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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第46話

重騎士の周囲から、何か圧のような物を感じる。

身体が大きいだけではない、本能的に、この相手は危険だと、致命的だと、脳が叫んでいるような気がした。


相手は、こちらに気づいてはいるだろう。

しかし、ただゆっくりと歩を進め、悠長に思えるペースで、吊り橋を降りてきていた。

あれが敵でも、そうでなくても、待っているだけのつもりはない。

敵なら、どう攻略するか。

あの重い鎧の弱点はどこで、決定打を与える方法はどういうもので、誰も死なずに進むにはどう戦えばいいのか。

考えろ。考えて、実行しないと。


私たちの立つ大岩に、重い足音と共に震動が伝わる。

まるで、大岩全体が揺れ動いたかのような重圧。細かな砂利があちこちで跳ねて、騒がしい。

息が、なぜか荒くなる。


ああいう鎧の相手は、関節部分など、構造的にどうしても脆《もろ》くなる部分を突くのが有効であると、以前イーゴンさんが言っていた。

けれど、弱点であるはずの首元は、鎖が編まれた物で覆われている。

鎖帷子《くさりかたびら》、というものだろうか…

関節部分には、どこにも明確な隙がない。


どうやって、ダメージを与えれば…

頭はフルフェイスの兜で守られ、視線を通すための切れ込みからは、どのような表情をしているのか見ることはできない。

狙うなら、あのスリット部分なのか…


「…貴様ら、楽土を出られると、思うか。」


低く、籠《こも》った声で、男は尋《たず》ねてきた。

…ここまで登って来たのなら、頂上から現世に帰れるという噂を、知っていたということだろう。

――なにか、違和感がある…


「あなたは、頂上まで辿り着いた、と?」


イーゴンさんが、なるべく刺激しないような雰囲気で問い返す。

引き返して来たというのなら、この先の頂上を、見ている可能性は高いだろう。


「…いいや、あの場所には、行けん。

貴様らも、無駄足だった…ようだな。」


鎧の男は、大剣を降ろした。

そのまま、再び歩を進める。

近づく度に、震動が大きくなっていく。

…今の会話のどこに、戦闘を始めるきっかけがあったのだろう。

でも、やるしかない。


――見つけた、違和感の正体。

…やっぱり、この人は手負いだ。


「あなた、誰にやられたの?」


やけに緩慢《かんまん》な動きで剣を抜く動作、息が切れたようなぶつ切りの言葉。

少し歪んだ鎧の部品と、荒い呼吸。

それに、なにかを…諦めたような態度。

この先にいる何者か…

楽土の、最後の門番とでもいうのか、そんな相手と戦い、敗北した。

そうとしか、思えなかった。


「娘、問答は結構。」


男が放つ殺気が、私の全身を硬直させる。

周囲の薄暗い風景が、より一層寒気を感じさせ、身震いした。

つるさんが一歩前に出て、私を庇《かば》うように視線を切る。

楢断《ならだち》を降ろし、鞘から抜き放ち、低く構えていく。

イーゴンさんも、盾と剣を構え、その隣に並ぶ。


「奥白石つる。相手、仕らん。」


「サー・イーゴン・アシュクーム。

通して頂く。」


名乗りを上げた前列の二人に続き、


「東郷恒一と言う。一手、ご指南願う。」


「松屋の松吉と申す。拙者にも、手ほどき賜りたく。」


「…真白、さや。お相手仕る。」


鎧の男は、うんざりしたような深い溜め息を、わざとらしく吐いた。

まるでこの因習を、名乗りを上げる慣例そのものを…

…いや、剣の楽土に、飽き飽きしてしまったような。


「…ベルク、と呼ばれていた。」


合図は無かった。

けれど、呼吸が合ったように、つるさんとイーゴンさんが駆け出した。

ベルクの大剣のリーチは確かに長い、しかし、つるさんの楢断には及ばない。

つるさんが正面から一方的に仕掛け、イーゴンさんは回り込んで、側面から懐に入り込むつもりだろう。


つるさんが大きく身を翻《ひるがえ》し、遠心力を働かせ、ベルクの右肩に狙いをつけた一撃を叩き込む。

金属が擦れ合う嫌な音が鳴り、顔をしかめてしまう。

けれど、楢断は弾かれ、ダメージはほとんど与えられていないようだ。

鎧の肩の部分が、少し歪んだ程度…

乾いた音だけが、空間に響く。

…今の一撃、ベルクは防ごうともしなかった。

あの、つるさんの攻撃を、だ。

通らないと、わかっていたかのように。


イーゴンさんは、側面から背面に回り込み、突くべき弱点を探しているようだ。

ここからでは、ベルクの背面側がどうなっているか、私には見えない。


「私、あの人の弱点を調べる。

鎧の背面がどうなっているか、見ないといけない。」


「では、離れないで下さい。

松吉、気を抜くな。」


「は。真白殿は拙者がお守り致す。」


私たち三人は大きく移動して、ベルクの後ろ側に回り込む。

…見えてきた、けど、これは。

どこだ、弱点は。

腋《わき》のところ、そして膝《ひざ》の裏も、鎖帷子で塞がれている。

板金で覆われていないとはいえ、刃は通らない。

やっぱり、目元のスリットしか弱点はない、のかな…

けれど、どう見ても数センチ程度しかない隙間を狙えるような繊細な剣の使い手は、私たちの中にはいない。

セラのレイピアなら……

いいや、それは考えても仕方ないことだ。


ベルクが大剣を振り上げ、鬱陶《うっとう》しそうに迎撃する。

あんな物が直撃すれば、終わりだ。

イーゴンさんは盾で受けることも、流すこともせず、回避に徹している。

早く、早く見つけないと。

今度はつるさんが、背面を突ける位置となった。

もし、楢断を、つるさんのフルパワーで振り切れば、膝の裏部分に決定打を与えられるだろうか。

試して…もし、通らなかったら、つるさんは大きな隙を晒してしまう。

これも、だめだ…


ベルクの振り下ろしが地面に激突し、足場の大岩が大きく揺れる。

砂煙が舞い、冷や汗をかいた。

時間はかけられない、いくらあの二人でも、あれを避け続けるのには限界があるだろう。

今度は横薙ぎに大剣が振り回され、背後を取っていたつるさんの方まで、大きく回転した刃が迫る。

つるさんは、楢断の腹で受け止め、一瞬だけ、ベルクの動きが止まった。

イーゴンさん…!


ベルクの開いた左腋を、背後からイーゴンさんの剣が突く。

突進し、速度と体重を乗せた、決定的な一撃…

それが、突き刺さった。

そのはずだった。


しかし、イーゴンさんの動きは、ぴたりと止まっていた。


鎖帷子を突破できず、さらには、イーゴンさんの渾身《こんしん》の突きを受けても、ベルクは微動だにせず、そこに立っていた。

私たちの中で一番体格のいい彼の突進を、何事もないかのように受け止めたベルクの体幹は、どうすれば崩せるのか。

どこを探しても、見つからない。

斬撃は通じず、体勢を崩すことも難しい。

もう、あれには…ベルクに弱点は、ない…

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