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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第27話

つるさんは、私の目には優勢に見えた。

大太刀は受け止められてしまったけれど、破軍の指を数本斬り落としている。

よかった、つるさん…

このまま、倒し――


――え、あれ…

なん、で太白がこっちに?


「つるさん、危ない!!」


考える前に、叫んでしまった。

だめだ、つるさんの気が散ってしまったら…


ああ、あああああ

つるさん、血が、斬られて、あ、また


また私の、せいで


「この御方は未だ死すべき定めにない。

其の方、死すれば拙僧が供養して差し上げます。」


だめ、二対一なんて

助けなきゃ、つるさんを守らなきゃ

つるさんが傷つくくらいなら、私は死んだっていい

あれ

なんで、動けない…

イーゴンさん、なにしてるの…?


「やだ、つるさん!つるさん!!」


「サヤ嬢、動かないで!

前に出てはなりません!サヤ嬢!」


離してよ、間に合わなくなっちゃう

行かせてよ、お願いだから


―――あれは。


「つるさん…なによ、それ……

こんな、ときに……もう!」


私の方に、手を向けて、ピースサインを見せているつるさん。

心配ないって、言ってくれている気がした。

でも…怖いよ、つるさん。

私、つるさんに傷ついて欲しくないよ…


イーゴンさんが、私の身体をしっかりと抑えて、前に出さないようにしている。

背中から感じる彼の体温のおかげもあって、少しだけ、落ち着けたかもしれない。

…忌助さんは、なにをやっているのか。

太白を抑えていたんじゃないのか。

まさか、ここまで来て逃げる気なのでは、と思ったその時。

雷蔵さんと二人で走る、彼女が視界に入ってきた。


「太白!」


「説法の続きはまたの機会に。」


太白の注意がつるさんから逸れた。

けれど、その視線は、私を向いていた。


「楽土にはあり得ぬその匂い。

穢土《えど》の娘よ、其の方には一番に浄土へと赴《おもむ》く資格あり。」


「下がって!」


半ば投げ飛ばすかのように、イーゴンさんが私を後方に下げさせた。

尻もちをついた私は、目の前の光景を凝視した。

太白はもう、目の前だ。

けれど、忌助さんたちが来れば四対一。

でも、なんで、まだ来ないんだろう。


「鷹司、忌助!あの尼を抑えぬか!」


「……待たれよ。

今はまだ、その時ではない。」


「汝《なれ》…どこまでも…!」


彼女は仲間ではない。

イーゴンさんを助ける義理なんてない。

でも、つるさんも忌助さんも、今は関係ない。

私だって、守るために必要なことは教わったんだから。

そうだよね、つるさん…セラ。


「良い腕前ですねっ、レディ!」


「異邦のお人であっても、供養により浄土へと向かうことは叶います。

されど、あの娘の匂いには、これ以上は堪えられませぬゆえ。」


イーゴンさんは、真後ろにいる私のせいで、きっと距離の調整が出来ないでいる。

太白の連撃が、容赦なく襲い来るのに、イーゴンさんは不安定な体勢で受け続けた。

時機に、崩れ―――


きっと、忌助さんは、太白の決定的な隙を、狙うだろう。

それならいい、それで守れるなら。

彼女の力だって、借りよう。



「はあっ、はあ…」


「―――サヤ嬢?」


崩れたイーゴンさんへの袈裟斬り、すぐ後ろで私はそれを視ていた。

前に出て、小太刀で太白の剣を凌ぐ。

習った通りに。

あ、でもちょっと、握りが甘いかも…


けれど、剣は逸らした。

小太刀に沿って、太白の剣は軌道を逸らされ、彼女は前のめりに崩れかかる。

もう、すぐそこまで来ている。

やっちゃえ、忌助さん。


太白は背後からの不意打ちに反応したように見えた。

私に向いたまま目を見開いた太白をよそに、私も驚愕した。


忌助さんが、雷蔵さんを―――

殺して、しまった。

お腹を、真横に切り裂いて。


一瞬、何が起きたのか、わからなかった。


「…終わりぞ、太白。」


「汚穢《おわい》…我が鼻を、狂わせ、たる…か…」


忌助さんの剣が、太白の胸を突き刺し、貫通していた。

その切っ先は、私の目の前で、ぴたりと止まっていた。


「――強き匂い。

この場で取れる最善の手であったな、雷蔵。」


「……はっ。」


イーゴンさん、そうだ、イーゴンさんは。

振り向くと、彼は茫然《ぼうぜん》とした顔だ。

驚かせちゃったよね…

あれ、どこ、見てるの?


