↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/137

第35話

一筋の光に照らされた、エジプトの剣士。

肌は浅黒い小麦色に焼けており、古びた服をまとっている。

肩から腰にかけて、重ねられた布が何層にも垂れていて、鎧《よろい》らしきものは身に着けていない。

けれど、無防備には見えなかった。


腰には、見慣れない形の剣。

刃が曲がり、先が鉤爪《かぎづめ》のように反っている。

あの剣は、私の知識にはないものだった。


彼は、明らかに私たちに気が付いているが、構えることはしない。

射抜くような鋭い目が、私に向いている。


私、松吉くん、イーゴンさんの三人は、いざとなれば来た道をすぐに引き返せるように、壁際で待機する。

つるさんと東郷さんは、剣を抜かずにじりじりと間合いを詰めていく。

エジプトの剣士も同様に、まだ剣を抜いていない。

このまま、何も起きず、素通りできればそれが一番だけれど…


「よろしい。裁定《さいてい》は成った。」


低い声が、広間に反響する。

裁定とは、何を言っているのかわからないけれど、圧力を感じる言葉だった。

私がそう感じ取る前に、つるさんと東郷さんは剣を抜いていた。

――始まる。


「エジプトの剣士よ。

私は東郷恒一と言う者。一手、ご指南願う。」


構えていた木刀を下げ、東郷さんが名乗りを上げる。

つるさんは肩を竦《すく》めたような素振りを見せ、それに続く。


「奥白石つるです。

異邦の剣士殿、相手、仕らん。」


戦うことは避けられないとしても、こういう律儀《りちぎ》なやり取りを欠かさないのは、楽土の剣士ならではだろう。


「……偉大なる王の執行官、アムネムイアである。

アヌビスとファラオの裁定に従い、これより刑を執行する。」


処刑をするという意味だろうか…

かつて、浅倉さんが戦ったザムエルという処刑人のことを、思い出して身震いする。

アムネムイアと名乗った彼からは、威圧されている感覚は確かにあるけれど、ザムエルの時のような恐怖は感じない。

目の前の剣士からは、規律の中で、己の職務に忠実な、職人気質とでも言うべき印象を受けた。

まだ、生前のお仕事をただ続けているだけかのような。


そこから、言葉はもうなかった。

つるさんが、仕掛けた。


離れた間合いから一方的に、つるさんの大太刀がアムネムイアに迫る。

しかし、彼の曲がった剣は、大太刀の軌道を滑《なめ》らかに逸らして、連続する攻撃に完全に対処していた。

けれど、こんなものはつるさんの本気とは程遠いと、私はわかっている。

まずは相手の出方を見て、更には東郷さんにも情報を共有しているような動き。

要は、小手調べだろう。


「あの長物を、これ程軽やかに…」


松吉くんは、つるさんの剣舞に見入っている。 

白く細いようで、引き絞られた荒縄のような彼女の腕。

あの腕から生み出される暴力を初めて見た時、私も似たような反応だっただろう。

つるさんは、不規則な軌道で攻め立てていく。

その全てが、相手の首から上に狙いを付けた軌道だとわかる。


「…よく見えていますね、サヤ嬢。」


無意識に、言葉に出てしまっていたのだろう。

彼女の戦いは、誰よりも間近で、ずっと見ていたからわかる。

今のつるさんは、連携を前提とした動きを意識しているようだ。

東郷さんの位置を視界の端に捉えるように、視線が一瞬、彼の方を掠《かす》めたように見えた。

リーチでは敵わず、防戦一方のアムネムイアだが、手傷は未だ負っていない。


――その時、東郷さんの上半身が、大きく”膨《ふく》らんだ”ように見えた。

視野の端で、松吉くんが何か素早く動いたのに気づいて……


「…でぇえいっ!!」


空気がびりびりと震えるような、爆音だった。

人の口から、これだけ大きな声が出るのだろうか。

一瞬、意識が身体から押し出されるような、空白が生まれた。

東郷さんは、叫びと共に一直線に踏み込み、木刀を叩き込んでいた。


――しかし、その一撃は曲剣に受け止められている。

アムネムイアは、刃に左手を添え、両手を使って木刀の勢いを殺したのだろう。

ここで初めて、剣の軌道を逸らさずに、正面から受け止めて防御したのだ。


「先に申しておけばよかった…

東郷殿は、声がまことに大きいのです。」


耳鳴りが収まらない中、申し訳なさそうに松吉くんが謝っている。

すぐ隣の彼の声も、若干聞き取り辛い。


あの時、松吉くんは咄嗟《とっさ》に耳を塞《ふさ》いでいたのか。

しかし、少し離れたこの場所でさえ、耳が少し不調を訴えるほどの大声だ。

それを斬り合う距離で受けたアムネムイアは、さぞ驚いたことだろう。

そして、つるさんは――


あ、ちょっと怒ってるな、あれは…


木刀の一撃で、動きを止められているアムネムイアに、つるさんが追撃を放つ。

明確な殺意の乗った、首への軌道だ。

しかし、アムネムイアは曲剣を滑らせるように、東郷さんの身体ごと、かかる力を流した。

つるさんの方に。


