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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華
4/6

第3話

巨大な建物の中に入ると、そこは日本家屋のような内装となっていた。

古い武家屋敷のような出で立ちで、板張りになっている床の木目に懐かしさすら覚え、少し息をつけたように感じる。

日の光が照り返す浜辺にいて、目が慣れていないのもあり、奥の方はよく見えない。

外からの光が辛うじて入っている範囲の中で、イーゴンさんは立ち止まった。

ここへ入る前に感じた気配の主が、そこにいた。


「なんや、同郷どうきょうか。」


「これは、アサクラ殿。」


声のした方を見ると、空色の羽織を着た男と目が合った。

ぼさぼさの髪を後ろでしばっている、強面こわもての大男だ。

それだけではなく、遠巻きに何人もの目線が私に向かっている。

皆それぞれ、フィクションの登場人物のようで、戦う事を生業なりわいとしているような衣装を身にまとっていた。

国籍や文化はバラバラで、全員が男性であること以外は、統一感がない。

いや、たったひとつだけ共通点があった。

――剣だ。

男たちは皆、一様に剣を下げているのだ。


「日本人はいくらでもおるが、女は珍しい。」


アサクラと呼ばれた男は、表情を変えずに、野太い声で続けた。

けれど、その容姿からくる迫力と圧力もあって、私は身をすくませてしまった。


「これから、あの女史じょしのもとで休ませます。では、失敬。」


短く会話を切り上げ、イーゴンさんは先を急ぐように、私の手を引いた。

その時だった。


「お前、足、どうした?」


私は、反射的に自分の足を見た。イーゴンさんも、同時に首を傾けたのがわかる。

見ると、右脚の側面から、血がだらだらと流れていて、スニーカーを赤黒く汚しつつあった。

大きくはないが、深い傷なのだろう。

怪我をしていると気づいた瞬間、遅すぎる痛みが襲ってきて顔をしかめる。


「斬られたのですか!?」


イーゴンさんは片膝立ちとなり、私の脚を凝視ぎょうししている。その雰囲気は一変し、周囲に緊張を走らせた。

しかしその質問は、私には理解できず、整理が追い付かないままで、二人の会話は一歩も二歩も先を行くようだった。


「……どう見ても、刀傷かたなきずと違うやろう。」


アサクラさんがそう言うと、沈黙が訪れた。

イーゴンさんは驚愕きょうがくの表情で、口を半開きにしている。

確かに、刀というか、刃物による傷には見えない。

とがった石とか貝殻のような、浜辺にありふれた鋭利さが生んだ傷に思える。

海水が染みて、もっと早く気が付いてもおかしくはなかったはずなのに…


「失礼!」


突然、私は抱きかかえられた。

イーゴンさんの肩にかつぎ上げられ、私の身体は、くの字に折れたまま宙にぶら下がった。

視界が逆さまになって、一瞬混乱する。

そして彼は、間髪かんはつを入れずに走り出した。

密着した身体が、大きく揺れる。全速力だ。


「な、なに!?」


しゃべらないで!」


自然と、私の視線は進行方向の後ろ側を向く。

見ると、アサクラさんが腰の物に手を添えながら、周囲を威圧するかのように構えている。

遠巻きに私たちを見ていた人たちは、緊張の面持おももちで、イーゴンさんとアサクラさんを交互ににらみ、警戒するようにじりじりと間合いを離していく。


穴が空くほどにこちらを見ている男たちの間を、大きな鉄の足音を立てて、イーゴンさんは走り抜けていく。

その間に、当初は板張りの日本家屋だった風景が、石造りの西洋建築に突然切り替わり、気温が下がったような錯覚を覚えた。

ほとんど荷物と化した私は、パニックになりつつあったが、左後方から飛び出してきた人影がそれを打ち消した。


「イーゴン殿!」


それは、軍服ぐんぷくのようなものを着た小柄な女性だった。

奇麗な金髪を後ろでまとめたその人は、イーゴンさんのすぐ後方に位置し、同じ速度で走って付いてくる。

細身の剣を腰に下げる彼女も、欧州系に見える。


「セラニール殿!

