第30話
空気が、張り詰めた。
けれど、私よりもずっと、つるさんとイーゴンさんの方が緊迫した雰囲気だ。
悲鳴は、明らかにこの奥から聞こえた。
私を庇うように、二人が前に出た。
ほんのり明るい道を進むが、奥まで見えるほどではなく、この廊下はとても長いようだった。
「死体です。
先程の声の主かもしれません。」
廊下の小部屋側に、倒れ込む男の死体がある。
しかし妙なことに、血が出ていない。
背中を斬られていて、傷はとても深いようだけれど、死因は首元の傷だろう。
なにか、焼き切られたように黒ずんで塞がっている、普通の刀剣では明らかに付きようのない傷…
火傷に近いような、この世界では見たことがないものだった。
寒気がする、とても不気味な感覚がある。
死体を調べるつるさんの顔を見ると、いつもの真剣な表情に戻っている。凛々しい横顔だ。
「この傷、なんなんだろう…?」
「…赤熱した剣で斬り付けたように思えます。
私の大太刀でも、似たような事を幾度も致しました。」
真っ赤になるまで熱した剣で、斬られた傷…
一体、誰がこんなことを…
いや、そもそも、この楽土では――
「火は…起こせない…」
「然り。敵の正体は掴めません。
その剣も、極めて危険なものと考えられましょう。」
死体を調べても、結局ほとんど情報を得られなかった。
わかったのは、この先にいる敵は、普通ではないということだけ。
更に進むと、物音が奥から何度も響いてくる。
薄暗い空間に、悲鳴や争うような音。
本当に学校の中で、恐怖体験をしているような感覚だ。
遂に、長かった廊下は、突き当たりになった。
左右に分岐路が伸びていて、その先はどちらも冷たい闇が包んでいる。
そこには、さっきの男と同じ、焼き切られた傷を受けて死んでいる三人の男たち。
全員、背後から斬られているようで、うつ伏せで倒れている。
「…ほんの少し前に、殺されたようですね。
まだ温かい――
この傷、やはり熱を持っています。」
イーゴンさんは膝立ちになり、死体に触って様子を窺っている。
もちろん、周囲の警戒もしつつ、だけれど。
なにか、高温の物で斬ったというのは確実らしく、ますます正体がわからない。
火を起こせない楽土で、高温の物といえば、何だろう。
摩擦熱…?壁に剣を強く擦り付ける、とか…
そんな手間のかかることを、楽土の住人がするだろうか。
私の推理力では、これ以上はどうにもわからないようだ。
「敵は近い。
さや、離れないように。」
「うん…
つるさん、もし逃げられるなら、逃げようね…」
つるさんは、なにも言わなかった。
左右の廊下の左側に死体は転がっていた。
恐らく左に行けば、敵に近づくことになるだろう。
不意を突かれるよりは、こちらから仕掛けられる可能性を高めたいというのが、イーゴンさんの考えのようだ。
これも、少しイーゴンさんらしくないような気がした。
その時、一際大きい悲鳴が、左奥から響いてきた。
これまでで、最も近い。
数人が襲われているであろう絶叫で、私は恐怖に竦みそうになる。
つるさんも大太刀を抜き、構えを維持しつつ進んでいく。
二人の息遣いが、妙に耳に届く。
「な、に…これ…」
背筋が、冷たくなるのを感じた。
目の前で、足元の死体を見下している男。
その男は、なんというか――
近未来的な、戦闘用スーツのような衣服をまとっていた。
軽薄そうな顔をした、茶髪の白人。
ぴったりと身体のラインが浮き上がった、ビニールか何かの素材。
手元には、真っ赤に光る、刀身のない剣。
光の、剣だ。
SF映画に出て来る宇宙の剣士のような、余りにも場違いなその姿。
私がぎりぎり理解できる、近い時代からやってきたであろう男。
「ん?あれ、先制してこねーの?」
「あ、なた…何年から、来たの…?」
男は、私の言葉に反応を示した。
「お!?君も転生者なのか!?
いやー、嬉しいな!
ここさー、ちょっと殺風景すぎるよねー。
可愛いアバターだね、それ。」
「転、生……?」
「そうそう!百年くらい前に、ジャパンで流行ってたよねー。
あー、俺は、ゼロ・リスポーン!
クールだろ?
君、ハンドルネームは?どこのサーバーでプレイしてた?効率いい狩場知らない?」
名前…なのかよくわからない単語を発した男は、距離を詰めて来る。
私は、恐ろしくて動けなかった。
この男の言っていることが、理解できてしまったから、怖くて仕方がなかったのだ。
「近づくな。」
短く、低い声でイーゴンさんが威圧した。
つるさんも、寒気がするような空気をまとって、間合いに踏み込めば即座に始めるつもりなのだろう。
「お、おいおい!君の同行NPC、下げてくれよ~。
同じEEAプレイヤーだろ?協力しようよー。」
「……協力なんて、しない。もう、行って。」
私は、胸の中の嫌悪感を、消化できないままに、吐き出した。
「は~、なんだよ。
俺、世界王者だよ?チャンピオンだよ?
後悔すると思うけどなぁ。」
「あなたと話すことはなにもない。消えて。」
「はいはい、そうですかっと。
じゃあ行くけど、狩場が被っても文句言わないでくれよ?」
もう、一言だって話したくなかった。
気持ち悪い…
最悪な気分だ、吐き気すら覚える。
この楽土で、ある意味私よりも異常な存在。
ゲーム感覚で”狩り”を繰り返す、自覚のない猟奇殺人者。
無慈悲に、なんの理由もなく、楽土の住人が殺された。
あんな、奴に…
男は足早に去っていった。
私は…気分が悪くてその場に蹲ってしまった。
すぐに、つるさんが駆け寄ってくる。
「さや…?
敵は去りました。もう、心配はありません。」
「うん…
でも、気持ち悪くて…」
「…剣士ですらない、あのような者に殺されたこの者たちは、浮かばれませんね。」
「さや、あの者の申したこと、理解できたのですか?」
「うん…
遊びで……人殺し、してたんだよ。
私より未来の時代から来たんだと、思う。
この世界のこと、ゲームだと思ってる、おかしいよ…」
二〇二五年から来た私よりも、未来の人物。
転生モノのアニメを、百年前の流行りだって…
もう、いい……
どれだけ先の時代だろうと、知りたくない。
わかりたくも、ない。
「我らの殺気に気づく素振りもなく、平然とした態度に見えました。
あれでは、いずれ…」
「いごん殿。
引き返し、反対の道を進みましょう。」
胸の中を搔き乱す不快感が消えないまま、薄暗い廊下を引き返していく。
もう二度と、あんな奴の顔は見たくないと思った。




