている。
あれは…雷に打たれた傷跡だ。
虚ろな表情で、しかし確実にこちらを認識している様子の男。
前のめりの姿勢は、今にも走り出しそうな体勢に思えるけれど、なにかぐったりと脱力しているような印象がある。
そして、とても古い時代の直剣。
青銅器であろうそれは、刀身から柄まで、繋ぎ目が無いように見える。
私の前に、二人がいつも通りに立っている。
小太刀に手をかければ、また雷が襲ってくるかもしれない…
そう思うと、恐怖を感じずにはいられない。
けれど、それでも…私も、戦う。
ゆっくりと、これまで数え切れないくらい繰り返して来た動作。
鞘を水平に起こし、小太刀を抜いた。
「……生者よ。
我が武に応えよ。」
小太刀を構えたところで、彼が声を発した。
それと同時に、雷光が再び瞬いて、周囲を照らす。
暗い瞳が私を見抜いて、私もそれに答える。
「あなたは…何者なんですか。」
「無意味な問いだ。山を越えたくば、戦え。」
山…?
いや、それはいい。
あの木簡は、彼の物ではないかもしれない。
けれど、名乗るつもりのない男を、こう呼ぶことにした。
”歳黒”と。
ゆっくりと、歳黒は姿勢を”歪めて”いく。
青銅剣を構えているが、その佇まいは、これまでに見たどんな剣士とも似通っていないものだ。
異様な前傾姿勢で、その刃は地面に触れてしまいそうな程に下げられている。
「奥白石つる、相手仕らん。」
「サー・イーゴン・アシュクーム。」
戦の匂いに応じる二人に、私も続く。
「真白さや。お相手仕る。」
「…よい。それが楽土の習い。」




