第40話
この状況、この閉所、後ろには守るべき彼女。
もう二度と、あのようなことは起こさせない。
サヤ嬢は、よく見えているはずだ。
彼女を守るために、彼女自身の手を借りる必要がある。
矛盾しているようだが、不思議と不安は小さかった。
あの子は、私の想像以上に、出来つつある。
デモストラトスと名乗った男の槍は、ある意味単調だった。
恐らくこれは、一対一を突き詰めた技術ではない。
隊列用、集団戦に特化した型であると推測できる。
目の前の男は、ローマの重装歩兵か、それに連なる者だろうか。
だが、父の槍には、遠く及ばないものだ。
槍は接近しきってしまえば、その距離がそのまま仇となる。
何度もこのやり方で、フランス王国の兵士との戦いを制したものだ。
盾に肩を入れ込み、体重をかけて押し込む。
距離を殺せれば良し、転倒すればなお良し。
どう対応する、重装歩兵よ。
「ならば。」
っ!投擲か…!サヤ嬢――
「こっちは大丈夫!」
…やれやれ、私の心でも読んでいるのか。
けれど、わかっていた。
本当に、よく見えている。
だが、槍を敢えて捨てたということは……
やはりか。
かつての私と同じで、中途半端な槍だった。
楽土にいる以上、この男も正当なる剣士である事実は疑いようがない。
短めの直剣、あの剣闘士の得物と同一か。
見えた瞬間、屈んで攻撃を躱し、後退する。
彼女の無事を確認し、正直安堵した。
至って冷静。お見事ですよ、サヤ嬢。
さて…私と考えが同じならばそれで良し、違うとしても一考の余地はある。
「……イーゴンさん、あの人を抑えて。
松吉くん、隙が出来たら入って欲しい。」
「…は、はい!
真白殿…承知致しました。」
本当に……よく出来ていますね。
私を主力とせず、ショウキチを攻め手とする案に間違いはない。
あとは、彼女自身がどう動くかだが…
信じよう。
あの時のようには決してならないし、させはしない。
ほんの少しの間だが、サヤ嬢は考え込んでいたようだ。
なにに悩んでいるか、思案しているかは、わかる。
盾の圧力を感じるのは、初めての経験だろう。
私が生前、盾を持つ手練れを相手にした際の定石から言うと――
「…上からです。」
息を飲む声がはっきりと聞こえ、思わず顔がにやけてしまう。
見えているならば、それで充分。
「そう、やるんだ。
……わかった。
イーゴンさん、”それだけ”お願い。」
…役割分担は出来た、か。
盾を持っているからこそ、出来る崩し方というものがある。
合図は不要、私が崩す。
勝負は、一瞬で決まるだろう。
サヤ嬢、ショウキチ、頼みますよ。
盾側に回り込み、跳躍する。
重い鎧のせいで、高度は稼げない、だが。
勢いのまま、真っ直ぐに振り下ろした剣を、円盾が受け止めた。
頭上を狙った一撃を、デモストラトスは視線を遮ってまで防御した。
それは当然だろう。しかし、狙い通りだ。
迎撃が来る――
剣のぶつかる音が、視野の外で大きく響いた。
視線だけ見やると――
止めている。
何千回と繰り返した、最も得意な動き。
素振りで培った振り下ろしで、デモストラトスの短剣を…
その先端部分を正確に狙い、止めていた。
「ははっ…」
では、私たちの役目はここまで。
あとは、託しますよ。
「でええい!」
盾は上がったまま。剣は止まったまま――
一瞬生まれた、空白。
無防備な足元を、ショウキチの剣が切り裂いた。
うめき声を上げ、後ろに倒れ込むデモストラトス。
重装歩兵が倒れれば、それまで。
盾を踏みつけ、足に体重を乗せて固定した。
遮るものがない喉元へ、剣を突き降ろす。
それで、終わった。
「お見事でした、真白殿、いごん殿!」
「ショウキチ、上手く合わせられましたね。」
「き、緊張したあ…」
まったく、大物だな、この二人は…
もう少し、得意げな態度を取っても許されるだろうに。
……今度は、上手くやれたろうか。
「サヤ嬢、怪我は?」
「あ、えっと…
膝、すりむいちゃった。」
どうやら、ここへ入り込んだ時に、石の床で打ってしまったのだろう。
見ると、血が脛のあたりまで垂れている。
…また、守るために傷を負ったのか。
けれど、それがとても誇らしい。
「ふっ…ははは!」
「…え、もう!
痛いんだけど、これ!」
「だ、大事ないようで…」
まだ、敵が潜んでいるかもしれない。
弛緩した空気を、少し張り詰めさせ、デモストラトスの装備を改めて観察する。
やはり、幼い頃に歴史書で読んだ、重装歩兵に似ている。
これで生前と同じように、剣と盾を使った戦いが、また可能となる。
この盾は、私の守りをより堅固とするだろう。
…古代の兵士よ、頂いていく。
――後ろから、大きな震動と共に、重い音が鳴り響いた。
激烈な地響きは、三人の身体を芯から揺り動かす。
「まっ…たく、出鱈目もいい所ですね…」
「ええ…うそ、でしょ…」
「あ…えっ…」
三者三様の反応をする我ら。
とりわけ、ショウキチの驚きっぷりは見事なまでだ。
ゆっくりと、石壁が削れていく音がして、落ち切っていた石の門が持ち上がっていく。
どれほどの重量なのか、どのような道具を使えば持ち上がるのか…
ああ…そうでしょうね…
両手でしっかりと、砕けんばかりに石門を掴む白い手。
ある意味、直視するのが恐ろしい光景だった。
上がり切った石門をくぐり、トウゴウ殿がそそくさと入ってくる。
青ざめた顔の彼は、見てはいけないものでも見たような表情だ。
その後ろで額に汗を溜め、両腕を上げたまま憤怒の形相でこちらを覗く、ツル殿……
本当に、どういうことなのですか…
もう一度、石門が落とされ、地響きが狭い空間に反響する。
何度聞いても、心臓に悪い音だ…
細かな瓦礫が飛び散り、白い埃が大きく舞っていく。
白煙を押し退けてツル殿は、サヤ嬢と倒れ伏したデモストラトスを交互に見た。
「……う、まく…はあっ…やった…ようです、ね。」
「もう、わけわかんないよ、つるさん…」
息を荒くして、平静を装うツル殿。
なにを強がっているのか、全く理解できないが、とにかく合流できて一安心といったところだ。
ツル殿は、静かに私の目を見て、少しだけ笑った。