咄嗟に、つるさんは大太刀の勢いを止め、体勢の崩れた東郷さんの身体を受け止めた。

また距離が少し開き、戦闘開始前の状況に逆戻りとなった。


「……東郷殿、叫ぶなら先にそう申して下さい。」


「これは、申し訳ない…」


東郷さんの一撃は、鋭い殺意の宿った技だったように思う。

平成の時代に、これだけ殺気の籠《こも》った剣を振るう人が生きていたのだと、少し肌寒い恐怖を覚えてしまう。


アムネムイアが、突然動き出した。

少し離れていた間合いを一気に詰め、今度は攻勢に出るつもりのようだ。

つるさんと東郷さんは――


「あ、ああ…!」


松吉くんが、声を上げた。

勢いのついた東郷さんを受け止めたことで、つるさんは、柔らかな砂地に足を深く突き刺してしまっている。

低く構えながら突進するアムネムイアは、その鉤爪のような剣を、引っ掛けるように東郷さんの脇腹に食い込ませた。

半ば体重を預けていた東郷さんは、一気にアムネムイアに近づくように引きずられていく。


反射的に足を一歩前へ出し、左手で鞘を掴み、右手を柄に添えた。


――あ、れ?


「ふんっ!」


つるさんの力んだ声が大きく響き、落とし込んでいた顔を前へ向ける。

見ると、深く沈み込んでいた足を、前に蹴り抜くように引き抜いていた。

持ち上げられた重たい砂の壁は、正面の東郷さんと、アムネムイアへ向けて振り注いだ。


更に、短く高い金属音が遅れて鳴り、すかさずつるさんは、東郷さんの上着の襟《えり》を掴み、力任せに引っ張った。


視界を埋めていた砂が張れると、アムネムイアはやはり無傷で立っていた。

彼の足元には、見覚えのある短刀。

あれは、つるさんが腰に差している物だ。


「すご…すぎ…」


私は、やっと理解が追いついた。

砂でアムネムイアの視界を塞ぎ、東郷さんを引っ張って助けるまでの間に、つるさんは短刀を投げていたのだ。

これが当たれば、それで良し。

当たらなくても、相手は止まる。

どちらにせよ、東郷さんを救出できた算段だったのだろう。

ここまで読んで、二択を迫ったのだ。


「…あの者、出来ますね。

松吉と二人で挑まぬ判断は、道理でありました。」


「助かりました、奥白石さん…」


「東郷殿、真正面から仕掛けます。」


…何か、変だ。

つるさんが、連携のためとはいえ、相手に聞こえる距離で作戦を口にするなんて。

正面から行く、というのが作戦足りえるかは、置いておく。

しかし、宣言通りにつるさんは真っ向勝負とばかりに突っ込んだ。

さっきの発言は、わざと相手に聞かせたのかもしれない。


走って接近し、一歩ごとに砂が大きく舞う。

すぐ後ろに東郷さんも続く。

多分、つるさんはこれで決めるつもりだと思う。

上手く言えないけれど、私には、つるさんがアムネムイアを読み切ったという確信があった。


つるさんは大太刀を横薙ぎに振るいつつ、斬り抜けるようにアムネムイアの後ろへ回った。

これを相手は受け流し、つるさんは前のめりに倒れ込む形となった。

しかしわかっていたかのように、即座に受け身を取り、次の動きに繋げている。

アムネムイアは彼女の方を見ず、前方を向いたままだ。

けれど、つるさんの足が速すぎて、東郷さんは追い付けていない。


無数の砂粒が転がるような細かな音がした直後、空気がつるさんの周囲に吸い寄せられるように遠のいた。


「はあっ!!!」


一際大きい爆発が起き、アムネムイアの身体は一瞬、硬直した。

そして、視線を”後ろ”に――

声を発したつるさんの方へ、向けて、しまった。


「でいやっ!!」


次の瞬間、間合いを詰め切った東郷さんの一撃が、アムネムイアの首に直撃した。


つるさんは、斬ることはしなかった。

ただ、斬らせるための合図をしただけだったのだ。

確実な、致命の一撃だった。



「見事でした、東郷殿。」


東郷さんが植え付けた”声”を使ったフェイント。

咄嗟に思いついたのだろうか…


「……私は、自分が情けない。

奥白石さんがいらっしゃらなければ…」


「東郷殿、お怪我は!」


松吉くんが、駆け寄っていく。

イーゴンさんも、それに続こうとしたが、私は彼の手を掴み、引き留めた。


「どう、されたのですか?」


「ちょっと、待ってね。」


少しだけ驚いた様子の彼の表情。

…きっと、一番に見せた方がいいと思っていた。

さっき感じた、「違和感がないという違和感」の正体を。

私は、するすると、左手を覆っていた包帯を解いた。


「ああ…サ、ヤ嬢…」


目に涙を溜める彼に、罰を下して欲しいと願っていたように見えた彼に、もういいんだよって、平気なんだよって、一番に伝えたかった。


左手の人差し指と中指。

――切断されたはずのそれは、元通りに繋がっていた。

確かな傷跡を残して、自由に動かせるようになっていた。


そして、その二本の指を立てて、安心させるように笑ってみせた。

私と、つるさんのお気に入りの、ピースサイン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。