第42話
「ここって、二階、あるよね…」
「この階は奥に部屋もあり、見回ってはおりませんね。」
さっきまで、私とつるさんは二人きりでしばらく外にいた。
敵…と断定するのは早いのかもしれないが、私たちを見ていた人物がいたとする。
その人物は、つるさんの楢断か、彼女自身を警戒して、仕掛けて来なかったとしたら…
私は、部屋の中を見回しながら、考えを巡らせた。
今の私たちの状況も、見られているのだろうか…
「さや、松吉、上へ参ります。」
「うん。
奥は、お願いしてもいい?」
「はい、お気をつけて。
トウゴウ殿、後ろはお願いします。」
「承知しました、イーゴンさん。」
木造の階段を、警戒を厳にして登る。
なるべく音を立てないように、ゆっくりと。
先頭につるさん、次に私、後ろが松吉くんだ。
閉所での戦闘を行ったばかりだけれど、それで得意げになる程、私は思い上がってはいないつもりだ。
登りきると、風が私の髪を後ろへ流した。
それは正面奥の部屋から、ここまで届いたようだ。
――窓が、開いている。
私は生唾を飲み込んで、いつでも小太刀を抜けるよう、心構えをした。
正面の部屋の他に、左右に部屋があり、つるさんは順に見ていく。
無言で、つるさんは私たちに目配せをする。
――奥へ、踏み入ると。
細い廊下を、一列で進む。
奥の部屋には、ベッドや棚のような家具が置かれているのが、ここからでも見える。
それに、天井も低い。
戦闘に適していないのは明らかだろう。
屋内戦…つるさんと、楢断とは相性が悪そうだ。
敵が侵入しているなら、それを狙っている。
いざとなれば、庇うような立ち回りが必要になるかもしれない。
こんな事、考えていると知ったら、どう思うか――
「っ…!」
「さや。」
目の前には、楢断の鞘。
掴んで、後ろへ引く。
つるさんが前に出て、踏み込む。
刃が抜けて遠ざかり、楢断が、斜めの軌道で振り下ろされる。
振り払われた楢断の一閃が、相手を袈裟斬りにしていた。
「はあ…はあ…。」
心臓が早鐘を打っている。
一瞬の出来事に、無意識に対応した自分が、信じられないくらいだ。
「さや、松吉、出ます。こちらに。」
慌てて、鞘を両手で抱いたまま、前方のつるさんの方へ駆け寄っていく。
走りながら、とても嫌な予感がした。
――なんで、窓に向かって構えているんだろう。
大きな音がして、木枠の窓が蹴り抜かれ、粉々に砕かれた。
つるさんは、私と松吉くんを抱きかかえ、風穴の空いた窓から一息に――
飛び降りた。
「ひゃ――」
叫び出す前に、もう着地していた。
浅い呼吸を繰り返す私を、ゆっくり地面に降ろして、
「しっかりなさい。
しばらく、預けます。」
抱きかかえた鞘を離さないように、しっかり掴む。
松吉くんを見ると、冷や汗をかいて、緊張した面持ちだ。
「ご無事ですか!」
扉を乱暴に開けて、イーゴンさんと東郷さんが飛び出してくる。
二人で、皆の手荷物を持って来てくれている。
どうやら、一階には敵はいなかったようだ。
「ど、どうするの!?」
「落ち着きなさい。
死角の多き町中は分が悪い。抜け出るのみです。」
つるさんの言う通り、建物が多いこの都市の中では、どこから奇襲されるかわからない。
走り抜けるのが一番だろう。
楢断の鞘には、鉄の輪が二つ付いていて、それぞれに帯を通し、身体に結んで固定する。
これで、両手を空けたまま走れる。
「でも、出口はどこなんだろう…」
都市の地形など、わかるはずもない。
入口の門の他に、都市の外への道があるのかも定かではない。
それに、もし見つけたとしても…
「……入り口と同じ門だったら、皆で通れないかも。」
