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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華
3/7

第2話

剣に生き、命(つい)えるその時まで手放さなかった者たちが、 最後に流れ着く場所。

そう聞こえたはずなのに、意味はまるで理解できなかった。

きっと長い間、私は閉口へいこうしたままになっていたと自覚する。

鎧の男は、ただじっとだまって、私が口を開くのを待っているようだ。


「あの、私…どうすれば。」


目に入るものは多すぎるのに、何一つ考えとしてまとまらない。


「その前に。

私は、アシュクームのサー・イーゴン。

…レディ、あなたのお名前は?」


わかることがひとつあった。

…自分の名前、それだけはわかる。


真白ましろさや、です。」


イーゴンさんは柔らかい表情を見せ、続けた。


「サヤ、というのですね。ここに女性が来るのは珍しいのです。

…ですが、ご安心を。

面倒を見てくれる人物に心当たりがあります。その方も、女性なのですよ。」


そう言ったあと、私から視線を外して、砂の上に置いた剣を、腰に巻いた革のベルトに吊り下げていく。素早く丁寧ていねいな動きは、慣れを感じさせる。

イーゴンさんは眉間にしわを寄せて、辺りを見渡すような素振りを見せた。


「……剣は、どうされたのですか?」


「え…えっと、いや、わかんない…です。」


まただ…また、剣。

当たり前みたいに、その言葉が出てくる。


「ここには使い手を失った剣が多く残されています。あなたが生前使っていたものと近いものが、きっと見つかりますよ。」


どうしてだろう…。私が、剣を使っていたことになっている。

イーゴンさんは作業を終えると、手を差し出した。


「立てそうですか?

少し、歩くことになります。

あなたさえ良ければ、背負って移動することも出来ます。」


私の準備が整うのを待ってくれている。

確かに、さっきまでと比べて、身体に力が入るようになってきた気がする。

けれど、身体の方は良くても、頭の整理はまだ全然追いついていなかった。


私は手を取って、立ち上がった。

こんな状況だけど、彼を待たせるのがなんだか申し訳なく思ってしまった。


ゆっくり、時間をかけて立ち上がり、歩き出してみる。ふらついたが、なんとか耐えられた。

けれど、身体に違和感があるのが無意識にわかった。

歯がかちかちと鳴り、肩が少しだけ震えている。

ここの気温は多分、低い方ではないと思うが、身体のほとんどが水にさらされていたために、体温が下がっているのだろう。


イーゴンさんは私の歩幅でいうと、二歩くらい先にいて、こちらを見ている。


「あ…ごめん、なさい。すぐ…」


彼は、いぶかしむように私をじっと見ていたが、ふと表情を柔らかくした。


「ゆっくりで構いませんよ。

時間はたっぷりと、ありますから。」


親切な人だなと呑気のんきに考えていると、イーゴンさんの顔が、一瞬で険しいものになり、腰の剣に手を添えている。

ほんの少し、金属が擦れる音を立てて、白刃はくじんが鞘から顔を出し、鈍い輝きを発した。

素早く、躊躇ためらいのない、洗練せんれんされた動き。


「っ…」


私は声を失い、緊張した身体は固く強張こわばってしまう。

彼の腰の物が、本物の刃物かどうか、気にしている余裕は無かった。

ただ、彼の気迫というのか、理由もなくここに立っていてはいけないと、身体が理解してしまう圧のようなものに、ひるんでしまっていた。

私は一歩、二歩と、緩慢かんまんすぎる動きで後ろに下がって、距離を取ろうとするも、上手くいかない。

イーゴンさんはしかし、こちらを見てはいないことに、やっと気づいた。


少し遠くの方。

――あの独創的どくそうてきな積み木から、重い音が響いてきている。

ごんごんと、何か争うような、危険な気配がする音だ。

彼は、身体を私の方に向けたまま、右手で剣に手を掛け、首だけは建物の方へ回している。


「…終わったようです。」


剣を鞘に戻し、彼の気迫は霧散むさんした。

さっきまでの圧が、嘘のように立ち消えていく。彼にとっては、なんでもない日常かのように見えた。

ではいきましょう、と短く発して、イーゴンさんは歩き出す。

私は、緊張を解けずにいたが、置いていかれてはまずいと、彼の背を追った。


歩きづらい砂浜を、ゆっくりと進んでいく。

すると、半分砂に埋もれた物体が、進行方向にあるのが見えた。

黒っぽいなにかの袋のように見えた”それ”は――


「えっ…」


それは、倒れている人間だった。

ぴくりとも動かないその人は、こちらに後頭部を向けていて、表情を見る事は出来ない。

一瞬、立ち止まった私は、その人に声をかけるかどうか迷っていた。

けれど、イーゴンさんは――

どんどん、歩みを止めずに進んでいく。


「あ、の…」


彼はほんの一瞬、倒れている人の方へ視線を向けた。

しかし、すぐに前へ向き直り、何事もなかったかのように歩き出す。

今は、私を優先してくれているとか、そういう雰囲気とは思えない。


その時、倒れている人物の身体にかかった砂が、ぽろぽろと崩れた。

離れて行くイーゴンさんと、倒れた誰か。

立ち尽くす私は、それでも彼について行くしかなかった。


建物は、近くなってきている。

しかし、近づけば近づくほどに、距離感がおかしくなってしまいそうだ。

外から全容を掴めない巨大な塊。中へ入れば、入り込んでしまえば、二度と出られなくなるのではないか。

一歩進むたび、そんな不安がどんどん大きくなっていった。


いくつか、出来損ないの鳥居のような構造物をくぐる。砂浜にこんな物があるのが、すごくミスマッチだ。

無理に動いているせいか、呼吸が荒くなってきていて、身体がとても重い。

さっきの事があってから、イーゴンさんは一言も発しないままだ。

空気がどんよりと、まとわりついてくるように感じた。


建物には扉のような物はなく、石造りの門構えになっていた。

お寺の入口に似ているけれど、石の積み方が和風建築のそれとは違うようで、不自然に感じられる。

なんとなく、歓迎かんげいされていないと拒否感を抱く造りに思えた。


中を覗くと、そこは薄暗い。

それでいて、人間の気配といえばいいのか、息づかいのような微かな音が、ここまで届いているのを感じる。

この中がどうなっているのか、わからない。


ただ、外よりは安全だと。

そう、信じたかった。

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