第21話
深く、深く呼吸し没頭する、一直線に、振り下ろす動きに。
風を切る音を、何百回聞いただろう。
毎回、微妙に違う音。
これは、正しいのだろうか。
つるさんは、私が余計なことを考えないように、これをさせているんじゃないか。
――余計な、こと。
ごめんね。そんなつもりじゃ、ないの。
許して、くれるよね。
「やめ。」
素振りを止めた途端、毛穴から汗が噴き上がる。
息が切れて、剣を構えたまま静止する。
「さや。
次は、私の剣を受けなさい。」
部屋の隅に置き去りにされた、忌助さんの刀を持ち、つるさんが構える。
あの時、感じた気迫を思い出し、身震いをしてしまうが、迷いはなかった。
私は、一度だけ、本物の殺意の乗った一撃を防いだ。
今度もきっと、上手くやれる。
上手くできなければ、死ぬだけだ。
防御の型を取り続ける私に、つるさんは打ち込み続けた。
一撃が重く、受けるたびに腕が悲鳴を上げ、軋んでいく。
奥歯を噛んで、鼻で必死に呼吸する。
目を逸らさず、相手の剣を見続けて、受け、弾く。
大好きだった人の、勇ましいあの姿を、思い出していた。
「…泣くなら、もうやめに致しますよ。」
「続けて、ください。」
速く、鋭くなっていくつるさんの剣。
びりびりと、受けた衝撃で空気が震えるように感じる。
不思議なもので、最初は速すぎて目で追うのがやっとだったこの剣も、対応出来つつあった。
「甘い。
それでは次の一手で死にます。」
受けも、弾きも、その先を考えて行わないと意味がない。
相手の剣を外側に逃がし、隙を作るように考えなければ。
力を力で受けず、技で受ける。
私の剣は、倒す剣でも守る剣でもない。
ただ、死なないための剣。
死なず、進み続けるために、受け続けるしかない。
「う、あっ!」
小太刀が、手から離れた。
死、だ。
「…そうです。そなたは今、死にました。
よく戦いましたと、讃えられることもなく。
なぜ死んだのか、後から考えることは出来ず。」
もう、どこにも帰れない。
死んだら、終わりだ。
掌は、薄皮がすりむけて、血が滲んでいる。
つるさんは、包帯を巻いてくれた。
「…さや。そなたは殊の外、出来つつあります。
されど、敢えて申しておきますが…
自ら攻める教えは、授けるつもりはありません。」
手段、狙い、間合い。
攻撃を成立させるためには、いくつもの要素が必要なのはわかる。
でもそれは、防御の意識を薄め、回避に適した距離を保てなくなるということ。
失敗が即、死へと繋がってしまう。
皆は、こんなに高度なことを、得意気な顔ひとつせずにやっていたのか。
ぎ、ぎ、ぎ、と一定のリズムで板張りの床を踏みしめる音がした。
これは、イーゴンさんの合図だ。
「戻りました。
…おや、お疲れさまです、サヤ嬢。」
「おかえりなさい、イーゴンさん。」
イーゴンさんの後ろから、忌助さんと雷蔵さんが続く。
「…さて、いごん殿。
戦跡は如何に?」
忌助さんたちが遭遇した”暴威”。
その災害のような男は、雷蔵さんに手傷を負わせ、更に数人の男たちを蹴散らしたらしい。
その戦場後を、実際にイーゴンさんが偵察しに出かけていたのだった。
「…壮絶でした。十人の無法者が、皆殺しに。タカツカサ殿の話では――
十人を、同時に相手取っていたそうです。
ツル殿に、匹敵するか、あるいは…」
「う、うそ…」
「異様なのは、男たちには抵抗した形跡が、ほとんど見られなかったという点です。」
まさか、そんなはずはない。
つるさんより強い人なんて、世界中探したっているわけない。
それは、もう、人間のレベルではないだろう…
「大陸の男は、幅広の大型剣を得物としておった。
受けるは致命。
私と雷蔵で撹乱し、主勢はそなた方に御願い申す。」
忌助さんは、実際に”暴威”と遭遇した際の陣形を事前に決めていた。
とても、段取りがいいと、思った。
この陣形が上手くいって、つるさんとイーゴンさんが怪我をする事がないといいけれど。
「あの…雷蔵さんの、怪我は。」
「……そなたが、考えることではない。」
この人は、私を見ない。
最初からずっと、視界に入れるのも嫌みたいに。
「敢えてお尋ね申すが、そこな娘は、頭数に入れぬということでよろしいな?」
「戦には出しません。
されど、隠すつもりもない。
いごん殿には、さやに付いて頂きます。」
「…奥白石殿と我ら、合わせて三人。
暴風を受け止めるに、足るだろうか。」
「何事も、思惑通りにはいかぬもの。
さやの守護は外しません。」
空気がひりつくようだ。
つるさんの態度を見るに、やはり二人をかなり警戒している。
私は、また足手まといだ。
イーゴンさんは後方で、怪我をしにくいかもしれない。
けれど、つるさんが怪我をしたら、また、私の…
無言で、つるさんは私の手を力強く握った。
…そうだ。
つるさんが、負けるわけない。
暴風が通り過ぎても、平気な顔で歩いているのが、つるさんだ。
けれど、もし、彼女が死ぬなら。
私を先に、殺してほしいな。
「さや。
この者らは、我らを暴威と敢えて鉢合わせるため、この謀を持ち掛けたのです。」
「え、え?」
ど、どういうこと?
忌助さんたちは、暴威から逃げてきて…
たまたま私たちに会ったわけじゃ、ない?
全部、仕組まれていた…
あ、じゃあ。
「雷蔵さんの怪我も、嘘なの…?」
「殊の外考えておるな、娘。
だが雷蔵の傷はまことのこと。
我らが暴風を前に退くも然り。
白き肌の剣神を頼るもまた、真実だ。」
忌助さんは、全く動じていない。
でも、それも当然なのかもしれない。
この人はこれまで、なにひとつ嘘は言っていないことになる。
危険な相手に、勝てそうな無関係の私たちをぶつける…
合理的、と褒めていいのか。
でも、それでつるさんが怪我をしたら、私は、この人が許せなくなる。
「一丁前に敵意を向けるでない。
娘、そなたの境遇は存ぜぬが、不幸なのであろうよ。
蓋し、私にはそなたの被害者然とした振る舞いが癪に障るのだ。
目も合わせぬ程に、毛嫌いしておるよ。」
「っ…
つるさんが勝って、弱っていたら攻撃するつもりなんでしょ。
そうは、いかない。
つるさんは、私が、守るんだから…」
「…その折が来れば、遠慮なく斬らせてもらおう。」
目を閉じたまま、忌助さんは不敵に嗤った。




