第25話
破軍と申す大陸の男。
げにもこれは、驚異であろうな。
この膂力、私とほぼ互角と見える。
……されど、金時には到底及ぶまい。
人として生きた時の全てを戦乱に捧げし威容。
善なる者も悪辣なる者からも区別無く、等しく奪い、穢し、殺め尽くしたのであろう。
私が相手をしておった物の怪共と、何も変わらぬ。
楢断は、斯くの如き怪異にこそ、真なる輝きを発する。
得意がって振り続けおる、その長柄。
活路は、懐にあり。
…さやの申した通り。
大型の得物は、振り下ろし、振り上げ、また振り下ろすその際に、隙を生むこと明らかなり。
この男は、その隙を絶つ術に長けておるが…
もう、それは視た。
「はあっ!!」
「出来るな、女。堪らぬぞ。」
隙を突き、下から上へ、大きく薙いだ。
肋を僅かに削りしのみか、しぶとき男よな。
斯様な小さき傷、この男には無傷と何ら変わらぬであろう。
上へ薙いだ勢いを殺し、一気に振り下ろす。
「…ほう。
この猛威、味わい難し。」
防ぐか、そうであろうな。
長柄は剣を阻むに向くものだな。
っ………これは―――
……ほう、気づいておらぬか。
されど、付け入らせてもらう。
勝負を決する折には、度肝を抜くであろうな。
剣を防がれようと、我が身体は隅々まで暴の権化。
私の脚は、土蜘蛛の腹を蹴破る猛き太矢。
如何ほどに、堪えられるやら。
「ぬっ…ぐううう!」
痛かろうよ。
膝が真逆に折れ曲がったかのような、凡そ味わう事無き苦痛。
貰ったぞ、匹夫。
次は横薙ぎに、頸を狙った必殺の一太刀。
痛みを絶ち、如何ほどに防ぐか。
まさかこれで終わりはすまいな、暴威よ。
「…はっ、面白き男ですね。」
――素手で受けるとは、なんとも狂いたることか。
指を数本飛ばして、大太刀の勢いを止めおった。
あの膂力の為せる技か。
小指から順に三本落ちた、最早右手で得物は握れまい。
「ふん…うおお!」
……押し負けた、か。
再び間合いを引き離され、得物の長さではあやつに分がある。
されど、手傷は与えた。
先と変わらぬように、振り回せると思うな。
……ほとほと、狂いたる男よ。
この奥白石つるを、指二本のみで握りし得物で弾き飛ばすとは。予測がつかぬ、この男…
死なぬのであればどのような損失も厭わぬかのような、先を顧みぬ戯けであったか。
蓋し、それ故に読めぬ。
致命を入れるまで、止まらぬということか。
久方ぶりに、頼光さまより賜わった役の続きと致そう。
「よもや、生前もそのような狂いたる戦いを、繰り返しておったのではあるまい。」
「なにか、変か?」
「……正気か、汝。」
楽土で受けた傷ならば、長くとも二日あれば完治しよう。
断ち切りし指も、探せば再び治して使えるというもの。
この男は生前から、このような荒れし戦を…?
戯れを申しておるようにも、見えぬ。
鬼共の方が、余程生に執着しておったぞ、怪物め…
形を為した戦。あやつの本性は、それか。
楢断よ!
……そうか。
伏見の大神は、黄泉の国では神威を発せぬか。
そなたの本領、さやにも見せてやりたいものだ。
…相分かった。
我が牙にて、堂々と噛み殺すとしよう。
「ここで傷を負ったのは初めてのこと。
誇れ、白き女。」
「あら。
たまたま剛の者と出会わなかっただけと申すのですね。」
「そう謙遜するな。
お前は、強い。
だが、俺の手を読みきれずにいるな。」
誰に読み通せようか、このうつけ。
まさか痛みを感じておらぬ、などということは…
破軍は、またぞろ大袈裟に振り回し始めおった。
驚くべきことに、精度は先と殆ど変わらず、指を断ちたる甲斐もなきほどか。
私は、さやの為に手傷は負えぬ。
分の悪い勝負に出るつもりはない、このまま、僅かずつ利を積み重ねて参ろう。
「来ないのか?
連れないではないか。」
ゆっくりと、死の暴風が近づき、私の髪が靡く。
狙うは一つ、あれのみ。刃を凌がず、長柄を弾く。
幾度も、幾度も、幾度も。
寸分、違わぬ位置。
あと、僅か――
「つるさん、危ない!!」
――さや!?
っ……しまっ
「この御方は未だ死すべき定めにない。
其の方、死すれば拙僧が供養して差し上げます。」
なに、を、やっておるか…鷹司忌助…
すまぬ、さや……
傷を、受けて、しまった……
「やだ、つるさん!つるさん!!」
「サヤ嬢、動かないで!
前に出てはなりません!サヤ嬢!」
腹に一太刀、致命ではない。
身の痛みよりも、さやの心が折れてしまわぬか。
――その一点が、胸を離れぬ。
少し…強がって見せようか。
*
「スマホがあれば、皆で写真撮れたのになあ。」
「すま、ほ?
真を写すとは、鏡の如き物ですか?」
「つるさんと、セラと、イーゴンさんと、私が描かれた、絵みたいな物を残せるの。
つるさんもセラも、すっごい奇麗で可愛いから、加工しなくても良さそうだし。」
「はあ。
褒められておるのはわかりますが…」
「えっと、それでね、写真撮る時は、こうやるの。
はい、ピースって」
「こうですか…?ぴいす。」
*
ああ、楽しき一時でしたね。さや。
指を二本、立てて後ろへ向ける。
さやなら、わかるであろう。
「つるさん…なによ、それ……
こんな、ときに……もう!」
心配など何もありませんよ、さや。
鬼が一匹。
魔が一体。
この奥白石つるの人生に於いて、このような場面、無数にあったのですから。




