↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/136

第18話

はあ、まったく、同郷《どうきょう》だとはいっても随分楽しそうにお話をしますね。

キンタロウというのは、ナポレオン皇帝陛下より著名な方なのでしょうか…

ツル殿は得意気な顔で、目を瞑《つむ》り、頷《うなず》いている。

わかりますよ。私の生前の話も、この子は真剣に、純粋に、聴いてくれましたから。

こちらを一瞥《いちべつ》して、サヤがばつの悪そうな顔を見せた。

気を遣わせてしまったかもしれない…


しかしツル殿は、人間を相手に斬り合った私やイーゴン殿と違い、人外の討伐を生業《なりわい》とされていた。

あの異常な強さは、そこで培《つちか》われたものでしょうか。

それとも、やはり生まれつきなのでしょうか――


まだ湿っている服を届けて、耳まで真っ赤な顔をしたサヤが、物陰に走っていく。

自分の着替えを見られることに恥ずかしがる、年頃のサヤが愛らしい。


「その服は冬用なのですか?」


サヤが着ているのは、セーラー服という、ニッポンの学生にとって一般的な規格らしい。

どことなく、軍服由来の意匠を感じるものがある。

紺色の上着は湿っていて、いつもより濃い色に見えた。


「そうだよ、これは冬服。

日本は四季があるからね、四季が。」


「シキ?」


なにかわからないけれど、得意気な顔をするサヤ。

あはは、似てきましたね。


イーゴン殿は、出発には間に合わず、合流もまだ先となりそうだ。

しかし、彼は戦場の叩き上げ。簡単には倒されない、しぶとさを持っている。

傷が癒えれば、必ず自力で合流してくるだろう。


「異形か」


また、何度目か数える気にもなれない、サヤを狙う敵。

今度は、ただの憂さ晴らしだという。

…この子が、何をしたというのか。

許せない。首を刎《は》ねて、後悔する暇も与えない。


震える足を動かして、前に出るサヤ。

強張った身体をぎこちなく取り繕《つくろ》って、ツル殿を庇《かば》っているつもりだろう。

けれど、それは絶対にしてはいけない。

あなたが死ねば、これまでの全てが水泡に帰すのだから。


ツル殿が殺意に満ちた空気を纏《まと》い、サヤを押しのけて私の隣に立つ。

相当、怒っていますね。

ですがそれは、私もですよ。

サヤ。


「あとでお説教です。」


通路の奥から、数人の男たちが湧いて出た。

あの数、手負いのツル殿では凌ぐのは簡単ではないはず。

先頭の男を手早く片付けて、ツル殿を下がらせないと。


――妙な距離感、間合いの男だ。

数歩先で、頭を前に倒し、剣を抜いた。

何か、隠しているように感じられたけれど、今はわからない。

私の剣は、必ず後手になる。

けれど、どんな隠し玉があろうと、この眼を欺けると思ったら、大間違いだ。

サヤには…触れさせない。


異様な程にゆったりした服の男は、こちらを惑わすかのような、特異な動きでもって剣を振るう。

大抵の相手はこれに為す術なく、翻弄《ほんろう》されて終わるかもしれない。

しかし、相手が悪かったようですね。

私からすれば、ただ大袈裟にゆらゆら揺れているだけの、道化と同じ。

奥を一瞥すると、ツル殿はかなり調子が悪そうだ。

…急がなければ。

その時、この男は私から意識を外し、背後のサヤを見た。

頭に来る。この子をそんな目で見るな。


目線を外していいと思われたとすれば、心外だ。

私は決して、自分から攻めない訳ではない。

近衛騎兵が、攻めるのが下手などと、あり得ない話だ。

一直線に首を狙い、終わらせにかかったが、紙一重で躱《かわ》されてしまう。

しかしこの攻撃も、私にとっては伏線の一つに過ぎない。

意表を突かれたような反応をして、焦ったように反撃を繰り出す男。

…想定通りです、痴《し》れ者め。


私は、相手に勢いの付いた一撃を打たせ、完全に体勢を崩して、カウンターで仕留める戦術を究めている。

浅く、だが確実に、この男は崩れた。

利き手側の鎖骨に切り込みを入れ、動きと精神を削ぐ――

これでいい。地味でいい。

じわじわと、削ぎ落としていくのが、私の最短ルートだから。


私の眼はこの男を完全に封殺している。

けれど、ツル殿の状況に気を取られてしまう。

私としたことが、焦っていた。

そのせいで、脇を通り抜けるもう一人の男に、反応が、遅れ――


通してしまった。


っ、サヤ!


大きく弾き、ハタケヤマの身体を奥側へ押しやるようにし、その反動で真後ろに跳躍《ちょうやく》する。

間に合え――


あ…サヤ…

この子、いつの間に…


感動すら覚える奇麗な凌ぎだった。

しかし、瞬時に我に返り、体勢が不安定になった男のうなじを切断する。


「下がりなさい、サヤ!」


サヤの顔は薄汚い血に塗れ、茫然《ぼうぜん》と目線を泳がせていた。

意識をはっきりさせないと、危険だ。

けれど今は、背後の圧に対応しなければ――


半分は運任せにするしかない。

私は振り返りざまに、正中線《せいちゅうせん》狙いの攻撃を弾く挙動を取るつもりで、身体を回転させた。

これで本当に正中線狙いの振り下ろしなら、何も問題ない。

首筋狙いの横薙ぎなら、反応できない限りは終わる。


――でもそれは、この眼が許さなかった。


「出来るな。」


横薙ぎを強烈に弾いて、大きく体勢を崩した。

とどめの一撃というのは、外した時のリスクは計り知れない。

涎《よだれ》を垂らして、餌に喰い付いた捕食者が晒《さら》した隙。

体重を乗せた攻撃を逆に利用する、私の得意技――


けれど、この男の最後の一撃は…

この程度のもの、なのか…?

これまで、妙に離していた間合いを踏み越えて、至近距離まで突進してくるなんて――


この男、らしくない。


しかし、もう関係ない。

私は確実にとどめを刺すべく、首筋を狙い澄ました。

だが――

相手は素早く上体を上に逃がし、私の剣は、ハタケヤマの胸の辺りを突き刺した。

だとしても、このまま、首の方まで切り開けば――


「な、これ、は…」


なんだこれは。

この男、”これ”……これが、隠し玉……?

左肩から生えた――


異形の、”三本目の腕”。


「セラ……?」


もうひとつの左手から伸びた短刀が、私の腹を刺している。

壮絶な痛みに、視界が歪む。

でも、今は、

歯を食いしばりながら、剣に、力を――

思い切り、上に切り抜く。


……そうか、この男は。

先天的な奇形。生まれながらの、異形。

楽土の異物でありながら、守られているサヤを…羨んで、いたのか。


「っ…!さや、こちらを見なさい!」


それでいい、ツル殿。

今は、サヤを連れて逃げて下さい。

私のすぐ横をツル殿が通り過ぎ、今度は来た道を戻るように引き返していく。


ああ、サヤ…

可愛いお顔が血に塗れてしまって。そんな表情を、させたくなかったですよ。

…ツル殿と少し、待っていて下さいね。

イーゴン殿と先に合流して、すぐに向かいます。


残るは、三人のならず者。

手負いとはいえ、私が敷《し》く剣の分厚い壁。

果たして、あなた方に越えられますかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。