第33話
登り切った先、また緩やかに下り坂となってはいるけれど、道の先には見覚えがある建造物が見えた。
…しかし、流石に場違いというか、砂漠の真ん中にないとおかしいものだった。
「ピラ、ミッドだ。」
「あの三角の石山を、知っているのですか?」
「うん。
エジプトっていう国の、王さまのお墓なの。
中は迷路みたいになっていて、王さまと一緒に埋めた宝物を、盗まれないようにしてるんだよ。」
「太古の王の墓、巨大な石の山…歴史書で読んだ覚えがあります。
まさか、この目で見られるとは…」
イーゴンさんは、幼い頃は学者さんを目指していたと、以前教えてくれた。
彼の時代のイングランドにも、ピラミッドについて書かれた歴史書や、文献のような本があったようだ。
雄大なピラミッドを見ていると、楽土にいる現実を忘れてしまいそうだ。
けれど、私たちはすぐに、別の違和感を覚えた。
…人だ。
ピラミッドの方から、二人歩いてくる。
もう、すぐそこだ。
「サヤ嬢、下がって。」
私はイーゴンさんの陰に隠れるような形になったが、相手のことが気になって、半身を陰から出して観察した。
二人組の内、片方は、子供だ。
前髪が垂れ、後ろ髪は高い位置でまとめられているが、どこか幼さが残る結い方だった。
もう一人は、五十歳くらいの男性だ。
短めの髪型で、かなり現代的な印象がある。
二人はどちらも、多分日本人だと思う。
「セーラー服…?」
「え!」
五十歳くらいの男性が、私をちらりと見て、驚愕の声を上げた。
この服を知っていて、セーラー服と呼ぶということは、私とかなり近い年代の人に違いない。
「い、イーゴンさん、お話させてくれない?」
「…わかりました、しかし、この距離のままですよ。」
「さや。
必要な話のみをなさい。」
「うん…
あ、あの!私、二〇二五年の日本から来た、真白さやって言います!
あなたは、何年から、来たんですか…?」
「二〇二五年…そうですか、では私から見れば未来のお人ですな。
私は、東郷恒一といいます。
二〇〇三年に、病で倒れ、ここへ来ました。
松吉、挨拶を。悪い方たちではないようだ。」
「は、はい!
拙者は、松屋の松吉と申します!
年は十二で、東郷殿の受け売りですが、戦国の時代の人間、です。」
「東郷さんと、松吉くん。
よろしくお願いします!」
言葉と態度から、悪意は見えない。
不思議と、信用できる二人だと思った。
それは、つるさんもイーゴンさんも同じ気持ちのようで、少し警戒はしているみたいだけれど、空気は張り詰めていない。
初めて、私の時代の倫理に近いものを持った人に会えた。
平成から来た東郷さんと、戦国時代から来た松吉くん。
この二人のことが、もっと知りたい。
山道の頂上で、地面にそのまま座り込んで、簡単にお互いの自己紹介を済ませた私たち。
つるさんもイーゴンさんも、少年を見たのは初めてだという。
「拙者は、辻斬りに合い、死んだのだと思われます。
母を守るため、最後まで戦いましたが、力及ばず…」
「さようでしたか。
母を庇い、最後まで立った。
……立派でしたね、松吉。」
いきなり松吉くんの死因の話となった。
当たり前だけれど、ここにいる以上は、皆一度は死を経験しているものだ。
当然、私以外は、だけれど。
松吉くんを、つるさんが褒めている。
それを見て、つるさんの心の危うい状態を、この子が自然に整えてくれるかもと、勝手に期待している。
東郷さんの腰の物について気になったので、尋ねてみる。
「それ…木刀ですか?」
「はい。
道場で死んだ時、まだ手に握り締めていた物です。
二十年以上使い込んだ、我が手足と言えますな。」
見ると、真剣でいう柄の部分が、擦り減って細くなっている。
赤樫という木材で作られた、頑丈な物なのだそうだ。
けれど、この楽土で木刀は役に立つのだろうか。
道場で死んだ、と東郷さんは言ったけれど、病気なのに無理をした、ということなのかもしれない。
「…なるほど。
もし木剣が、”剣”としてこの地に認められるなら、破壊不能な打撃の剣となる。
これは盲点でした…」
イーゴンさんの納得したような言葉に、東郷さんが頷く。
「ええ。
楽土に来てから真剣と打ち合ったことも幾度かありますが、傷一つありません。
ここでは、最も使い慣れたこの木刀が、頼れる相棒ですね。」
短い時間で、私たちは、信頼関係をある程度築けていると思う。
この二人は、人柄が良い。
威圧感もなく、声色も柔らかで優しげだ。
つるさんもイーゴンさんも、ほぼ完全に警戒を解いているし、東郷さんと松吉くんも、緊張はしていない様子だ。
忌助さんたちとは違い、利害の一致などではなく、本当に仲間として同行できそうな、そんな希望さえある。
けれど、一番重要なことはまだ、言えていない。
…私が、生者であることだけは。
そもそも、ピラミッドの方から歩いてきた二人だ。
あそこには、なにがあったのか聞いてみる。
「…かなりの使い手がおり、引き返した次第です。
エジプトの剣士と思われますが、私と松吉では恐らく分が悪いかと。」
「エジプトの剣士…
ちょっと、想像つかないかも。」
