第28話
「イーゴンさん…?
怪我、したの?大丈夫…?」
「あな、たはっ……何を…」
「さや!見せなさい!」
つるさんは私の左手を取り、傷を観察しているようだ。
きっと、握りが甘かったせいで、切れた指は刀の鍔から外へ出てしまっていたのだ。
太白の剣は小太刀に沿って、私の手元へ流れていき、指を切断した、ということだろう。
……けれど、名誉の負傷だ。
イーゴンさんを守れたから、私はそれでいい。
成長を実感した、と。
そう思うことにしよう。
だというのに、この雰囲気はなんだろうか。
「…真白さや。
やはりそなた、楽土におるべきではないな。」
「忌助さん…
雷蔵さんはっ…?」
「そなたが考えるところではない。
剣として、役を全うしたのみだ。
私も、雷蔵もな。」
忌助さんは、勝つために雷蔵さんを斬った。
まるで、道具みたいに、使った。
……でも雷蔵さんは、この人は、あんなに優しい目であなたのこと、見ていたのに。
「ら、雷蔵さんは、忌助さんのこと――」
その続きを言う前に、二人は消えていた。
ぐったりした雷蔵さんに肩を貸した忌助さんは、もう視界の端まで走り抜けていた。
じんじんと、左手に鈍い違和感が増してきている。
つるさんは、震える手で、私の指を持ってきた。
血まみれの、私の指。
なんだか、作り物みたいな質感に見えて、不思議な感じだ。
切れた指を、「元の位置」に戻して、一緒に包帯できつく縛る。
楽土での部位の欠損は、こうしていれば治るらしい。
…私の場合は、どうなんだろう。
音を立てて、イーゴンさんが膝から崩れ落ちた。
そのまま、俯いている。
「え、イーゴンさん!?
やっぱり、どこか怪我して――」
「私は、護衛失格です…」
それだけ言って、イーゴンさんはそのまま、動かなくなった。
「わ、私、イーゴンさんに怪我して欲しくなかったから、それで…
これまで助けて、もらってたし。
守りたかっただけ、で…」
イーゴンさん、すごく落ち込んでいる。
私、間違えちゃったのかな…
「……さや。」
「は、はい!」
つるさんの低い声。
怒られるかと、咄嗟に振り向く。そう思っていたら、ゆっくりと抱き締められた。
つるさんの腕、というか身体は、震えていた。
「つるさん…?
あ!お腹の怪我は!?
い、痛くないの?手当しないと!」
つるさんは、答えない。
小刻みに、がたがたと、震えている。
「つるさん?大丈夫なの?
どう、したの…?」
「……おそ、ろしいのです。」
小さく、かすれた声だった。
「喪うかと、思うと…」
「…だ、大丈夫だよ、私。
そんなに心配――い、いたっ!」
ようやく、失った指の痛みが襲ってきた。
温かいつるさんの感触が、唐突に離れていく。
……初めて、見た。
こんなに悲痛な、つるさんの表情を。
忌助さんたちと休憩した、赤木の建物の部屋まで戻ってきた。
イーゴンさんがすぐ後ろを歩いているが、時々触れ合うほど、妙に近い。
歩きにくく、ないのかな?
ぎしぎしと床を踏む音を立てて、畳張りとなっている中の空間で休むこととなった。
私は左手から、強い痛みを感じていて、身悶えするほどだ。
こんな時、痛み止めの薬でもあれば助かるんだけど…
痛みが強くなっていく。
後悔はない。けれど痛いものは痛い。
思わず涙目になってしまうし、喚きたくなる衝動に駆られる。
けれど、それをすると、つるさんとイーゴンさんがどんな反応をするか見当もつかない。
私を見て、とてもショックを受けた二人の顔を思い出すと――
とても、できなかった。
私がどんな思いをしても、二人を守れるなら、それでよかったのに…
どうしてそんなに、二人とも辛そうなの…?
無言の時間が、とても長く続いている。
つるさんは、私に…言い方は変かもしれないけれど、べったりくっついている。
体温を間近で感じて、私も少し安心するところではある。
つるさんのお腹の傷は、それほど深くはなかったようだった。
あの暴威を、一時的に二人まとめて相手をしていたのに、やっぱりつるさんは凄い。
けれど…触れ合った肩から伝わる震えは、寒さで凍えているようなそれは、きっと私が怪我をしたせいなんだろう。
イーゴンさんは、入口側に身体を向け、こちらには一切顔を見せない。
太白から手傷を貰ってはいないはずだが、調子はとても悪そうだった。
重苦しい雰囲気が、彼の周りにどんよりとまとわりついている。
ただ一つ間違いないのは、私に守られてしまったのが、彼のプライドを傷つけたとか、そういうのではないはず、ということだ。
つるさんより、イーゴンさんの方が辛そうに見える。
私は、取り返しのつかないことをしてしまったのかな…
二人とも、今なにを考えているんだろう…
「……教えるべきでは、なかった。」
「…え。」
「そなたに…剣の道など、示したことが………
私の、責任です…」
「それは違う!
ツル殿、あれは、私の不甲斐ない戦いが生んだ…」
「や、やめてよ!」
私のせいで、二人が言い合うなんて…
これ以上は、私たちの関係まで壊れてしまうと、そう思ってしまった。
どうしよう…
どうすれば、いいの。
「私…は、教えてもらったこと、後悔してないよ。
この指だって、そう。役に、立てたんだって、思えたの。」
二人はもう、何も言わなかった。
数時間、そのまま沈黙が続いた時だった。
遠くの方で、なにか音が響いたように感じた。
……悲鳴だった。
一番最初に反応したのは、イーゴンさんだったようで、すぐさま膝立ちになり、腰の剣に手を添えている。
…多分、声は建物の外からだと思う。
「…さや、痛みは?」
「い、痛いけど、歩けるよ。
つるさんは…?」
「…ここを出ます。
支度を致しましょう。」
この建物内は、戦闘に適していない。
それは私にもわかるつもりだ。
特につるさんの大太刀は、相性最悪といえる。
もし、相手が集団で突入してきたら、逃げることも出来ずに、分の悪い戦いになってしまうだろう。
「サヤ嬢、離れないように。」
「うん…」
前につるさん、後ろにイーゴンさん。
いつもと同じ陣形だけど、やっぱり何か違う。
この違和感を言葉にできないまま、私たちは歩き続けた。




