第34話
しばらく泣き続けて、やっと落ち着いたと思う。
頃合いを見て、イーゴンさんが様子を見に来てくれた。
「…イーゴンさん、ごめん、もう大丈夫だから。」
「はい。
はは、目が真っ赤ですよ。」
「ちょっと、やめてよ…もう。」
イーゴンさんの優しい笑顔、安心する。
あの橋の袂で合流してから、彼がこんな顔をするのは初めて見た。
ずっと、張り詰めていたから、疲れさせちゃったよね。
前方で、何事かと様子を伺っている東郷さんと松吉くん。
歩いている途中に、突然大泣きしたのを見られたのが、ちょっと恥ずかしいけれど。
次の休憩の時、セラの話を聞いて欲しいな。
どれだけ、彼女が凄かったのかを。
「真白殿、その、お身体の具合は…?」
「ごめんね、松吉くん。
もう平気だから!」
松吉くんは、冷や汗をかきながら、私を心配してくれた。
純粋な子だと思う。
私は、なんというか、自分が守る側に立ちたいという意識を、彼を通じて持っている気がする。
歳下の松吉くんは、多分私なんかより剣士として優れているけれど、それは別として、だ。
つるさんもイーゴンさんも、こういう気持ちを私に向けていてくれたのかな、と妙に納得した。
そして、守れるなら私は傷ついても、死んでもいい、なんていう格好つけも、もう正しいこととは思えなくなっていた。
私の左手を見るつるさんの悲痛な顔を、イーゴンさんの自分を責めるように苦しむ姿を、もう見たくない。
もう、そんなことはさせたくない。
それに、やっぱりセラにも申し訳ないから。
「…真白さんは、ここへ来るべくして来たのでは、ありませんね。」
道中、東郷さんがそう言った。
鋭い人だ。
けれど、私が生者であることは、まだわかっていないと思う。
「…はい。
私も、どうして楽土に招かれたのか、わからないんです。」
「剣に生きたのでもなく、剣を手放さずに死んだのでもない。
……どうにも、あなたはこの楽土に収まらないように見える。」
今更だけれど、東郷さんは十七歳の私に敬語で接してくれる。
私は二〇〇八年生まれだし、厳密には東郷さんと同じ時代に生きてはいない。
「あの、東郷さん。
敬語じゃなくてもいいですよ。」
「…いいえ。
あなたからは、尊敬すべき所が多く見られる。
これは、私なりの敬意です。」
「そ、そうですか?
どういう…」
私なんかに、尊敬する部分があるのだろうか。
尊敬…うーん。
「さやは、賢いですからね。」
つるさんからの思わぬ援護射撃だ。
現代の知識を、つるさんの前で得意気に話すのも考えものかもしれない。
褒められるのは、なんだかむずむずする…
「真白殿の流派は、なんという名なのですか?」
松吉くんからの質問に、私は即答できなかった。
私は、つるさんに剣の構えを、セラに防御とカウンターの心構えを、それぞれ教わっている。
なになに流、というのは、多分ないと思う。
「えっと、つるさんの流派、になるのかな?
なんていう名前なの?」
「名は……教わりませんでしたね。
頼光さまにご指南を賜りし折、源氏の家伝の物とだけ、伝えられた覚えがあります。」
「源頼光…
酒吞童子を退治したとされる…」
「源氏、でございますか…?」
東郷さんと松吉くんは、かなり驚いた様子だ。
私が知らないだけで、つるさんの主君の頼光さんは、やはり有名人らしい。
つるさんの生前のお話は、私もかいつまんでしか聞いていない。
隣を歩く松吉くんを見ると、つるさんに興味が尽きないといった表情だ。
礼儀正しくて大人びているけれど、こういうところは子供っぽいみたい。
「想像を絶する大きさですね…」
イーゴンさんは首を真上に曲げて、そびえ立つピラミッドを興味深そうに観察していた。
確かに、とんでもない大きさだ。
けれど、本物のピラミッドを直接見たことがない私は、実際のスケールがわからなかった。
遠くから見ていた時は、いっそのこと、積まれている巨大な石を乗り越えて、戦闘を回避しつつ奥へ向かえないかと、甘く考えていた。
けれど、間近で見ると、外から越えていくのは到底不可能だろう。
転落死の可能性がある私では、とても登れそうにない。
もういつでも、内部に突入できる所まで来ていて、最終準備を進めている。
つるさんと東郷さんが前衛で、エジプト剣士を抑える。
相手が単独なら、私たちは後方で待機するのみだけれど、二人以上の増援が出たら、ピラミッドから撤退する、という作戦だ。
私は剣を握れないし、戦力にはならない。
けれど、増援が来た時に、イーゴンさんの近くにいないと危険だろうということで、ピラミッド内部にも同行する。
「東郷さん、中は迷路になっていたんですか?」
「…そういえば、テレビ番組で見たような、複雑な道ではなかった。
何度か曲がり角があるだけの、平坦な道の先に、あの剣士が待ち構えていました。」
「あ、本物じゃないってこと、なのかも?」
王様の棺が置かれている場所には、様々な副葬品が、共に眠るという。
宝物の盗掘を防ぐために、ピラミッドというのは、物理的に人が入っていけない構造になっていると、以前なにかで見た覚えがある。
すんなり中へ入っていけるなら、お墓としての機能は無いのかもしれない。
そして遂にピラミッドへ侵入していく私たち。
中はイメージ通りというか、事前に聞いていた通りに道が狭くなっている。
一列に並び、前から、つるさん、東郷さん、松吉くん、私、イーゴンさんだ。
薄暗い内部を、何度か曲がり角を経由しながら進んでいく。
柔らい砂地の地面で、足が沈むせいで思ったよりも体力を奪われる。
壁に手をつくと、砂がぽろぽろと崩れるように落ちて行った。
長い時間をかけて、風がここまで、砂を運んだのだろう。
しばらく歩き続け、開けた場所に出た。
上の方から光が一筋差していて、とても幻想的な風景だ。
――その光の先に、一人の男。
彼が、王墓の番人。
エジプトの剣士であることは、明白だった。
顔は静かだった。
怒っても、笑ってもいない。
ただ、こちらを見ている。
――見られている、というより量られている。
そんな感じがした。




