↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/137

第37話

しみじみとした雰囲気が落ち着いた頃、おもむろに東郷さんが松吉くんに稽古《けいこ》を付け始めていた。

左手に痛みも違和感もないので、私も稽古を再開したい。

横目で東郷さんたちを見ていたつるさんにそう言うと、彼女は目線を斜め上に向けた。すぐに、その目は私に向き直る。


「まず、東郷殿に見ていただきなさい。

そなたの時代に近き剣技、得るものはあるでしょう。」


「あ、うん。

東郷さん、いいですか?」


「…わかりました。

では真白さん、少し見ていて下さい。」


東郷さんは、松吉くんと向かい合って距離を調整している。

松吉くんの剣は、脇差《わきざし》と呼ばれる物で、彼の体格に合っていると思う。

私の小太刀と長さは同じくらいだけれど、形状は少し違うようだ。


「あ、刃を上向きにして差してるんだ。」


鞘に納まった脇差は、松吉くんの腰帯に、刃を上向きにして納刀されている。

私の小太刀は、刃を下向きにして佩《は》くように、最初につるさんから教わったものだ。

そもそも小太刀を上向きで佩くと、何か不都合があるのだろうか。

私の疑問につるさんが応じてくれる。


「太刀は反りが強く、上向きに佩けば抜くのは難しくなります。

逆に直刀に近い松吉の刀は、あの差し方がよい。」


松吉くんが抜刀して見せる。

すると自然に、刃は相手の方を向く事になり、即座に戦闘に移れるというわけだ。

私が小太刀を抜くとき、かなり大振りな挙動が必要になるが、あれなら狭い場所でも対応できそうだ。


東郷さんが打ち込んでいき、松吉くんがそれを凌ぐ。

それも、かなりのスピードでの攻防だった。

自然に、私は松吉くんがどう捌くのかを注視していた。

的確に、急所への攻撃を逸らして、直撃を避け続けている。


「すご…」


「あの体格差で、上からの剣を凌ぎ続けるとは。

やはり、ショウキチも楽土に招かれるに相応しい剣士だったのですね。」


「そなたも精進なさい。

東郷殿からも松吉からも、授かることは多い。」


松吉くんの身長は、私より十センチほど低い。

多分、一四五センチくらいだろうか。

東郷さんは、つるさんより背が高くて、一七五センチくらい。

確かに松吉くんのように、体格で上回る相手からの剣を凌ぐという技術が、私にも求められるだろう。

肩と脇腹に、木刀が連続して当たり、松吉くんが大きくよろめいた。


「次、真白さん。」


「はい!」


息を切らした松吉くんが、こっちまで下がってくる。


「面目ありません…」


そう言ってすぐ、素振りを始めた。

つるさんがその様子をじっと見ている。


私は、前に出て東郷さんと向かい合い、小太刀を抜く。

間合いを調整し、木刀の軌道をある程度予測しておく。


「では、行きますよ。」


速っ…まずは、受けられた。

そのまま、凌ぎ続ける。

多分さっきより、スピードを緩めてくれている。

よく見て、弾く、逸らす、受ける。

今のところ、パターンは三つしかない。

脳天、首、手元、順番はランダムだけれど、どの部位も防げなければ致命的だ。


次が来る、受けて――

腕が、痺れた。

目がちかちかするような感覚に襲われ、体勢が崩れそうになる。

…東郷さんの本気か、それに近い威力だったのかもしれない。


そこから更に、二パターン追加され、スピードも上がっていく。

右肩、脇腹、脳天と見せかけて首、手元と見せかけて脇腹――


「あっ!」


当てられてしまった。

真剣なら、致命傷は確実だろう。

しかし、東郷さんは脇腹に当てる直前に、威力をほとんど殺していたようだ。痛みはそれほどでもない。


「大体、わかりました。

休憩しながら、少し話しましょう。」


稽古は久しくやっていなかったからか、息が大きく切れてしまう。汗も噴き出して、布でそれを拭いていく。

私の衣服やこの布は、洗濯もできずに濡れて乾いてを繰り返しているけれど、生乾きの臭いはまったくない。

この楽土に、臭いの元となる雑菌がいないためだろう。


松吉くんと座りながら、東郷さんと向かい合い、立ち会いの内容を振り返っていく。


「――松吉は、力を逃がすように凌げてはいるが、まだ固い。

それに、受けるためにあえて前に出るような場面もあった。これは決定打に繋げなければ意味のない動きだ。」


稽古に没頭するあまり、剣をあえて受けに行く。

気持ちは、よくわかってしまった。

けれど確かに、避けられるならその方がいいはずだ。


「真白さんは、よく見えていますね。

目から得た情報をよく噛み砕いて、身体で対応している。

想像していたよりも、出来ています。」


――まさか褒められるとは、思っていなかった。

私は、呆けたような表情をしている自覚があった。


「そ、そうなんですか?」


「一般の人であれば、立ってはいられません。

楽土での経験が、あなたの高い観察力を養った、ということでしょう。」


「…先程の戦い、ツル殿とトウゴウ殿の動きもよく見えていたようでした。

あなたはこれまで、あなたを守る者たちの戦いを、目を逸らさず見ていた。