「ともあれ、大通りを見つけ、それに沿って進みましょう。
この都市には、何か規則性を感じます。」
イーゴンさんによると、彼の時代の都市構造に、この場所が近いということだった。
生前の知識を基に、建設的な提案を示してくれた。
「馬車がすれ違える程度の道幅なら、大通りと言えるでしょうな。」
「陣形は、如何様に致しますか?」
東郷さんと松吉くんも、意見をしてくれている。
入口の門はすぐ後ろだけれど、こういう都市においては、対角線上に門があるのではないかと、ふと考えた。
「よい着眼点ですが、必ずしもその限りではありません。
しかし、反対方向に向かって進むのは問題ないかと。」
「そうなんだ…
じゃあ、えっと、あっちの方角かな?」
入口と対角の方向に指を差し、ひとまずその方角へ向かって行く。
小走りで道路を進み、大通りを目指す。
広々としたこの道路を真っ直ぐ進むと、交差点に出た。
十字路となっているこの場所は、正面にバリケードのように、いくつもの樽が積み上げられていた。
右か左か、周囲を観察して考えていると――
「来ますよ!」
イーゴンさんの声に、はっと顔を上げる。
建物の上から、数人の男たちが降下した。
中東系の浅黒い肌と、曲剣を持つ男たち。
私たち五人で背中合わせに構え、死角を無くすような布陣となる。
「…意図的に封鎖してるなら、樽の先が正解の道…だよね。」
「よろしい。
阻む者は潰して参ります。」
じりじりと、陣形を維持しつつ正面のバリケードに向かって進む。
その間に、更に二人が降下して、相手はこれで六人となった。
もう少しで、樽に手が届く程の近さになる。
ひとつかふたつ動かせば、奥に抜けられるはずだ。
しかしその時、樽を飛び越えて、新手が襲いかかった。
咄嗟に防御の構えを取ったが、イーゴンさんが私の前に出て、盾で奇襲をいなす。
でも、これは…
「囲まれた…」
「真白殿、離れませぬよう…」
松吉くんと背中を合わせ、お互いを守る。
つるさんが一歩前に出た。
彼女が攻め入れば、その間に樽を動かしてしまおう。
「さや、任せます。」
「うん、行って!」
つるさんが抜き身の楢断を大きく振り回し、単身斬り込んでいく。
それと同時に、私たちを囲んでいた敵が、一斉に襲い掛かって来た。
イーゴンさんが受け、東郷さんが流し、それぞれ対応する中、樽に少しずつ近づいていく。
松吉くんも呼吸を合わせるように、私の背中を守ってくれている。
――前方から、私の方に敵が突っ込んでくるのが見え、深く呼吸を繰り返す。
男の曲剣の軌道を目で追い、一撃、流す。
二撃目、これも流す。
次、足元か――!
その時、男の身体を大太刀が貫いた。
胸部から切っ先が飛び出し、男はもう動かない。
つるさんは、数人仕留めたのか、返り血を受けていた。
「伏せなさい!」
楢断が突き刺さった男は横に流れて、積み上がった樽に向けて放たれた。
上手い、これなら一気に突破できる――
「…あ」
血の気が引くような感じがした。
崩れた樽の中には、ばらばらに砕けたそれには、中身が入っていたのだ。
飛び散るそれが水だと理解した瞬間、背筋が凍りついた。
バリケードは音を立てて崩れ、道路の一角を、水が埋め尽くしていく。
そして、その水に浸かるように、男の死体が――
「う……ぐ、うええええ」
「っ、水に触れさせるでない!」
視界がぐるぐる回る。
胃がひっくり返ったように、空っぽの中身を押し出そうと空転する。
思考が空白に埋め尽くされ、もう、音が遠のいていく。
あの闇の水が、穢れに触れたあの温かな感触が、蘇るように。
誰かが、私の名前を呼ん




