第24話
どうしてこんなことに…
想定が、理解が、追いつかない。
暴威は、一人ではなかった。
………そうだ。
最初から、忌助さんは「一人だ」とは言っていなかった。
これまで立てた作戦は、相手が一人である事が前提。
つるさん……
一人であんな大きい男の人と……怖いよ…
二メートルはあろうかという長身。
長い髪は縛られ、歩く度に髭が揺れる。
人とは思えない獣の目と、傷だらけの顔。
私の腰回りほどある前腕には、巨大な青龍偃月刀。
あれが暴威…馬破軍…
そして、もう一人。
頭まで覆った、尼さんの装束を纏った女性。
手元には数珠を持ち、腰帯には経本を差す。
その足元は、古い血で赤黒く染まり、純白だったであろう布は、悍ましく汚れている。
腰には、刀。
僧兵…というやつなのかも。
もう一人の暴威…太白。
……そうか。
最初から、忌助さんは……
つるさんを破軍に足止めさせるつもりだったんだ。
その間に、二人で太白を仕留めて、一騎打ちの残った方を……
なんて、ことを。
「イーゴンさん…つるさんの所に行って、行ってあげてよ…!」
「それは、できません。
あなたの側を離れることは、あなたを危険に晒すということです。」
「つるさんが危険なんだよ!
私はいいから、手を貸してあげてよ!」
「……サヤ嬢。
それ以上騒ぐなら、無理矢理にでもお黙り頂く他ない。」
イーゴンさんから威圧するような空気が溢れた。
なんで、どうしてよ…
私は放っておいていいのに。
つるさんがもし、死んじゃったら、私どうすればいいの…?
怖い…怖いよ、つるさん。
つるさんと破軍は、向かい合っている。
二人の得物の間合いを思えば、いつ始まってもおかしくはない。
「これほどに唆る相手は覚えがない。
女、精々に抗え。」
「あら。
熱烈ですね、匹夫。」
突然、風が吹いた。
とても強い風が、音を追い越したかのように、私の身体を叩きつけた。
――もう、始まっている。
破軍の振り下ろしを、つるさんが大太刀で凌いでいた。
あんな…大きな青龍刀を、見えないくらいの速さで扱うなんて…
耳を塞ぎたくなるような、重い金属のぶつかる音。
何度も何度も、途切れずここまで届く。
この音が、この風が、この揺れが、全部死に繋がっている。
見るのが怖い。
聴くのが怖い。
でも、でも…
つるさんを見てないと、心が壊れてしまいそう。
「ぐっ!」
「えっ、イーゴンさん!大丈夫!?」
何か、砕けた瓦礫のような物が飛んできて、イーゴンさんに激突した。
「…私は、平気です。
石礫などでは、怪我はしません。
しかし、前に出てはいけない理由は、おわかりですね?」
つるさんが凌いだ青龍刀は、固い地面を次々に砕き、その破片が周囲に被害を出していた。
怪我はないとイーゴンさんは言うが、痛みは相当なはずだろう。
けれど、私が受けていれば――
あんな威力の攻撃が、つるさんに当たってしまえば、ひとたまりもない…
私の目ではとても追えない剣戟が、一呼吸の間もあかずに繰り返され続けていた。
「なんと凄まじい…」
「つるさん……お願い…」
「…サヤ嬢。
今は、ツル殿を信じてあげては頂けませんか。
彼女のこれまでの勇姿を、思い出すのです。」
――つるさんの勇姿。
つるさんの、凄いところ。
それなら、誰より知っている。
……そうだよね。
私が信じなきゃ。あの人が負けるはず、ないんだから。
*
「やれやれ。
あれでは妖の類ではないか。
尼僧よ、あの暴風と連れ立っておるとは、そなたもまことに酔狂よな。」
「あの御方は為すべきことを為すのみ。
それは拙僧も同じく心得ております。
ただ導き、供養することこそ、救いというもの。」
この尼僧、武門の出とみえる。
鍛錬を怠らぬ勤めぶり、手に顕れておるな。
親指に掛けた数珠は、相当な年季物のようだ。
……仏門に下った者同士、斯様な場で立会うとは、因果なものよな。
太白よ、そなたの信ずる御仏は、そなたに果たして何を与え給うたか。
……それが、救われた者の末路か。
「雷蔵。」
「はっ。」
短き合図であろうと、私の声色一つで雷蔵は察しをつける。
手早く、終わらせる。
御屋形様より給わった任で、常にそうあったように。
我ら二人は、速さに重点した二振りの剣。
太白、そなたに…尋ねたきことがあったが、最早これまで。
瞬きの間に、死ね。
「……ほう。」
「拙僧は欺けませぬ。」
出来る…
正面から仕掛けた私の手首を取り、剣は背後に突き出しておったか。
太白の背後、即ち…雷蔵。
「…っぐ。」
腹を刺されたか。
既に破軍より受けた傷に近い、よくぞ声を上げずにおれるものよ。
…この尼、見ずに雷蔵の傷を正確に狙いおったのか。
目を伏せた太白は、正面の私すら見ておらぬ。
あの破軍と死合うよりは、優位に事を運べるやもとしていたが。
…こちらも、楽をさせてはくれぬか。
「…太白よ。
穢れた装束など、洗えば如何か?
斯様な血腥き装いで、鼻が曲がってしまおうぞ。」
「血とは不浄に非ず。
この装束は、我が歩みを後押しするものよ。」
「”血”生臭坊主というところか。
まことに、痛快ではないか。」
「同じ仏門に下った方の戯れとは、到底思えませぬ。」
「………そなた、何者か。」
私も嘗て、念阿弥慈恩上人の下で修業した身。
…見抜かれておるとは。
私の如何なる所作によって断じたのやら。
暴風と肩を並べる資格あり、というのも頷けよう。
雷蔵の体力が足る内に、終わらせねば…
――奥白石が、こちらの首を狙うこともあろう。