それが、ここへ来て結実《けつじつ》したのでしょう。」


「あ、あんまり褒めないでよ…」


私を守ってくれる皆の戦いを、よく見ていた、か。

浅倉さんも、セラも、つるさんも、イーゴンさんも、それぞれ違った形で戦った。

その背中を、ちゃんと見れていたんだ。


最後に、松吉くんと並んで素振りをする。

風を切る音が、二つ重なって鳴る。


「さや、少し力が入り過ぎています。」


これは、つるさんが見てくれていた。

力んでいた私の両手の位置を調整して、アドバイスをくれる。


「松吉は姿勢もよく、型も整っています。」


今度は松吉くんの所へ行って、褒めている。

私の目から見ても、松吉くんは奇麗な型で剣を振るっていると思う。

幼いながらも、弛まぬ努力が見えるというか、真面目に取り組んで来たのだろう。


五百回振り終わったけれど、私は体力が付いてきたのか、余力がまだある。

最初はへとへとになっていたのが、今は懐かしい。


「東郷さんは、剣術を教えていたんですか?」


平成の時代に、スポーツでない剣術を扱う東郷さんの事が気になって、質問してみる。


「田舎の流派の、さらに傍流《ぼうりゅう》の師範代をしていました。

もっとも、門下生は全員辞めてしまいましたが。」


今どき、というのも変だけれど、剣術道場というのは流行らないのだとは思う。

競技性のある剣道と違い、古くからある殺しの技術を護身として教えている、という感じだろうか。


「剣術というのは、どこまでも合理的です。

若い人には退屈だったのかも知れませんね。」


「どういう稽古をしていたんですか?」


「木を立てるように地面に埋め、そこへ何千回と打ち込むというものです。

これは一撃で相手を倒すという、流派特有の思想に基づくもの。

肩が削れるため、熱を持つように痛くなり、木刀も数え切れない程に折りました。」


つるさんが上品に、手を口元に持ってきた。


「まあ。苛烈《かれつ》な修練をなされていたのですね。」


こうして話を聞いていると、確かに人に教えることが日常的だったのだろう、と感じる。

説明された修行内容を考えてみると、とんでもなく大変そうだ。

打ち込む際の肩の動きで、関節が削れてしまうなんて、想像もできない…


けれど、そんな過酷な修行に、剣が必要とされていない世の中で、人生を懸けて取り組んだ…

東郷さんは、間違いなく楽土に招かれるに相応しい人物だ。

でも、きっと彼の剣に対する姿勢を理解できる人は、今の日本にはいない。


水分を補給した後、小太刀をじっくり観察していた。

前に、つるさんから各部位の名前は教えてもらったけれど、松吉くんの剣とどう違うのか、よく見ておきたかった。

まず、小太刀は反りが大きい。

これは、僅かな力で斬るための曲線だ。

次に松吉くんの剣を遠目で観察してみると、反りが浅く見える。

素早く抜いて、突き刺すための形だ。

見ながらいろいろ考えていると、つるさんが私の横に並び、背中の大太刀を下ろした。


「さや。」


ゆっくりと、大太刀を私の視界に映るように差し出して来る。

朱色の漆塗りで、上品に輝く鞘が、視界を占領する。

つるさんの方を見ると、柄を両手で持って、私に目配せをしている。


「触って、いいの?」


つるさんは、薄く微笑みを返してくれた。

なんとなく、この大太刀はつるさんにとって特別というか、それこそ魂のようなものだと思っていた。

いつも丁寧に扱っているのを見ていたのもあり、他人に触れられたくないのだと。


恐る恐る、両手で鞘を支えてみる。

手触りが良くて、見惚れてしまう程に美しい鞘。

すると、抵抗がかかるように、引っ張られる感覚があった。

慌てて強く握ると、その中で剣が走る音が聞こえる。

つるさんが大太刀を抜き切り、構えて見せてくれた。


「お、重いね…」


鞘は多分木製だけれど、私の身長くらいの長さがあるし、小太刀とは比べられないくらい重い。

けれど、地面につけてしまうのは嫌だったので、抱きかかえるように両手で持つしかない。


「さや。

閉所で私が剣を抜く際、今のように補助を頼むことがあるやもしれません。

その時は、頼みます。」


「……う、うん!任せて!」


つい、大きい声で返事をしてしまった。

つるさんに頼られるのが、なにか堪らなく嬉しい。


「この大太刀は、銘《めい》を楢断《ならだち》と申します。

……我が半身、我が牙、我が魂。

そなたには、この銘を覚えていてもらいたいのです。」


「なら、だち…

わかった、絶対忘れない。」


つるさんは、嬉しそうに笑ってくれた。

刀にはそれぞれ名前があるのは知っていたけれど、楢断はどのような由来があるのだろう。

いつか、それも教えてもらえるのかな。


「ところで、さや。」


楢断を鞘に仕舞い、背負ったつるさん。

そしておもむろに、私の髪を触り始めた。


「えっ、なに?」


覗き込むようなつるさんの顔を間近に見て、思わず声が上ずり、顔が熱を持つ。

凛々しい表情で、なにか考えているようだけれど――


「……そなた、髪が伸びましたね。」


「え」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。