第48話
泣いてる場合じゃないって、頭ではわかってる。
でも、ぐっと堪えても、涙が滲んでくる。
悔しさで歯を食いしばって、涙を無理矢理押し留める。
あの時、もっと素早く反応していれば――
「…つるさん、考えがあるの。
信じて、任せて欲しい。」
つるさんに担がれて、ベルクから少し距離を取った。
大剣を振り回す彼を相手取り、イーゴンさんが単騎で凌いでいる。
加勢してあげないと、これ以上は危険だ。
つるさんは、黙って降ろしてくれた。
「如何に。」
「その時になれば、わかる。」
松吉くんが見つけてくれた弱点。
私は、黙ってつるさんの腰の短刀を見た。
これなら、大丈夫なはずだ。
今、私の考えを話したら、つるさんは絶対に許さない。
終わったら、いくらでも怒られる覚悟はある。
ベルクを”倒す”には、これしかない。
「そなた、まさか…」
「つるさん、後で話そ。」
小太刀の鞘を帯から外し、できる限り身軽にする。
どれだけ軽く、速く走れるか。
死ぬつもりはない。
信じてるよ、つるさん。
ベルクの背後に回り込むように距離を詰め、その膝裏を狙う。
低く構え、小太刀とひとつになる。
小太刀を、走らせる。
心配しないで、イーゴンさん。
きっと、上手くいく。
膝裏に一撃、撫でるような甘い太刀筋。これでいい。
次だ、何度でも仕掛ける。
二撃目、斬ってすぐ離れる。どんどん息が荒くなる。
三撃目、足がもつれかける。苛ついてきている、ベルクは。
一瞬、つるさんと目が合った。
信じて、待ってくれている。
そろそろ、本命だ。
四撃目、膝の側面を叩くように斬り、そして、転んだ。
「やばっ…!」
「っサヤ嬢!」
大丈夫、わざとだから。
指を二本立てて、イーゴンさんに見せる。
”安心して”。そういう意味だって、知ってるよね。
信じて。
転んだ私が上げた声で、ベルクに位置がばれた。
足元が見えづらいはず。
傷ひとつ与えてはいないけれど、鬱陶しく駆け回る私を、無視はしない。
音を頼りに、きっとやってくる。
ほら来た。
――踏み付け。
倒れながら、転がって躱す。
すぐ横に、重たい鉄の足が落ちて来る。
「あっ!」
次、こっちだよ。
私、ここにいるよ。
もう一度、踏み付けが来る。
でも、もうその足が私を襲うことはない。
見せすぎたね、ベルク。
太腿が地面と水平になるほど、上がり切ったベルクの右足。
その逆、地に根付いた軸足を――
その踵を、後ろから殴りつけるように、楢断のフルスイングが振り抜かれた。
「ぐおっ!?」
その場から飛び退き、あとは成り行きを見届けるだけだ。
山のように不動だったベルクは、バランスを完全に失い、倒れていく。
ゆっくりと、後ろ向きに。
もう戻せない角度まで、傾いた大きな身体。
大岩を揺るがす震動と岩が砕ける音がして、重い鎧が背中から地に伏した。
遅れて、悲鳴を上げる板金。
もう、立ち上がれない。
すかさず、イーゴンさんがベルクの首元を、足で踏み付けて”固定”する。
そして、流れるように、つるさんが短刀を抜いて詰める。
ベルクの兜、その目元のスリットへと、突き降ろした。
切っ先が、沈み込むように、消えていった。
「はあ…はあっ…くふう…」
暴れまわる心臓が落ち着く間もなく、一瞬で勝負はついた。
滝のような汗をかいて、浅い呼吸を繰り返す。
身体が熱い、けれど、それでちょうどいいかもしれない。
…このあと、一気に寒くなるって、知ってるから。
息を荒くしたつるさんが短刀を引き抜き、俯き加減でゆっくりと立ち上がる。
イーゴンさんも足をどけ、首だけを私の方へ向けた。
「さや!そなた、なにを考えておるか!!」
「サヤ嬢!あなたは自分がなにをしたか…!」
…まあ、覚悟は、してたけど。
「お手柔らかに…お願いします…」
つるさんは、激怒している…
けれど、その周囲にあるのは、炎ではなく寒気のするような空気だった。
氷のように冷めた真顔のイーゴンさん…
腕を組んで沈黙を守っているが、こちらも充分に怖い。
「…ごめん、なさい。」
「…はあ。
私からの咎めは、せら殿の分も含めたものと思いなさい。」
「言っておきますが、セラ殿が怒れば、こんなものではありませんよ。」
「はい…
ごめんなさい…」
気持ちが落ち込んでいく…
けれど、叱られたからだけでは、ない。
二人は…どう、なったんだろう。
「そなたがなにを思案しているか、よくわかります。
されど、この楽土では――
剣によらぬ死はあり得ません。」
「で、でも…」
「――それに、この下は海です。
あの二人ならば、沈みゆくこともなかろう。」
「……金属鎧を着込んでいるならともかく、トウゴウ殿とショウキチは布の服のみ。
確かに海に落ちても、問題はないかと。」
大岩の下が、海?
あの、私が目覚めた浜辺、という意味なのだろうか。
でも、どうしてそんなことが…
「あの光は、海から空へと昇るものでしょう。」
つるさんの神話的知識によると、海から昇る光は説明できるものなのだろうか。
彼女の言う通りなら、二人が地面に激突して、想像を絶する痛みに襲われることは、回避できるのかもしれない。
「…わかった。信じる。」
「では、進みます。
後戻りなど、考えてはおりませんね。」
わかってる。
戻れば、全て無かったことになる。
それだけは、嫌だ。