――あ。

私の指、斬られちゃった、か。


「ああ…サヤ嬢、なんと、いうことを…」


左手の人差し指と中指が、斬り飛ばされて無くなっている。

心臓の鼓動に合わせて脈打つように、温かな血が溢《あふ》れていた。

きっと、後からとても痛くなる、けど。

でも、守れたならそれでいいか。

いつもつるさんがそうするように、私はイーゴンさんへ向けて、大丈夫だよって、笑顔を向けた。


*


さや…?

何をした?

その手は如何にした。

その血は誰の血か。

なにゆえ、いごん殿の前に出ておる。

そなた、なにゆえ……笑っておる。


「…死ぬるか、気狂いの太白よ。」


「――ど、け、下郎!!」


退け、暴威よ。

疾《と》く向かわねば、さやの下へ!


疵《きず》を、狙い澄ます。

破軍よ、最後まで汝《なれ》は気づかぬであろうな。

剣を、その身と一体とせぬ、暴でしかない汝には。

あの折、我が一太刀が長柄に”疵”を付けたのを見た。


……これより、その得物、暴威の距離を、壊す。


「は、はは!なんと!」


楽土において、剣は破壊すること能《あた》わず。

されど、柄は、剣と同一といえようか。

茎《なかご》は断てぬ。されど柄巻は破れよう。

敢《あ》えて柄を狙う者など、この地に誰一人としておるまい。

更にはこの破軍、私と遭うまで、この長柄で剣を受けたる事はあるまじ。

それ程の、暴威であったがため。

私の付け入る隙となったのだ。


――暴威の核たる青龍偃月刀は、その長柄から砕けた。


「女、これを狙っておったか!

唆《そそ》るのう!」


強がりを申すな、木偶の坊。

刃先と僅かな柄を残した左手の青龍刀。

そして、右手に残りし棒切れ。

斯様に不格好なる剣では、最早楢断(ならだち)の相手は務まらぬぞ。

頸《くび》を、喉を、心の臓を、精密に狙い突く。

致命でない限り、損失を厭《いと》わぬこの男は、どれほど耐えられようか。


喉、棒切れで逸らし。

頸、刃で受け。

心の臓、前腕を間に置き、防いだか。

されど、右腕はもらったぞ。


「ぐ、はっはは!」


両断されし右腕と、握られたままの棒切れ。

されど、まだ止まらぬであろう。

死なぬ限り、殺せぬ。


頸、刃で逸らすも、楢断を沿わせ肘まで斬り下げる。

喉、強引に右肩を入れ、防ぐか。

終わりよな。


そのまま太刀は破軍の身体を貫き、腰元まで袈裟斬りに通った。

もはや、動くことは叶わぬ。


「…痛み分けとはな。

暴風は退けられた。我らは、引き下がるのみ。」


真壁雷蔵、辛うじて息があろうが、最早死に体。

ここで、小娘諸共仕留め置くのみ。

殺す。


「つるさん、もう、いいよ!」


「っ…さや、そなた!」


――この小娘など、どうでもよい。


あの子は、あの血は、如何に。疾く、向かわねば。

さや、ああ…なんと痛々しきこと。


「いごん殿、なにゆえですか…」


「申し訳、ありませんでした。

全て、私のっ……」


砕ける程に、奥歯を噛み締めた。

私やいごん殿の傷など、なにするものぞ。

指が二本、喪われて、額に汗を溜めて…

さやは、不器用に笑っておる。

――ああ、遅かったのか。

そう、思ってしまうほどに。

この子の、心は。

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