第26話
雷蔵め、動きが鈍いどころの話ではない。
利は確かにこちらにあった…が、私が活かしきれずに分を悪くしてしまったか。
この尼…尋常ではない手練れよな。
尼僧とは薙刀を使うものぞ、だというにこれ程の剣の腕、並ではない鍛錬の賜物と見える。
何がそなたを強くした?
御仏の加護などとは言うまいな。
破軍、太白…
共に凶つ星の名を持つ二人。
この時を逃せば滅するはまことに難し。
我らで挟むようにして、この尼僧を攻め続け、既に三合程斬り結んだ。
その間、一切背後を視ず、私へ向いたまま二つの剣を凌ぎきるとは。
那羅延の堅固の身の如し、か。
私も、雷蔵も、力量において太白めに劣っておるわけではない。
されど、これほど刃が届かぬは、不自然に過ぎる。
…何かあると見るべきだ。
「其の方、御仏に縋ってはおらぬ様子。
なにゆえか?」
「そなたこそ…仏法に帰依しておるようには到底見えぬぞ。
破戒僧という言葉の教本となるは、そなたを置いて他におるまい。」
「異な事を申すものです。
この楽土で、死した者を浄土へ導くは我が務め。
なにゆえ、理解しようとせぬのか。」
「破軍に殺めさせ、それを片端から供養して回る。
それが御仏の教えか?」
「然り。
あの御方は、拙僧の助けとなるべく、御仏が遣わしたものよ。」
あの折の破軍による暴威、この女はその背後で見ておるのみであった。
暴風を従えたかのような立ち居振る舞いであったが、的を射ておったようだな。
…狂いたるはこの女の方か。
破軍の暴により無念の内に死した楽土の者共を、供養して浄土へ送り出すと?
この楽土こそ、そなたの信ずる極楽浄土。
これより先など、あるものか。
徒らに苦しみを増しておるだけの、使命に酔った狂人よな。
私の念流は、速さを肝要とする殺しの業。
この尼、目も向けずに弾きおる。
なれば、音か。
雷蔵は僅かに息が荒く、足元も乱れておるが…
或いは骨の軋みか、臓腑の働きか…
いや、虫の羽音にも劣る微かな音、あの暴風の大立ち回りに搔き消されていよう。
……やはり、匂いか。
剣に染みつきし血の気か、鋼の匂いか、我が身より立つ殺気でも嗅ぎ取っておるのか。
……さもなくば、仏前に焚きし香の煙が、いまだ我が身に残っておるということか。
雷蔵の傷も、鼻にて察したと思えば、道理に叶う。
汚穢でもあらば、投げつけてやろうに。
―――強き匂い。
よい考えやもしれぬ。
「雷蔵!」
太白を挟むように位置取っておった雷蔵は、一声で、私の隣に立つよう並ぶ。
我らは、御屋形様の剣。
蓋しここでは、雷蔵は私の剣でしかあるまい。
最も使える、我が道具。
「……忌助様、もう、時がありませぬ。」
「喋るな雷蔵。心得ておる。」
そなたの事はなんでもお見通しよ。
主のおらぬこの地で、我が命に従うがそなたの任。
例え刀が一振りになろうとも、任は果たすのが影の役目。
当然、理解しておろうことも。
最後の最後に頼れるは、そなたのみ。
「二人掛かりはもう草臥れ申した。
そちらの殿方には、お早く浄土へ旅立って貰おうというものよ。」
「己が供養をする者を、今の内に探すがよいぞ。
地獄行きは避けられまいぞ、太白よ。」
「それを申すなら、其の方も同じ事。
地獄で千年の苦役を得るか、拙僧の救いを受け入れるか、考えるまでもなかろう。」
私の呼吸に合わせ、雷蔵は合図もなく同時に斬りかかる。
されど、近づくにつれ、私は意図的に呼吸を乱した。
同時に斬らず、間を置かぬ攻撃を二人で繰り返す。
如何にこの尼といえど、避けきれはすまいよ。
速く、鋭く、二人交互に打つ、打つ、打つ。
…まだ、崩れんとは。
雷蔵の動きが悪くなっておるとはいえ、この体たらくか…!
数を相手取るに、これ程精通した尼僧など、おるものか。
「生憎、孤剣にて数を捌くは拙僧の最も得意とするところ。
斯様に、話をする間すらあるというもの。
良い機会にて、説法をさせていただきます。」
なんという女か…!
我らは一条兼良公の懐に忍ぶ暗剣ぞ。
それが一介の僧形如きに、二人掛かりであしらわれるなど、大殿…
御屋形様、一条家の…
延いては五摂家全ての敬うべき御方の顔に泥を塗る行為に等しい!
許せぬ、この尼…
…確たる裏付けは無い。されど、ここで手を下さねば終いよ。
ええい、使わざるを得――
「――これこそが、上人の説いた愛なのです。
他者の苦しみを、我が物とする。救いとはそれなのです。」
―――”あい”?
あいとは、なんであったか…
あいとは……私が、求めた物であったろうか。
思い、出せぬ…
とても、大切な、ことだったはず。
「説法を聞き届けてもらえたようですね。
それは功徳ですよ――
破軍様…!」
……太、白?
な、いつの間に、奥白石の方へ――
私は、何を…しておったのだ。
「忌、助様。」
「……雷蔵。
ここまでだ。」
使わせてもらおうぞ、雷蔵。
我らの任、失敗はない。