女史のもとへ急ぎます、話はあとで!」


「承知しました!」


短い問答を交わし、人波をかき分けて全速力で走る二人と、揺られる私。

セラニールと呼ばれた女性は、時折私に目線をくれ、汗ばむ顔で静かに微笑ほほえんだ。


――彼女を見ていないと。

目をらしてしまえば、おかしくなってしまう。

目をつぶればきっと、余計なことを考えてしまう。

…余計なものが、見えてしまう。


ずっと、ずっと、爛々《らんらん》と私をねめつける人たちの群れ。

…欲望に満ちた彼らの、恐ろしい視線を感じていたから。



五分ほどして、お寺の本堂に見える建物の前まで来た。

いつの間にか、西洋風の景色は、和風のものに戻っている。

かたむいた木造の階段を少し登り、道場のような広間へ出た。

畳張りの道場には、棚がたくさん並べられていて、何か、物資の倉庫のようにも見える。


「…いない、か。」


ここは、イーゴンさんの言う”女史”という人物の拠点きょてんなのだろう。

しかし、生憎あいにく今は不在のようだった。


「セラニール殿、彼女の手当てを頼みます。私は支度したくを。」


「はい!

では、こちらへ。」


私は段差になっている場所に座らされ、スニーカーと靴下を脱いで治療ちりょうを受ける。

セラニールさんは、慣れた手つきで脚の血をふき取り、包帯を手に取った。


「私は、セラニール・ラ・ヴァリエールといいます。

フランス人です。

尋常じんじょうでない様子だったので、勝手ながら同行しました。

少し、医療いりょう心得こころえがあるので、そこは安心してください。」


「あ、ありがとうございます。

私、真白さやって言います。

えっと…私、ここに来たばかりで――」


言いかけて、セラニールさんの表情が強張った。

傷口をじっと見て、難しい顔をしている。


「…足の傷は、刃物によるものではありませんね。」


「えっと…多分、そう、です。」


水で濡らした布で傷口を拭いてくれる。

包帯をきつく縛り、手早く治療に使った道具をまとめて、布袋にしまうセラニールさん。

私は靴下を履こうとして、そこで違和感があった。

靴下は、当然海水で濡れている。けれど、そこに染み込んだはずの血が、乾いている。

まるでそこだけ、切り離されたかのように。

…言い表せない不気味さに、思わず身震いしてしまった。


イーゴンさんは、大きめの袋にいろいろ詰めて、戻ってきたようだ。


「応急手当は完了しています。

足の傷は、思ったよりは深くありませんでした。

しかし、今は無理をさせず、背負ってでも距離を稼ぐべきかと。」


「賛成です。サヤ嬢、説明は後回しとさせてください。

…急がなくては。

女史の不在が露見ろけんすれば、あの者らが押し寄せてくるでしょう。」


「わ、わかり、ました。」


イーゴンさんの言う”女史”とは、いったいどんな人物なのだろう…

不在なことが発覚しただけで、怖い人が押し寄せてくる。

外にいた人たちが恐れるような、何か決定的に、別格の存在なのだろうか。


こんこん、と後方から扉を叩く音がした。

不意にした小さな音に、私は飛び上がりそうになった。

けれど、音のした方に顔を向ければ、見たことのある人が立っていて、わずかに安堵あんどする。

空色の羽織を着た大柄な男、アサクラさんだ。


悠長ゆうちょうにしとるのう。

ここいらのどもは、娘の値がわかって殺気立っとる。

…意外と、考える頭は持っとったようやな。」


私の、価値……


アサクラさんは周辺の状況を共有してくれている。

イーゴンさんの言った通り、道場の主の不在が発覚しない間は、比較的安全とのことだ。

でもそれも、時間の問題……らしい。


私はイーゴンさんに背負われ、着物かなにかの帯で固定してもらう。

セラニールさんはアサクラさんに、荷物が入った袋を手渡している。


「アサクラ殿、これを。

包帯と、手拭いを入れています。」


「おう、ばりえる。気が利くのう。」


「はは。セラで構いませんよ。」


彼は袋を身体に固定して、こちらに目線を流した。


浅倉涛庵あさくらとうあんや。日本人なんは、わかっとるな?

もう、もたもたしてられんぞ。はようせえ。」


「あ、真白さや、です…

え、でも、どこへ行くんですか?」


背負った私の方へ首を回したイーゴンさんと、目が合った。


「あなたの噂は広がりつつあります。

ですので、それが追い付けない速度で上層を目指します。」


噂…

どういう噂だろう。

私はどうして、狙われているんだろう。


疑問は尽きない。

質問はたくさんあるけど、それが許されない雰囲気で、状況は進んでいく。

流されるがままの私を、置いてけぼりにして。

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