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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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幕間 継承の剣 松屋 松吉

今朝方、いち早く道場に参じた拙者に、我が師はそう仰《おっしゃ》られた。

師の更に師。

如何《いか》なる人物か、さぞ名高き御方なのであろう。

柳生新陰流《やぎゅうしんかげりゅう》の道場には、次々と門弟《もんてい》の方々が集われ、ひしめき合っておる。

師は、我ら門弟の人数を数え終えられ、その人物をお招きになった。


「柳生宗厳《やぎゅうむねよし》と申す。

石舟斎《せきしゅうさい》と呼ぶ者もおる。」


この身は浅学と候《そうろ》えど、その高名は聞き及んでおる。

世に名を馳せたる新陰流、上泉信綱《かみいずみのぶつな》の門の高弟。

柳生新陰流の祖であられる、その御人を。


拙者を含め、道場の門弟の方々は揃って色めき立ち、一手ご指南賜りたいと、喉元まで言葉が上って来ておる様子。


師は、常の如く稽古せよと命じられた。

日々の手習いの内に、石舟斎殿の目に留まる剣を持つ者があれば、ご指南賜る機会もあるやもしれぬ。

拙者も、木刀を握り締め、一心不乱に素振りを致す。

師より授かりし、基の形。

先ずは、これを馴染ませることこそが肝要《かんよう》であると、師は仰られた。

手汗が木目に染み込み、手元が滑らぬよう、一層強く握った。

稽古に打ち込むにつれ、やがて、石舟斎殿が見ているやもという邪念も立ち消えていた。


「…握りが強い。

力まず、支えよ。」


ただ一心に振り続けた拙者の剣を、猛き声が窘《たしな》めた。

見上げれば、柳生石舟斎殿がすでに傍《そば》におわした。


「は……はい!」


申された通り、教えを受けた通りに致す。

握りを弱め、持つというより支えし手の形。

石舟斎殿はそれきり何も仰られず、他の門弟を見回るように参られた。


剣とは、力のみにて扱うに非《あら》ず。

斯様《かよう》な考えを、未だ抱いたことはなかった。

なにやら、腑に落ちる感覚が身体に広がり、先程より更に無心に剣を振るった。

如何なる音も、耳には届かぬ程に。


石舟斎殿は全国を行脚《あんぎゃ》し、門弟の道場を見て回られている方なのだと聞いた。

斯様な片田舎にお越し下さると申すは、門人の育成を第一とされる御方なのであろう。

夕刻、お帰りになる石舟斎殿を、門弟総出で見送る。

頭を下げ、その足元を見ておったその折――


「――よくなった。」


拙者は、頭を上げる無礼を致してしまう程に慌てふためき、身体が固まってしまう。

石舟斎殿は、もうこちらを見てはおられず、夕焼けの中へ溶け消えて行かれた。


先の言葉は、拙者に授けて下さったのであろうか…

されど、あれ程の御人が、拙者如きに言葉を残されるであろうか…



あの折の一言、それを胸に、拙者は剣を振り続けておる。

数日経ち、師は拙者に申された。


「松吉よ、明日より打ち込みの稽古と致す。」


「はい!」


拙者の姿勢や型が、以前より良くなったと、師はお褒め下さった。

石舟斎殿の教えを受け、心と身体が合ったように、いつしか夢中にて、ただ剣を振るうておった。

師は、拙者の変化を、常に見てくださっておったのだ。


打ち込みは、袋竹刀と呼ばれる物にて行う。

裂かれた竹の束を、革で覆った代物であるとか。

兄弟子と打ち合い、幾度もこれを受けたものであったが、負ったのは擦り傷に過ぎぬ。

怪我も遠慮もなく打ち合えるこの道具は、まこと修練に適しておるといえる。



ある折、やむを得ず母と夜道を行く用向きありて、行燈《あんどん》を片手に歩いておった。

人気のない暗き道、師から脇差を賜って以来、帯刀は常のことであったが、今宵は腰に差したる得物の存在が頼もしく思えた。


行燈で道の先を照らすと、着流しの浪人が向かいから歩み来た。

――腰の物に、手をかけている。


拙者が考える間もなく、母はこの身を守らんと、前へ出た。

されど、帯刀するは我のみ。

我が身に代えても、守りせねばならぬ。


行燈を辻斬りに投げつけ、脇差を抜いた。

握りは弱め、支えるように持ち、常の如く振るうのみ。

…されど、辻斬りには我が刃は届かぬままにてあった。



――目を覚ませば、夢心地かと疑う程の、奇妙な場。

岩の壁に、穴の空いた板張りの床…

母は、いずこにおられるのか。


辺りを探っていると、またもや浪人どもに出くわした。

物珍しげに、拙者をじっと見ておる。

されど、すぐに飽《あ》いたかのように、刀に手をかけ――

浪人どもの視線が少し上を向いた。


「消えろ、外道ども。」


壮年の武士が、いつの間にやら背後に立っておられた。

瞬く間に、三人の浪人たちを木刀で仕留めたその武士は、我が身を顧《かえり》みず、拙者を助けて下さった。

なにやら申されておるのは口の動きでわかる。


されど、耳鳴りが止まず、ついには聞き取れなかった。

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