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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第31話

最悪な気分を晴らすこともできずに、廊下を進んでいく。

後ろから、時折悲鳴が聞こえてくる。

あそこでつるさんかイーゴンさんが、あの男を殺していれば、今の悲鳴はなかった。

けれど、私はこの二人に、あんな奴を殺すようなことは、絶対にして欲しくない。

二人の生涯をかけた剣で殺すには、あの男は余りにも下劣すぎる。


私が万全なら、私が殺し――

……変なこと考えてるかも、私。

いらいらする。


「…ごめん、休憩、したい。」


「あ、サヤ嬢…

これは、失礼を。そこの部屋を調べます。少しお待ちを。」


前の休憩から、体感で二時間ほどしか経っていないけれど、精神的に疲れてしまったのかもしれない。

体力をかなり奪われたようで、眠気も少しある。

むしゃくしゃした態度を、イーゴンさんに向けてしまったことを、今さら後悔した。


「この部屋は、片方の扉が開かないようですね。

入口はひとつ。ここで休憩としましょう。」


学校の教室のように、部屋の前後に引き戸がある部屋。

教室の中は、木造の内装になっていて、スクールバッグくらいの大きさの角材が散乱していた。

壁際に角材を寄せていき、それに腰掛けると、壁にもたれかかる体勢になって、かなり楽だ。

少しだけでも、心を落ち着ける時間が欲しかった。

すると、右隣につるさんが腰掛けて、座高を調整してくれた。

私の頭が、つるさんの肩に預けられるように、高さを合わせてくれたのだ。

私は、つるさんに甘えるように、首を傾けて体重を預けた。


「つるさん、私、これからどうしよう?」


「…どうするも何も、上を目指すのみでしょう。」


「そうじゃなくて、戦闘になったら、だよ。

私、何の役にも立てない…剣も、握れないし。」


「……剣を持って立つことだけが、そなたの役ではありません。

今は、傷を癒しなさい。

さやとこうしているだけで、私は気持ちが安らぎます。」


「それは…私も、そうだけど…」


剣を持てなければ、盾になれるのは一度きりだ。

戦闘に入る資格すらない私は、ここに居場所が無くなってしまうような気がしていた。

でも、そこまで言葉にしてしまうのが、怖かった。

つるさんは、それでもいいって、言ってくれるかもしれないけれど。

イーゴンさんは、黙って護衛を続けてくれるかもしれないけれど。

見捨てられたら、どうしよう…って。

二人を疑うようなこと、考えちゃだめなのに。


急速に眠気がやってきた。

つるさんは、怪我をしていない右手を、握ってくれている。


「つるさん…イーゴンさん、ちょっと寝るね…」


「はい、サヤ嬢。

時間のことは、お気になさらず。」


「おやすみなさい、さや。

つるは、ずっとここにおりますよ。」


「うん…あり、がと。

大好き、皆…」


初めて好意を、はっきり口にしたと思う。

けれど、それが見捨てられないための、孤独を恐れる私の懇願《こんがん》であったことは、二人に伝わってしまっただろうか。

情に訴えて、役立たずの私を置いて行かないでと、そう縋《すが》り付いているようで。

打算があるような、自分の醜《みにく》さが嫌だった。

―――ね、む…


*


…眠ったか。

この部屋は防衛に適しているが、先程の男がまた現れれば、サヤ嬢の心を乱すだろう。

次は、容赦なく殺す。

サヤ嬢の負担になる要因は潰していく他ない。

ツル殿も、相当に疲労困憊(こんぱい)といった様子だ。

私が警戒を怠らなければ、二人は休めるだろう。

気を緩めてはならない。

楽土の頂上へ辿り着くまで、一秒たりとも。


死んで楽土へ来た後に、これ程の後悔に苛《さいな》まれるとは思わなかった。

どうして、生前にもっと鍛錬を積まなかった。

ポワティエを生き残れば、まだ少し成長の余地はあったはずだ。

どうして、死んだその時に、盾を手放していた。

私が盾を使えば、あの太白の猛攻をほぼ完全に凌《しの》げていたろう。

サヤ嬢が私を庇《かば》うことも、無かった。

生前そうしていたように、前進して圧し潰し、サヤ嬢をもっと後方に下げることも容易だったはずだ。

どうして、どうして、どうして…


剣が届く範囲なら、守れると思っていた。

…驕《おご》り高ぶった考えだ。

私の過信が、彼女に消えない傷を刻み込んでしまった。

取り返しのつかない痛みを、彼女に。

なぜ、私はこんなにも不甲斐ないのか…


私が不在でなければ、セラ殿も命を拾えていた可能性はあったろう。

仕方のないことだとは、思わない。

あの闇の水の部屋の先へ、這ってでも進んでいれば、私がどうなろうともセラ殿を逃がせたかもしれない。

いいや、それ以前に、あの黒い肌の友を説得し、味方として同行できていれば、さぞ心強い味方となったろうに…

名も知らぬ友よ、すまない…


サヤ嬢の指を見たら、セラ殿はなんと言うだろうか。

彼女を慰め、共に涙を流し、心を癒して…

そして、私を、強く糾弾《きゅうだん》したであろうか。

誰でもいい、誰か…

私を罰して、何もかも、赦《ゆる》さないで欲しい。


血の滲《にじ》む左手の包帯は、交換することも叶わない。

もし、指が繋がらなければ…

サヤ嬢はそれでもきっと、後悔しないだろう。

けれど私は、ツル殿は、耐えがたい苦しみを胸中に抱えたまま、永遠に吐き出すこともなく、苛《さいな》まれ続けるだろう。

何者かの剣以外で、この永劫《えいごう》の苦しみを終わらせる術《すべ》はない。

けれど私が死ねば、もう彼女を守る壁は一枚だけとなる。


…それに、彼女の心は、今度こそ本当に死ぬだろう。

現世に戻って、サヤ嬢が生者として生きていくには、私たちは頂上まで、生存したままに進むしかない。

送り返したその後は、自らに罰を下すのみ、か。


眠る直前の、彼女の一言。

私には、それを受け入れる資格はない。

皆、と言ったが、ツル殿はもちろんセラ殿、それにアサクラ殿も含まれていたのだろう。

私たちの雰囲気を、この暗い空気を、これ以上重くしないために、そう言ったに違いない。

優しい声で、いつも自分より他人を心配して。


贖罪《しょくざい》が叶うなら、私の命と引き換えに、彼女の心と、傷を癒して欲しい。

全てが終わった後、代償はお支払いしましょう。

この昏《くら》き楽土に、もしいずれかの神が存在するならば。

どうか、我が願いを、聞き届けたまえ。

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