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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第22話

イーゴンさんとつるさんの傷は、ほとんど完治していると思う。

けれど、恐らく雷蔵さんの傷は、そうではない。

怪我の程度はわからないけれど、歩きづらそうにしているのを見るに、万全では決してないだろう。

なのに出発すると、つるさんは号令を出した。

……こういうの、なんか、嫌だな。


「何かしらの、罠が用意できればいいのですが。」


「付け焼き刃であろうな。

撒菱など、風に飛ばされて終いよ。」


「マキビシ?」


イーゴンさんと忌助さんの、噛み合っていない会話が続く道中。

素人考えではあるが、落とし穴でもあれば、かなり楽になると思う。

けれど、穴を掘るような道具も時間もない。

この楽土に、そんな都合の良い物があるとは思えないし、無い物ねだりに過ぎないと、諦めるしかなかった。


私は、身体だけは元気だったようで、剣の稽古から一時間ほどで出発となったものの、普通に歩けている。

赤木の建物の裏へ回るには、内部を大きく迂回しなければならないらしい。

ぎしぎしと足音がうるさい中、雷蔵さんをふと観察してみる。

彼は、私たちと合流してから、一言も話さずここまで来た。

どういう人なんだろう。

忌助さんの、家来というか、配下なのだろうか。


「…あの、雷蔵さん。」


雷蔵さんは、少し驚いたようにこちらを見た。

感情表情すら、初めて表に出したのを見た気がする。


「……何か。」


「…雷蔵。」


雷蔵さんの短い返事に、忌助さんの叱責《しっせき》が、すぐさま放たれる。

それきり、雷蔵さんも忌助さんも、話さなくなった。

情報を渡したくない…ということなのか。

単に、私が嫌いなだけか。


…私は、どうして話しかけてしまったんだろう。

この人たちは、仲間じゃない。

でも、怪我をしているのを、放ってはおけないと思ってしまった。

自分でも、なにを考えているかわからなかった。


赤木の建物を出て、その外壁に沿って裏へ回る。

前方に五メートルほど離れた場所に、忌助さんたちは先行するように歩いていく。


「いごん殿、あの黒き水を見ましたか?」


「……ええ。

あの部屋に足を踏み入れ、あなた方の痕跡を探ろうとした矢先、立っていられなくなる程の目眩《めまい》が襲いました。

…あれは、一体。」


「説明は後です。

して、足止めされていたと?」


「身体が全く動かない状況が、続きました。

しばらくして、あの黒い水は部屋の外まで広がり、通路を塞いでしまった。

私は部屋から遠ざかるように下がり、傷の回復を待つしかなかった。

もし、強引に押し通っていれば、未だ合流とはいかなかった、そう考えます。」


「……通らなかった、のですね。」


「はい。

引き返し、あの左右の分岐路より更に前、無数に細い通路のあった場所より進み、合流となりました。」


そ、っか。

イーゴンさんは、プララヤの死体のあった部屋から先には、進んでいないんだ。

戻って、あの櫛状に横路が伸びていた、狭い道を通って、この付近に出た。

セラのこと……見つけて、たりは、しないか。


涙が、出てきた。

ずっと、彼女はあそこで一人ぼっち。

穢れが広がって、奇麗なセラの身体を真っ黒に汚していく。

そう考えたら、可哀想で…どうにかなりそうだった。


しばらく行くと、開けた場所に出た。

地面は石のようだが、乾いた感じがコンクリートのようにも見える。

継ぎ目のほとんどない灰色の地面は、何か抉られたような傷や、陥没した穴、飛び散った瓦礫などで、酷い有様だった。

真新しい血痕は、あちこちに飛び散り、それを流した身体も、同様だった。


「サヤ嬢、見ては…」


十人の死体を見ても、不思議と何も感じなかった。

怖いとも、哀しいとも、思わない。

ただ、転がっている。それだけだった。

生前に何をした人なのかも、ここへどうやって来たのかも…

もう、どうでもよかった。


引き裂けたお腹を手で押さえて、力の抜けた表情で死んでいる男。開いたままになった目を閉じると、不思議と穏やかな顔に変わって見えた。

この人は、なんだか悪い人ではなさそう。

そう思いたいだけかな。

何にせよ、死んじゃったらもう、わからない。


「…剣士にてはあるまい。

手段として、暴力として剣を振るう者。

そう見えます。」


つるさんの推測は、死体に向けたものではないとわかる。

その意味を考えてみると、少しだけ理解ができたかもしれない。

”暴威”は剣を使ってはいるけれど、剣士ではない。

剣はただの道具で、ただの手段。

生まれて最初に拾った武器が、たまたま剣であったというだけ。

まるで、獰猛《どうもう》な獣が食い荒らしたような、雑な殺しだ。


「言い得て妙やもしれぬ。

確かに、あれは剣技とは呼び難き物であった。

力ある者が奪い生きるが為、練り上げた業《わざ》、とでも申すべきか。」


ふと、横目で雷蔵さんを見ると、少し落ち込んだような表情だ。

ここで、彼は戦闘に巻き込まれ、怪我を負わされた。

トラウマになっているのだろうか。

けれど、瞬時に表情を切り替え、すぐに忌助さんを見た。

あ、この人…

やっぱり、そうなんだ。


「…大型剣って、葉っぱみたく薄い物だった?」


これは、少し前から考えていた。

思い当たることがあり、戦闘を目撃した二人に質問してみる。

葉のように薄い中国の刀は、柳葉刀《りゅうようとう》。

亡くなったお父さんが、カンフー映画好きで、昔教えてくれた記憶がある。


「…厚みがあったな。

何故、そのようなことを尋ねる?」


「…じゃあ、柄の部分は、刃よりも長かった?」


忌助さんの表情は、ほんの僅かに変化した。

そっか、潰し合わせるっていうのは…

こういうことも、するんだ。

当たり、だね。


「つるさん。

暴威の武器は、想像しているような刀じゃないと思う。

柄がすごく長くて、間合いがとても広いの。」


「さや…?

そなた、如何にしてそのような…」


なんとなく、隠していることは、まだあるだろうと思っていた。

持ち手が槍のように長く、反りのある分厚い刃を先端に持つ武器。

暴威の武器は、青龍偃月刀《せいりゅうえんげつとう》だと思う。

…忌助さんは、否定しない。

暴威の武器を誤認させ、つるさんの想定を崩すつもりだったのだろう。


でも、つるさんは、私が守るんだから。


「私、三国志のゲームで振り回したことあるもん。」


その場の全員が、呆けたような顔をした。

私も、嘘は言っていない。

忌助さんが、ずっと私たちを見ていたのだったら、彼女の想定を完全に裏切る方法はひとつだけ。

私が、前に出ることだ。

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