↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/137

第41話

狭い空間を奥に抜けていくと、街が広がっていた。

あのデモストラトスは、ここを守っていたのだろうか。


石造りの建物が並び、道路は整備され、道端には木箱や樽が整然と積まれていた。

けれど、街といっても住む者はいない、寂しい廃墟にしか見えない。

道のすぐ脇にあった家屋で、状況の確認も踏まえた休息を取る。


緊張は緩めてはいないつもりだが、石門の落下した大きな音が何度も鳴り響いたあと、デモストラトス以外の人影が見えないということは、近くに誰もいないか、或いは警戒して身を隠しているか。

それに、デモストラトスが入口を守っていて、私たちが倒すまで誰一人入れなかったとすれば、ここはやはり無人の都市なのかもしれない。


「つるさん、髪、結い直した方がいいかも。」


「…なにゆえです?

乱れてなどおりません。」


いや、結構乱れてるし…

つるさんが気にしなくても、私は気になる。


「……重かった?」


「いいえ。」


弱みを見せたくないというのはわかるけれど…

汗びっしょりなくせに、なんとも涼しげな表情だ。

仕方なく、座り込むつるさんの背後に立って、髪を纏《まと》めてあげる。


「んっ…

引っ張り過ぎです。」


「あっ、ごめん!

痛かった?」


「いいえ。」


これ、ずっとやるつもりなのかな…

別に痛いなら痛いって言えばいいじゃん…


その間に、イーゴンさんが戦闘状況の説明をしてくれているけれど、私は聞こえていない振りをした。

この部屋の広さで、それは無理な話だけれど、なんだか気恥ずかしい程にイーゴンさんが私を褒めている。


「あとで、水場探しに行こ。」


「…さやがそう致すと申すなら、構いません。」



「松吉がお役に立てたようで。」


一通り説明が済んだところで、東郷さんが言った。


「ええ、決定的な一撃でした。」


イーゴンさんと話している東郷さんは、どこか誇らしげだ。

松吉くんの顔はここからだと見えないけれど、どんな反応をしているだろうか。

髪をまとめ終わると、座ったまま私の方を振り返り、彼女の真っ赤な唇が小さく動いた。


「では、参りましょう。」


「うん、見つかるといいね。」


あまり遠くまでは行かないという約束で、つるさんと二人で探索に出る。

油断しているわけではないけれど、人の気配がないのだ。

整備された道路を見ると、もしかしてデモストラトスが手入れをしていたのではと思う。

しばらく探し回り、路地裏で小さな手洗い場を見つけた。

休息していた家屋から五分ほどの距離だ。


何枚かの布を取り出し、水に濡らして私も身体を拭いていく。

つるさんも、同じようにしていて、上半身の着物をはだけさせている。

しかしこういう場面でもつるさんは、必ず大太刀を即座に抜けるような位置に立てている。


「…傷、いっぱいだね。」


滝壺に一緒に入った時から思っていたことだけれど、つるさんの身体は全身あちこち傷だらけだ。


「…ああ、見苦しい傷です。

見るのは、おやめなさい。」


「見苦しいとかは、ないけど…」


どれもこれも、刀傷ではないのは見ればすぐにわかった。

獣の爪痕《つめあと》のような乱暴な傷が、白い肌の上に大小無数に刻み込まれている。

私に見て欲しくないと言うけれど、つるさんが戦い続けた証だ。


「でも、お顔には傷がないよね。」


「…頭に怪物の爪牙《そうが》を受ければ、終わりです。

兜は役に立たず、首をもがれて死ぬのみ。」


「あっ…そう、なんだ。」


つるさんの相手は、致命的な暴力で攻め立てる怪物たち。

傷ひとつない涼しげな顔は、彼女に敗北した経験がないことの裏付けに思えた。


短く声をかけて、つるさんの背中を拭く。

つるさんは、黙って受け入れてくれた。


「……さや。

私がおらぬ場で、よく戦いましたね。」


「怖かった、けど。

松吉くんのこと、守らないとって思うと、立っていられたの。」


「つるは、そなたが誇らしいです。」


あの戦いは、つるさんと出会ってから、初めて彼女が不在の場面での戦闘だった。

それが、私の初めての実戦でもあったのだ。

イーゴンさんが私を信じてくれて、変に高揚《こうよう》していたのか、戦闘中は脳がフル回転していたように思う。

けれど、ふと我に返ると、無茶をしたのかもしれない。

戦闘中は気になっていなかったけれど、今になって手が震え出した。


「さや、それは恥ずべきことではありません。

本当に、よくやり遂げました。」


「…私に、甘くない?」


「いいえ。

以前申した通り、そなたは出来つつあります。

…それとも、さらに厳しき鍛錬を望む由でしょうか?」


「…ねえ、攻撃は、やっぱりだめ?」


「正直に申せば、私も迷いがあります。

そなたに教えてしまえば、また痛手を負わせるゆえとなるのやもと…

身を守る以上の剣を、授けてよいものか…」


太白の剣を受け、指を失いかけたあの時…

つるさんは、私に剣を教えた事を後悔したような言葉を、呟いていた。

思い出すと、あんな顔をさせてしまったことに、悔しくて涙が滲んでくる。

私が前に出るのは、きっとまた負担を掛けてしまう原因になるかもしれない。

でも、何かあった時に、剣で誰かを守ることを選びたい。

見ているだけなんて、絶対に嫌だ。


つるさんは拒絶しなかった。

けれど、肯定もしなかった。



休憩場所まで戻る途中、皆がいる建物が見えた頃に、つるさんは立ち止まった。


「あの邸《やしき》を見て参ります。先に戻っていなさい。」


近くの建物が気になったようで、足早に向かっていく。

疑問に思ったけれど、言われた通りに皆の所へ戻った。


「おかえりなさい。ツル殿は…?」


「すぐそこの建物を見て来る、って。」


ふと部屋の隅を見ると、松吉くんが刀を構え、奇麗な型で振るっていた。

血を拭き取った布が辺りに積まれ、畳まれている。

私が戻ったことに、気づいていないようだ。

ちょうど終わったのか、刀を鞘に納め、こちらを向いた。


「真白殿、お戻りで。」


「ただいま、松吉くん。」


ついさっき戦闘をしたばかりなのに、本当に熱心だ。

すると、傍で座って見ていた東郷さんが立ち上がり、松吉くんに寄っていく。


「松吉、よくなったな。」


山道での休憩の時は、成長したと明言できる部分はない、と言っていた東郷さんだけれど、一連の動作の中に、気になるポイントがあったのだろうか。

しかし、返事はなかった。

松吉くんは、いつもなら短く大きな声で返事をするのに、どうしたのだろう。

見ると、驚いたような顔をして、言葉を失っている。

その時、扉が開いて、つるさんが帰ってきた。


「あ、おかえりなさい。」


「みな、話があります。」


つるさんは、神妙な面持ちだった。

少しの緊張感の中、周りに集まった私たちに、彼女から言葉が発せられた。


「すぐそばの邸に、人影がありました。

何者か、気配を絶つのに長けた者が潜んでおります。」


…だから、一人で見に行ったんだ。

誰かの気配に感づいたから、私を逃がした。


「人数は?」


「ひとり。

されど、他にも与《くみ》する者はあるやもしれぬ。」


確かに、この広さの都市なら、それなりの人数が潜伏している可能性はある。

こちらは五人、相手の数は不明。どう、動くべきか…

この静かな街には、敵がいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。