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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第39話

イーゴンさんが剣を抜き、私たちを庇《かば》うように前に出る。

相手は、軽装ではあるが鎧を着ていて、頭には鶏《にわとり》のとさかのような装飾の付いた兜。

露出した腕は鍛え上げられており、大きな円盾で身体のほとんどを隠している。

その手には、槍。

……この閉所で、あのリーチがあるというだけで厄介なのは間違いない。


「サヤ嬢、前に出ないで。

よく、見ていて下さい。」


「イーゴンさん、槍は…ううん、気を付けて。」


槍がこの土地で効果的であるかどうか、確認している余裕はない。

私は、後ろで見ているだけのつもりはなかった。

イーゴンさんをサポートして、松吉くんを守って、けれど私自身も死んではいけない。


小太刀を抜いて、構える。

遅れて松吉くんも、剣を抜いた。


「…通りたいだけなんだけど、なにがいけないの?」


「ならん。

ここはポリス。許可のない者は通さん。」


…生前の役目を続けているつもりだろうか。

ポリスとは、確かギリシャの都市か何かの意味だったはずだ。

この人はギリシャの重装歩兵…ホプリタイ。街を守る衛兵さん、といったところか。

私は、これまで見た全てを使って、この人に勝たないといけない。


「では、力尽くで通らせてもらう。

サー・イーゴン・アシュクーム。」


「松屋の松吉と申す。」


「……真白さや。お相手、仕る。」


「アテナイのデモストラトスである。

ここは、通さんぞ。」


イーゴンさんが間合いを測り、ゆっくりと近づいていく。

槍は、彼にとっては馴染みのある武器のはずだ。

私たちの誰よりも、槍との戦闘経験があるのは間違いなかった。


デモストラトスは、槍を軽く振り、この先は進入禁止とばかりに牽制している。

彼の背後は、奥へ抜ける道となっているが、閉所なのも相まって、回り込むことは難しいだろう。

イーゴンさんが半歩だけ距離をずらし、槍の穂先が描く弧の外側ぎりぎりで構えた。


実際の面積以上に、円盾は大きく見える。

まるで、この空間のほとんどを占領しているようだ。

正面から、槍のリーチと円盾の防御を掻い潜り、崩さなければならない。


――始まる。

私が数に入る、初めての戦闘。


槍がイーゴンさん目掛けて、連続して飛び出す。

半身になって避け、穂先を弾き、慣れた様子で見極めたように対処するイーゴンさん。

剣の距離には入れていないけれど、決定打をもらうような立ち回りではない。

今はまだ、相手の手癖を見ているような感じだと思う。

お互い大きく動かず、短く高い金属音だけが何度も響く。

イーゴンさんが、歩幅を調整したように見えた、その時――


旋回していた槍の穂先を、剣が大きく弾いた。

イーゴンさんは、一気に距離を詰めて、接近戦に持ち込む。

円盾は急速に巨大化したかのように、圧力とともに前進した。

盾に阻まれ、剣は勢いを失っていく。

丸みを帯びた盾の表面が、剣の軌道を滑らせるように落とす。

イーゴンさんはわかっていたかのように、前に出た勢いそのままに、肩を入れて押し込んだ。

盾ごと押されて、デモストラトスはよろけて後退していく。

穂先が持つ距離が、意味を為さなくなった。


「ならば。」


デモストラトスが、槍を掲げて――

私の方へ投げた。

”点”が迫る。

速いはずのそれは、妙に遅く見えて――


咄嗟に伏せて、槍は石門に激突し、地面に力なく落ちていく。槍は転がって、乾いた音を立てた。

反響が、空間全体に響き渡っていく。


「こっちは大丈夫!」


イーゴンさんに心配をかけないよう、伏せたまま声を上げる。

けれど、イーゴンさんは別の問題に直面していた。

デモストラトスは得物を手放したが、それはもうひとつの得物に持ち替えるついでだったのだ。

太く短い剣が、新たに右手に握られていた。

あれは、剣闘士アンドロクレスが持っていた物とよく似ている。

盾の影に隠れていたが、剣を腰に下げていたのだろう。

…ここに招かれた以上、やはりデモストラトスも剣士なのは当然だった。


盾に密着していたイーゴンさんを、剣で突くデモストラトス。

直前に伏せ、回避した事で、剣が盾を大きく叩いた音がうるさく響いた。銅鑼《どら》が鳴ったように思えた。

イーゴンさんは間合いを離し、少し私たちの方まで後退し、背後を一瞥する。


「無事ですね?」


「うん、何ともないよ。」


短く問答を交わし、次どうすべきか考えを巡らせる。

私に出来ること、松吉くんに任せられること。


「……イーゴンさん、あの人を抑えて。

松吉くん、隙が出来たら入って欲しい。」


「…は、はい!

真白殿…承知致しました。」


「よろしい。サヤ嬢、的確です。

ショウキチ、ここぞという場面以外では、前に来ないで下さい。

私の動きの邪魔をしないよう。」


槍はもう無い、あとは円盾だけ。

盾の範囲の外から?盾を奪う?盾を貫通するような威力の――

どうする。

どうやって、崩す。


「…上からです。」


――イーゴンさんの言葉を受けて、回答に辿り着いた。


「っ……そっか。

そう、やるんだ。」


「真白殿、今のは一体…?」


「松吉くん、その時になったらきっと、迷わず行ける。」


イーゴンさんと、松吉くんを信じて。

小太刀をしっかりと握り直し、私も動き出す。

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