第47話
気が付けば、吊り橋のすぐ傍に私は立っていた。
ベルクの攻略法を見つけられないと、諦めかけて…
考えることをやめてはいけないのに。
崩せない…
「真白殿、あの槍使いのように、地に伏せてしまえば…」
「でも、その方法が…ううん、ごめん。
諦めずに、見続けないと。」
「真白さん、なるべくあれと距離を保って下さい。
松吉、ここは頼む。」
そう言って、東郷さんは静かに前に出る。
…そうか、彼の木刀なら。
もしかしたら、有効なのかもしれない。
前線に出た東郷さんに、いち早くつるさんが気づく。
ほんの少し、一瞬だけ私の目を見た。
そして、すぐに逸らした。
…見てるから。
絶対、弱点を見つけるからね、つるさん。
間合いを詰めていく東郷さんに、ベルクも気がついたようだ。
その手に持つ木刀の異様さに、反応を示している。
もし、打撃が鎧の内部に通るなら、手傷は与えられなくても、痛みで怯ませることはできるかもしれない。
イーゴンさんは、素早く東郷さんの対角線上に位置取り、彼の打撃をサポートする構えだ。
ベルクは、東郷さんを真っ向から迎撃する構えで、つるさんとイーゴンさんの相手をしないつもりだろうか。
けれど、それでも彼にとっては痛手にはならない。
ベルクの大振りな大剣が、東郷さんの首を狙って横薙ぎに放たれる。
それに東郷さんは、前のめりに倒れそうな程に低く前進し、容易く懐に入ってしまった。
「ふうん!!」
叫声が発せられ、ベルクの胴に木刀が打ち込まれた。
硬い音が大きく響き、そして――
「ひる、んだ…」
ベルクが、あの不動の山のようだった彼が…
――後退した。
僅かに、光明が見えた。けれど、まだ足りない。
あとひとつでいい、なにか決定的な弱点を見つけないと。
そのためには――
「松吉くん。
ベルクの足元を狙って、撹乱してほしい。」
松吉くんの目を見て、指示を出した。
あの視界の狭さなら、足元を走り回る、身体の小さい松吉くんを捉えるのは難しいだろう。
松吉くんは、私の狙いに気付いたのか、納得した表情で頷いた。
「心得ました。
真白殿、離れていて下され。」
松吉くんは剣を抜き、走り去っていく。
私も小太刀を抜き、より鋭く、深く考えを巡らせる。
小太刀を手にして、さらに神経が研ぎ澄まされる感覚に包まれていく。
イーゴンさんが、自分に注意を向けさせるように、ベルクに仕掛けていく。
つるさんは、イーゴンさんと挟むように位置取り、首の鎖帷子を狙って一撃当てている。
東郷さんは僅かに距離を取り、回避に専念していた。
ベルクは乱雑に大剣を振り回し、誰も間合いに入れないつもりだ。
松吉くんが低い構えで走り寄り、ベルクの膝裏を斬り付けた。
ベルクは、明らかに反応が遅れていた。やっぱり、足元が見えていない。
そして、見えない松吉くんに対処するように、周囲を雑に踏み付けている。
苛立っているのが、はっきりとわかる。
なにか…なにかを掴めそうだ。
東郷さんを除く三人はそれぞれ、呼吸を合わせてベルクを妨害し、本命の東郷さんの攻撃を通すサポートに徹している。
「でいや!!」
木刀が、ベルクの腰に直撃し、足元がふらついた。
そこへ松吉くんが追撃し、ベルクの体勢が不安定になっていく。
…これを続ければ、いずれ倒れる、はず。
ベルクの技量は低くない、と思う。
四人の猛攻に対処するのは、どんな達人でも限界があるだろう。
いける…
このまま揺さぶり続ければ、いつかは倒れるかもしれない。
重装歩兵が倒れてしまえば、もう立ち上がれない。
あのデモストラトスも、起き上がることなく終わった。
「あっ!」
走り回る松吉くんの襟を、ベルクの手が掴んだ。
まずい、助けないと。
そう、身体を強張らせた瞬間――
松吉くんの小さな身体が、私の方へ放り投げられた。
松吉くんが捕らえられた一瞬、三人の攻撃の手がぴたりと止まり、その挙動を咎めることはなかった。
軽く放り投げるような腕の動きで、私の数歩先まで投げ飛ばされ、転がる松吉くん。
「松吉くん!」
咄嗟に、無事を確かめるように駆け寄ると、彼は無傷だった。
ほっと胸をなでおろしたその時――
「さや!前を!」
震動が、来る。
屈みこんで、落としていた視線が前を向く。
来ている、もうそこまで。
起き上がろうとする松吉くんの動きと、私の首が持ち上がるのは、ほぼ同時だった。
重圧が、その巨体と共に迫っていた。
もう、数秒で、来る。
立ち上がり、小太刀を構える。
たった一度でいい。ただ一撃でも流せれば、きっと間に合ってくれる。
妙にゆっくりと、振り上げられる大剣。
袈裟斬り、左から。
見える、けど、間に合うか。
逸らせるか、やるしか――
「えっ」
押されて、尻もちをついた。
まず、死――
松吉くんが、私を押して…大剣を、受けた。
そのまま、小さな身体は、ぐるっと回転する大剣に押されていく。
宙に浮き、吹き飛ばされた。
大岩の、外まで――
「え、ま…」
「っ、サヤ嬢、立って!
くっ、ツル殿!」
目で追った松吉くんの顔は見えないまま。
静かに、落ちて行った。
「あ、あああ!」
「さや!」
つるさんに担がれて、その場を離れて…
ああ、あの時と、同じ…
助けないと、今度は絶対。
私が、あんなことしろって頼んだから…
「――真白さん、申し訳ない。」
不意に、冷静な声が耳に届いた。
東郷さんが、こちらを見てそう言った。
「私は、行ってやらねば。」
それだけ。それだけだった。
東郷さんの、別れの挨拶は。
薄く笑って、東郷さんは、松吉くんを追って飛び降りた。
大岩の外。
奈落の底へ。




