第2話
剣に生き、命潰えるその時まで手放さなかった者たちが、 最後に流れ着く場所。
そう聞こえたはずなのに、意味はまるで理解できなかった。
きっと長い間、私は閉口したままになっていたと自覚する。
鎧の男は、ただじっと黙って、私が口を開くのを待っているようだ。
「あの、私…どうすれば。」
目に入るものは多すぎるのに、何一つ考えとしてまとまらない。
「その前に。
私は、アシュクームのサー・イーゴン。
…レディ、あなたのお名前は?」
わかることがひとつあった。
…自分の名前、それだけはわかる。
「真白さや、です。」
イーゴンさんは柔らかい表情を見せ、続けた。
「サヤ、というのですね。ここに女性が来るのは珍しいのです。
…ですが、ご安心を。
面倒を見てくれる人物に心当たりがあります。その方も、女性なのですよ。」
そう言ったあと、私から視線を外して、砂の上に置いた剣を、腰に巻いた革のベルトに吊り下げていく。素早く丁寧な動きは、慣れを感じさせる。
イーゴンさんは眉間にしわを寄せて、辺りを見渡すような素振りを見せた。
「……剣は、どうされたのですか?」
「え…えっと、いや、わかんない…です。」
まただ…また、剣。
当たり前みたいに、その言葉が出てくる。
「ここには使い手を失った剣が多く残されています。あなたが生前使っていたものと近いものが、きっと見つかりますよ。」
どうしてだろう…。私が、剣を使っていたことになっている。
イーゴンさんは作業を終えると、手を差し出した。
「立てそうですか?
少し、歩くことになります。
あなたさえ良ければ、背負って移動することも出来ます。」
私の準備が整うのを待ってくれている。
確かに、さっきまでと比べて、身体に力が入るようになってきた気がする。
けれど、身体の方は良くても、頭の整理はまだ全然追いついていなかった。
私は手を取って、立ち上がった。
こんな状況だけど、彼を待たせるのがなんだか申し訳なく思ってしまった。
ゆっくり、時間をかけて立ち上がり、歩き出してみる。ふらついたが、なんとか耐えられた。
けれど、身体に違和感があるのが無意識にわかった。
歯がかちかちと鳴り、肩が少しだけ震えている。
ここの気温は多分、低い方ではないと思うが、身体のほとんどが水に晒されていたために、体温が下がっているのだろう。
イーゴンさんは私の歩幅でいうと、二歩くらい先にいて、こちらを見ている。
「あ…ごめん、なさい。すぐ…」
彼は、訝しむように私をじっと見ていたが、ふと表情を柔らかくした。
「ゆっくりで構いませんよ。
時間はたっぷりと、ありますから。」
親切な人だなと呑気に考えていると、イーゴンさんの顔が、一瞬で険しいものになり、腰の剣に手を添えている。
ほんの少し、金属が擦れる音を立てて、白刃が鞘から顔を出し、鈍い輝きを発した。
素早く、躊躇いのない、洗練された動き。
「っ…」
私は声を失い、緊張した身体は固く強張ってしまう。
彼の腰の物が、本物の刃物かどうか、気にしている余裕は無かった。
ただ、彼の気迫というのか、理由もなくここに立っていてはいけないと、身体が理解してしまう圧のようなものに、ひるんでしまっていた。
私は一歩、二歩と、緩慢すぎる動きで後ろに下がって、距離を取ろうとするも、上手くいかない。
イーゴンさんはしかし、こちらを見てはいないことに、やっと気づいた。
少し遠くの方。
――あの独創的な積み木から、重い音が響いてきている。
ごんごんと、何か争うような、危険な気配がする音だ。
彼は、身体を私の方に向けたまま、右手で剣に手を掛け、首だけは建物の方へ回している。
「…終わったようです。」
剣を鞘に戻し、彼の気迫は霧散した。
さっきまでの圧が、嘘のように立ち消えていく。彼にとっては、なんでもない日常かのように見えた。
ではいきましょう、と短く発して、イーゴンさんは歩き出す。
私は、緊張を解けずにいたが、置いていかれてはまずいと、彼の背を追った。
歩きづらい砂浜を、ゆっくりと進んでいく。
すると、半分砂に埋もれた物体が、進行方向にあるのが見えた。
黒っぽいなにかの袋のように見えた”それ”は――
「えっ…」
それは、倒れている人間だった。
ぴくりとも動かないその人は、こちらに後頭部を向けていて、表情を見る事は出来ない。
一瞬、立ち止まった私は、その人に声をかけるかどうか迷っていた。
けれど、イーゴンさんは――
どんどん、歩みを止めずに進んでいく。
「あ、の…」
彼はほんの一瞬、倒れている人の方へ視線を向けた。
しかし、すぐに前へ向き直り、何事もなかったかのように歩き出す。
今は、私を優先してくれているとか、そういう雰囲気とは思えない。
その時、倒れている人物の身体にかかった砂が、ぽろぽろと崩れた。
離れて行くイーゴンさんと、倒れた誰か。
立ち尽くす私は、それでも彼について行くしかなかった。
建物は、近くなってきている。
しかし、近づけば近づくほどに、距離感がおかしくなってしまいそうだ。
外から全容を掴めない巨大な塊。中へ入れば、入り込んでしまえば、二度と出られなくなるのではないか。
一歩進むたび、そんな不安がどんどん大きくなっていった。
いくつか、出来損ないの鳥居のような構造物をくぐる。砂浜にこんな物があるのが、すごくミスマッチだ。
無理に動いているせいか、呼吸が荒くなってきていて、身体がとても重い。
さっきの事があってから、イーゴンさんは一言も発しないままだ。
空気がどんよりと、まとわりついてくるように感じた。
建物には扉のような物はなく、石造りの門構えになっていた。
お寺の入口に似ているけれど、石の積み方が和風建築のそれとは違うようで、不自然に感じられる。
なんとなく、歓迎されていないと拒否感を抱く造りに思えた。
中を覗くと、そこは薄暗い。
それでいて、人間の気配といえばいいのか、息づかいのような微かな音が、ここまで届いているのを感じる。
この中がどうなっているのか、わからない。
ただ、外よりは安全だと。
そう、信じたかった。




