幕間 落胤の刃金 鷹司 忌助
「そなたを、一条家に貸与する事とした。
確と、役に立つよう。」
「は、大殿。」
父、鷹司房平公と、側女との間に私は生まれた。
秘匿されし落胤の身、本来この姓を口にすることも叶わぬ。
都合の悪い事に、女として生まれてしまった私は、大殿からすれば継嗣にも使えぬ出来損ない。
政略にも当然使えぬ落胤は、さぞ扱い難き存在であったろう。
蓋し父は…大殿は、私が鷹司と名乗る事を、良しとした。
代わりに、私は生来の名を捨て、男の名を賜った。そして、男として生きた。
これが、父の愛なのだろうか。
「ふん、房平公とは似ても似つかぬな。
今日よりそなたを一条家預かりとして迎える。
教養あらば、それがそなたの助けとなろう。
励め、鷹司忌助。」
八つの折、幼き私は鷹司と並ぶ五摂家の一つである、一条家に貸し出された。
一条兼良公は、あらゆる教養を修めた、敬うべき人物であられる。
軍学、占星、史料の実務など、幼き私には難解な物ばかりであった。
されど兼良公…御屋形様は、丁寧に教えを授けて下された。
私の疑問にも、常に理をもって答えて下さった。
これは、主君の愛なのだろうか。
「――既に基礎の学びは得た。
明日より、僧として修業に入るがよい。
身分を隠し、剣を学ぶには適した場であるぞ。」
「は。御屋形様の剣となり、お役に立つよう励んで参ります。」
性別を隠し、男として振舞うには、僧形はまことに適していた。
上人は、念流という剣術の開祖であられる。
老境の念阿弥慈恩上人は、我が師となって下さった。
「余りに出来ぬ者であれば門前払いしておったところであるが…
忌助、そなた、既に出来ておるぞ。
今日より、私が見てやろう。」
「そ、それはまことに、でございましょうか…」
「ああ。そなた程の才、自ら鍛えねば気が済むまいよ。」
師は、私の才と努力を、認めて下さった。
深き山で剣を学び、寺において仏の教えを守る。
同門の子らと関わることはなかったが、満ち足りていた。
私は、師に父性と呼べる物を感じていたように思う。
これが、師の愛なのだろうか。
「…愛だと?戯れを申すな。
そなたを鍛えるは金子の為に過ぎぬ。
愛が欲しくば、稚児にでもなって都の公達に愛でてもらうがよい。大層愛してもらえようぞ。」
師に求めた愛は、嘲りと共に打ち捨てられた。
育ての親といえる師でさえ、愛を、与えてはくれぬのか。
では、愛とは、どこで得られるものか。どのような色形なのか。
…わからぬ。
鷹司という姓は、私に教養と剣を授けてくれた。
蓋し、それ以外の全てを、与えてはくれなかった。
私は、この姓を呪わしく感じていた。
まだ、剣となる前の、未熟な時分の話ではあるが。
「密書の使い、見事であった。
そなたに、配下を一人与える。
任を全うするに使える道具だ。」
配下は、無口な男であった。
真壁雷蔵は、私の命とあらば、どのような事でもした。
嫌な顔ひとつせず、実直で寡黙な、私の道具。
雷蔵の最初の殺しは、共に為した赤松派の郎党の粛清であったそうな。
されどそれも、躊躇は無く手早かった。
私たちは、御屋形様が持つ二振りの剣。
影で御屋形様を支え、延いては大殿の利ともなろう。
誇らしい、私の役だ。
私と雷蔵は、多くの任をこなした。
暗殺、謀略、粛清、密使。
失敗は一度もなく、御屋形様のお役に立てている自覚が、私を更なる高みへと押し上げた。
全ては、教養と剣によって為された物。
父に与え賜うた鷹司の姓。
御屋形様に与え賜うたあらゆる教養。
師に与え賜うた剣の理。
敬うべき御方によって賜った、剣たる自覚。
御屋形様は、私の報告に常に喜んで下さる。
だがこれは、”それ”なのか。
”それ”は、いつ手に入るものか…
「房平公たっての願いによりて。
そなたを、一条家預かりより、鷹司家に返還致す。
これまで、よくやってくれたな。」
「勿体なき御言葉。
御屋形様の為、働けた事は、我が誉れです。」
大殿は、我らを呼び戻して下さった。
これだ。きっとそうに違いない。
父が、”それ”を、私に与え下さるのだ。
私は、父に■されていたのだ…
報われた気分だった。
「大殿は、既に休まれておられる。」
「は。お身体が優れないのですか。」
「そなたに話しても仕方なきこと。」
私と雷蔵は、妙に多くの兵たちのいる間へ通された。
大殿の、父の顔が見たい。もう少しで、やっと手に入る。
お褒めの言葉を下さるであろうか。
剣として、使って下さるであろうか。
お役に立つことが、できるであろうか。
「鷹司忌助。これまでの奉公、まことに大義であった。
……蓋し、余りに出来が過ぎた。
ゆえに大殿は、そなたらを処分なさると定められた。」
………そうか。
私は、父の剣にはなれず終いか。
剣の、成り損ない。
ただの刃金に、過ぎぬか。
大殿が定められたことだ、不満などあるはずもない。
ここまで、私の道具として、雷蔵にも苦労をかけたな。
こういう折、なんと申すべきか…
……ああ、こういった感じだろうか。
「雷蔵、ここまでだ。」
いずこか知れぬ土地に、気づけば私はいた。
すぐ側には雷蔵も、倒れ伏しておった。
ここは、黄泉の国か。
まさか、極楽浄土ではあるまい。
死した剣が、流れ着く地。
私は、死んでも剣のまま、刃金のまま。
二振りの剣は、主もおらぬこの地で、何をすれば良いやら。
同じところに意味もなく留まるのは好かぬ。
上を目指して昇ってみるか。
何やら、見つかるやもしれぬな。