「大きく曲がった剣を持っていました。
リーチはこの木刀と同程度でしょう。
近づかず、遠目で観察したのですが、こちらと目が合っていたのに襲っては来なかった。
しかしあれ以上近づいていれば、戦いになっていた可能性はあります。」
「…あの異邦の剣士は、相当な手練れかと存じます。
年の頃は四十程かと。
なにやら、言いようもない圧のようなものを、感じ申した。」
二人の証言から考えるに、この先に進むにはピラミッドを通り抜ける必要がある。
そして、接近すれば襲ってくる可能性のある、エジプトの剣士の対処をしなければならない。
けれど、私にとっては進む以外の選択肢はない。
そしてそれは、戦いが避けられないということだ。
「つるさん、どうしよっか。」
「理解しておるはず。
我らは先に進むのみです。」
「王墓の剣士を相手取るならば、一度偵察に向かうのも良いかもしれません。
私が行ってきましょう。」
「え、ひとりじゃだめだよ…
もしかしたら、近づかなくても襲ってくるかもしれないし。」
東郷さんの話では、近づかない限りは大丈夫だということだった。
けれど、相手は人間なんだし、なにかの気まぐれで、イーゴンさんが襲われる可能性はある。
それに、二人を疑うわけではないけれど、エジプトの剣士が単独とも限らない。
そこは、イーゴンさんもよくわかっているはず…
「…真白さん。
私たちも同行しましょう。良いな、松吉。」
「は。東郷殿。
この御方たちに、協力差し上げたいという気持ちは、よくわかります。」
「え、いいの…?」
打算があって、今の話をしたわけではない。
けれど、二人の善意が得られたようだ。
とても心強かった。
「しかし、私には複数での戦闘はほとんど経験がない。
松吉も体格差があり、不利でしょう。
実際に役に立てるかは、わかりかねます。」
同行することには好意的な東郷さんだが、自分が持てる役割を模索しているようだ。
松吉くんの方は、私からすれば戦って欲しいとは思わない。
彼の生き様をほんの少し聞いたけれど、危険な目には遭って欲しくないし、傷つくのを見るのも嫌だ。
「東郷殿と私の二人で相手をしましょう。
私が主勢となり、東郷殿には脇を固めてもらいます。」
つるさんの案で、東郷さんとのペアが成立したようだ。
こういう時、作戦を即座に立てられるのは、本当に頼りになる。
「…鶴の一声、だね。」
「ふっ…はっはっは!」
「そんな、に面白く…あっはは!」
東郷さんと二人、大笑いしてしまった。
よくわかっていないイーゴンさんと、松吉くん。
そして、白い目で私を見る、つるさん。
こういう雰囲気は、本当に久しぶりだ。
ピラミッドまでの道のりは、約一時間程だったと、東郷さんは言った。
出発して、なるべく消耗しないようにペース配分をしつつ、進んでいく。
戦いになるのは確実だけれど、負ける気はしない。
私以外に怪我人はいないし、なにより、つるさんが出るのだ。
「さや。くれぐれも、いごん殿の前に出てはなりませんよ。」
「うん。つるさん、気を付けてね。
エジプトの剣、破軍の時みたく、私が情報を持っていれば良かったんだけど…」
「あの折、さやの申した長柄の特徴は、私の戦を大いに利のあるものとしました。
お利巧でしたよ。」
「……もう、褒め過ぎだって。」
「あら。
真っ赤なお顔。
せら殿にも見せてあげたいものです。」
「…うん、そうだね。」
つるさんの口から、セラの名前を聞いたのは久しぶりだ。
なんとなく、つるさんはセラの死を乗り越えた、という風に感じた。
私は、実際のところ、どうなんだろう…
寂しいし、悲しいけれど、私がセラのことを忘れなければ、彼女は消えちゃったりしないんだって、少し思えるようになってきた。
ずっと、大好きだよ、セラ。
……そっか。
「つるさん。」
私は、前を歩くつるさんの袖を掴んで、引き留めた。
「どうしたのですか?」
「前に、二人きりの時にさ…
私が、もう下に降りようって言ったこと、あったよね。」
つるさんは私に向き直り、なにも言わずに私の言葉を待ってくれている。
「それで、つるさんは、二度とそんなこと言うなって、私に言ったでしょ。
…意味はわかるよね、って。」
「…ええ。」
「ごめんね、つるさん。
今、やっとわかったよ。
私が諦めて下に降りるのも、死んじゃうのも…」
そうだ、本当はわかっていたはずなのに。
「セラがしてくれたこと、全部無駄にする行為なんだって。
セラが守ってくれた命を、捨てるようなものなんだって…」
「そなたは、初めからちゃんとわかっていたはずです。
心に蓋をして、それが見えなくなっていたに過ぎません。」
「そう、なのかな。
セラに、呆れられちゃうよ…」
「せら殿は、そなたを誇りに思っておいででした。
あの強き守り手は、さやをずっと、見てくれていますよ。」
涙が出た。溢れて、止まらなかった。
長い時間をかけて、やっと。
謝るばかりだった私は、やっと…
セラにちゃんとお礼を言えるようになったと思う。
少しだけ、まだ痛くなってしまう胸を押さえながら。
ありがとう、セラニール。
私の命を、守ってくれて。




