↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/135

第43話

なにか、静かに音がしている。

水の匂いが、鼻をつく。

身体が揺れて、妙に心地いい。


「―――」


誰だろう、話しているのは。

私は、何をしていたのだったか。

耳の奥で、何かが流れるような感触があった。

少しだけ寒気がして、身震いする。

寒いというより、冷た――


「……あれ?」


「さや!

そなた…ああ、よかった…」


つるさんは、私の頬《ほお》に手を添え、顔を覗き込むように近づけた。

薄暗い中でも、つるさんの沈痛な表情はよく見えた。

また私が心配をかけたのだと、すぐに理解した。


「どう、なったんだっけ…」


「見てはならぬものを、見てしまったのです。

それが、そなたの心に傷を与えたのやも。」


…穢《けが》れ。

あの闇がまた、私の身体に触れたのか。

それで、あの時のように気絶してしまったんだ。


「いいえ。

あれが生じるより前に、我らはあの場を破り、町の外まで逃れたのです。」


「そっか…

ごめんね、また、私が…」


「謝らねばならぬのは私の方です。

そなたを…再び穢れに触れさせるところでした。

私の、浅はかなる仕業により、そなたを危うい目に…」


冷たい感触が、私の身体の上を滑るように行き交う。

つるさんが、水で濡らした布で、身体を拭いてくれていた。


「みんな…無事、なの?」


「ええ。

大事ありません。

されどそなたは、倒れた折に、額《ひたい》を切っています。」


「そっか、それなら、いいや…。」


身体に力が入らないまま、口だけを動かして答える。

そして、急激な眠気に襲われた。


「ごめ…動け、ないかも…」


「謝るのは、もうやめるがよい。

お眠りなさい。」


「じゃ、つるさんも、謝るの、なしね。」


つるさんが微笑むのを見て、意識が落ちていく。

でも、ぎこちない笑い方に見えた。



……なんだか、懐かしいような感触だ。

この体勢、この手触り、この揺れ。

ああ、イーゴンさんの背に、また…


「…おはよ、イーゴンさん。」


「っ!ええ、おはようございます、サヤ嬢。」


「真白殿!お目覚めで…」


「気分はどうですかな?」


「ははは。心配しすぎ…」


ついさっき、つるさんといた場所からはもう離れているようだ。

周りの風景は薄暗くてよくわからないけれど、これは多分穢れの影響ではない。

水で清めてくれたからか、あの時の感覚とは、確実に違うというのはわかる。


「あれから…どうなったの?」


「都市を抜けた先で水場を見つけたのです。

そこであなたを清め、出発したところです。」


イーゴンさんは簡潔に言うけれど、私が意識を失っていたせいで、都市からの脱出は容易ではなかったはずだ。

私を背負えば、頭数は二人分減ってしまうし、速度も大きく低下してしまう。

…大変、だっただろう。


「…サヤ嬢、なにを言いたいかはわかります。

しかし、それは無用というものですよ。」


「…もう。ありがとね、皆。」


私が生者であると、東郷さんと松吉くんに説明した時、黄泉戸喫《よもつへぐい》や穢れの話は付け足さずにいた。

難しい話だし、必ず共有する程でもないことだと、省いて考えたのだ。

けれど、こうして迷惑をかけてしまうとわかっていたら、先に事情を話しておくべきだった。

改めて、私から皆に話をしないと。


ふと、前を歩く東郷さんを見ると、少しぎこちなく歩いている。

怪我をしたのか、疲労が溜まっているのか…

それは心配だけれど、それだけじゃなくて、

足取りが、いつもより僅かに重い。

それだけのことなのに、妙に気になった。


声を出すことは出来るけれど、身体に力が入らないのは変わらなかった。

意識を失ったあの時、私は多分、あの闇の水を直視したわけではないはずだ。

水に死体が浸かり、穢れが広がるのには少しだけ時間がかかる…

