第44話
「あの光は、さや、恐らく最後にそなたを試すものとなるでしょう。」
「試す…って?」
浮島と八つの光の柱。
あれを見たつるさんには、心当たりがあるようだった。
「サヤ嬢が生者であることと関係が?」
「然り。
あれがさやを通すならば、現世に帰還できよう。」
「楽土が死者を逃さないための安全装置、のようなものでしょうか。」
「…奥白石殿は、なにゆえ楽土に通じておられるのですか?」
これまで、つるさんの神話的知識には、本当に何度助けられたかわからない。
それが、彼女の生前のお仕事に関わる知識なのは、以前なんとなく教わった。
黄泉戸喫、滝壺で唱えていた祝詞、穢れ、それにあの光の柱。
やっぱり、神職と兼業でのお仕事だったのかな。
「生前、我が相手は、肉身を持つ者ばかりではありませんでした。
神代に因む学と、神職に因む祓いの心得。
それらを知らねば、私は役を果たせぬ身でありました。」
「怨霊の類とも、戦っていたのですか…」
東郷さんの言葉で、つるさんの話が飲み込めた。
肉体を持たない霊的な妖怪や、怪異を相手に戦うには、神話の知識や、お祓いの言葉が必要になるんだ。
京都の人々のために、懸命に戦ったつるさんの技術と知識が、今の私を支えてくれている。
この人には、頭が上がらないな…
「じゃあ、楢断は、そういう相手と戦うための剣ってことなの?」
常人には振るうことが出来ない、全長二メートルの大太刀。
とても…大きな相手を斬るために、つるさんにしか扱えない楢断は必要だったんだ。
「然り。
…この楢断は、鬼や魔、怨霊の類を相手取る折、真なる輝きを発するのです。」
「やっぱり、そうなんだ…。
つるさん専用の、怪物退治の刀、なんだね。」
「さぞ名のある刀工による逸品なのでしょうね。
真なる輝き、というのは?」
東郷さんは、興味津々といった雰囲気だ。
楢断を鍛えた刀鍛冶の人は、どういう人なのか教わった覚えはないけれど、聞いてもわかるかどうか…
「私の刀の多くは、三条吉則殿という名工の作でした。
……怪異を相手にした折、我が念に応じて、青き浄化の炎を纏い、魔を焼き祓う刃となります。」
な、なにそれ。
かっこよすぎる……
「三条というと…
なるほどこれは、やはりとてつもない刀ですね。」
三条さんという刀鍛冶さんについて、東郷さんは思い当たる節があるようだ。
有名な人なのだろうか、帰ったら調べてみよう。
……もうすぐ、帰れる、か。
寝転びながら首だけを動かして、あの光を見た。
いつの間にか、身体の末端部分は動かせるようになっている。
私は、身体に力が戻りつつあるのを感じていた。
つるさんの知識の由来を知ったところで、あの光の柱の話に戻る。
「あれが私の考えの通りのものならば、穢れを持ったままの生者が、楽土の外に漏れ出る事を、赦さぬでしょう。」
「楽土の外に、穢れを持ち出さないためのもの…ってこと?」
「…嘗て一度のみ、生きたままに黄泉の国を逃れた者がおります。
その者を、いかづちが追い立てた、と伝えられています。」
楽土と黄泉の国、それは多分、重なり合う場所なのかもしれない。
私の前に、ここを出た人物…。
穢れを持ったままに出ようとしたその生者を、あの光が攻撃した、ということなのか。
なら…
「私の…身体に穢れがなければ、通してもらえるのかな。」
「さや、これは解き明かせぬものです。
それに…敢えて断じますが、あれからそなたを守るすべを、我らは持ち得ません。」
あの光、雷が襲ってくるなら、止める方法はない。
もし、通してもらえないなら、このまま……
いや、だめだ。
セラがしてくれたこと、絶対に無駄にはしない。
東郷さんが、低く静かに唸るのが聞こえる。
…これは、私にとって最も難しい問題だ。
進めば、現世はもうすぐだろう。
けれど、私が雷に打たれるか、今の時点ではわからない。
身体の穢れは水で清められた。しかし、心は多分汚染されている。
あの光が、特定の条件に引っかかる人のみに反応する、センサーのような物を持っているとして、条件がわからないのならば、進むのは危険だろう。
もっとも、その条件を調べることなんて、どうやってもできない…
一発勝負になる。
「真白さん…あの場所に行けば、無事でいられる保証はない。
それでも、行かれるのですね。」
「行くしか、ないと思ってます。
…私をここまで連れて来てくれた皆の想いを、無駄にはしたくないんです。」
「…そうですか。
松吉。私は最後まで、真白さんたちについて行こうと思うが、お前はどうする。」
「拙者は、初めからそのつもりでござった。」
東郷さんは、静かに笑った。
この二人の協力が、頼もしく、嬉しい。
でも、東郷さんは多分、誰よりも松吉くんに傷ついて欲しくないと、そう思っているはずだ。
私が彼に抱く些細な違和感は、きっとそういうことだろう。
「ありがとうございます。
もう少しだけ、ご協力お願いします!」
自分で言って、やっぱり引っかかる。
――ああ、だめだな…
ここを離れたくないなんて、考えている自分もいる。
皆と、お別れは、したくない。
帰らなくちゃいけないのに…
「真白さん、意識を失う前に立ち合っていた時の動きは、見事でした。」
「え、そ、そうですか?」
突然お褒めの言葉をもらい、沈んだ考えが打ち消された。
それは、中東系の曲剣使いとの戦いのことだろう。
二撃流しただけの、特別な立ち合いではなかったような…
「あの剣士は、かなりの手練れでしたよ。
それを、文句なしの動きで流していた。
真白さんはもはや、容易に崩せる相手ではありません。」
「拙者も同じ考えにござる。
真白殿は、あの槍使いとの戦いにおいても、いごん殿と遜色なき働きでありました。」
「そこまで、かなあ…」
あの戦いは、最善を尽くしたつもりではある。
脳がフル回転していたようで、一から十まで鮮明に覚えている。
でも皆で力を合わせたからこその結果だし、私だけ褒められるというのも…
「これは推測ですが、極限状態が続いた結果でしょう。
真白さんの動きは、経験日数に対して異様です。」
「確かに、理屈はわかりませんが、サヤ嬢の成長には、目を見張るものがあります。」
常に死の危険と隣り合わせだった私が、その状況を乗り切るために、異様なスピードで学習した…
そう、東郷さんは言いたいようだった。
こういうことは、実際にある事例なのだろうか。
「命の危険があった瞬間の記憶が脳に定着しやすい、というのはあり得そうな話です。
それを、楽土に流れ着いてからずっと、真白さんが感じていたとすれば…」
「なるほど…
なんだか、漫画みたいな話に思えるな…」
そう呟くと、東郷さんは吹き出してしまった。
何か変なことを言ってしまったかと、呆けた顔を晒してしまう。
「死後の世界で唯一の生者。
これの方が、よほど漫画的ですよ。」