これは、初めてそれを目撃したプララヤとの戦闘後の事を考えると、間違いではないと思う。

穢れを見たわけでも、触れたわけでもないのに、私の身体はこんなに弱っている。

一度あれに触れてしまったせいで、なにかの呪いというか、黄泉の国のルールに、強く縛られてしまったのかもしれない。


…水に死体が触れた瞬間に、生者のみを蝕む、圧のような物が発生したのか。

つるさんは、何か思い当たることはないだろうか。


「…都市の外までは、追って来てないんだね。」


「そのようです。

数人仕留め、強行突破したこともあり、無謀と判断した可能性はあります。」


「さや、具合は如何に?

どこかで休みましょう。」


前を歩いていたつるさんが、少し下がって声をかけてくれた。

周囲は、皆の表情がよく見えない程の闇だ。

声の反響から察するに、洞窟かトンネルの中にでもいるのだろうか。

砂利と靴底が擦れあう音が途切れ、薄暗い景色が開けていく。


「なに…あれ。」


「なんという、神秘か…」


「……”何”であるかは、存じているつもりです。

されど、仔細《しさい》明らかには、できぬものです。」


「稲光…のように見え申す…」


「…てっぺんが、近いのかもしれませんね。」


宙に浮かぶ大地が、遠く道の先に佇んでいる。

広大な浮島の周りを暗い靄《もや》が包んで、細かい地形まではよく見えない。

けれど、靄を貫くような光の柱が、その周辺だけを照らしていた。

折れ曲がり、波うち、それでも真っ直ぐ空に突き刺さる、八つの光。


私は、旅の終わりの時が近づいていることを、静かに悟った。



浮島を臨《のぞ》む、平坦な広場で休憩となった。

丸めた布を枕のようにして、イーゴンさんが私を寝かせてくれた。

まだ、身体に力は入らないけれど、指先くらいは動かせるようになってきている。

眠気はないし、稽古もできない。

やることといえば、考えることくらいしかない。


…あの光の柱からは、穢れに似た圧のような物を感じた。

あそこに近づけば、きっと私の身体か心に影響を及ぼすだろう。

でも、そこを越えたら、きっと…


「なにを、考えているのですか?」


「…わかってる、よね。

もうすぐ、だって。」


つるさんは、答えなかった。


「あの都市から、どうやって脱出したの?」


「道の先に高き石壁があり、それを登って飛び降りたのです。

すぐに水場を得られたのは幸運でした。」


東郷さんと松吉くんも、尽力してくれたとのことだ。

二人で連携して、相手を一人倒したと、つるさんが教えてくれた。


「そっか…

さすが、師弟コンビだね。」


「東郷殿の叫声《きょうせい》で、そなたの目が覚めれば、私も楽が出来たのですけれど。」


「久々に聞いたかも、そういういじわる…」


「ああ、それと――」


つるさんは、周囲を見渡すように首を振り、松吉くんに声をかけた。

小走りで、松吉くんが近づいてくる。


「奥白石殿、如何なる御用にて。」


「松吉、そなた出来ていますよ。

よくなりました。」


面と向かって、つるさんが褒めた。

少し前に、東郷さんにも評価されていた松吉くんだったが、あの時は驚いて反応も薄かったのを覚えている。


都市からの脱出時に、成長を感じさせる場面があったのだろう。

私も、できれば見ていたかったな。

松吉くんはまたも驚いた顔で、つるさんの言葉を咀嚼《そしゃく》しているようだった。


「…松吉?」


「お、奥白石殿。

かたじけない。これよりも精進いたっ、致します。」


かなり早口でお礼を言う松吉くん。

褒められ慣れていないのか、緊張しているようだった。

数百年以上も生きていた時代の違う二人の達人が、一人の少年剣士を別々に評価している。

剣の楽土も、捨てたものじゃない。

そう、思った。


東郷さんがその様子を見て、微笑んでいる。

けれどやっぱり、なにかぎこちなく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。