第18話
はあ、まったく、同郷だとはいっても随分楽しそうにお話をしますね。
キンタロウというのは、ナポレオン皇帝陛下より著名な方なのでしょうか…
ツル殿は得意気な顔で、目を瞑り、頷いている。
わかりますよ。私の生前の話も、この子は真剣に、純粋に、聴いてくれましたから。
こちらを一瞥して、サヤがばつの悪そうな顔を見せた。
気を遣わせてしまったかもしれない…
しかしツル殿は、人間を相手に斬り合った私やイーゴン殿と違い、人外の討伐を生業とされていた。
あの異常な強さは、そこで培われたものでしょうか。
それとも、やはり生まれつきなのでしょうか――
まだ湿っている服を届けて、耳まで真っ赤な顔をしたサヤが、物陰に走っていく。
自分の着替えを見られることに恥ずかしがる、年頃のサヤが愛らしい。
「その服は冬用なのですか?」
サヤが着ているのは、セーラー服という、ニッポンの学生にとって一般的な規格らしい。
どことなく、軍服由来の意匠を感じるものがある。
紺色の上着は湿っていて、いつもより濃い色に見えた。
「そうだよ、これは冬服。
日本は四季があるからね、四季が。」
「シキ?」
なにかわからないけれど、得意気な顔をするサヤ。
あはは、似てきましたね。
イーゴン殿は、出発には間に合わず、合流もまだ先となりそうだ。
しかし、彼は戦場の叩き上げ。簡単には倒されない、しぶとさを持っている。
傷が癒えれば、必ず自力で合流してくるだろう。
「異形か」
また、何度目か数える気にもなれない、サヤを狙う敵。
今度は、ただの憂さ晴らしだという。
…この子が、何をしたというのか。
許せない。首を刎ねて、後悔する暇も与えない。
震える足を動かして、前に出るサヤ。
強張った身体をぎこちなく取り繕って、ツル殿を庇っているつもりだろう。
けれど、それは絶対にしてはいけない。
あなたが死ねば、これまでの全てが水泡に帰すのだから。
ツル殿が殺意に満ちた空気を纏い、サヤを押しのけて私の隣に立つ。
相当、怒っていますね。
ですがそれは、私もですよ。
サヤ。
「あとでお説教です。」
通路の奥から、数人の男たちが湧いて出た。
あの数、手負いのツル殿では凌ぐのは簡単ではないはず。
先頭の男を手早く片付けて、ツル殿を下がらせないと。
――妙な距離感、間合いの男だ。
数歩先で、頭を前に倒し、剣を抜いた。
何か、隠しているように感じられたけれど、今はわからない。
私の剣は、必ず後手になる。
けれど、どんな隠し玉があろうと、この眼を欺けると思ったら、大間違いだ。
サヤには…触れさせない。
異様な程にゆったりした服の男は、こちらを惑わすかのような、特異な動きでもって剣を振るう。
大抵の相手はこれに為す術なく、翻弄されて終わるかもしれない。
しかし、相手が悪かったようですね。
私からすれば、ただ大袈裟にゆらゆら揺れているだけの、道化と同じ。
奥を一瞥すると、ツル殿はかなり調子が悪そうだ。
…急がなければ。
その時、この男は私から意識を外し、背後のサヤを見た。
頭に来る。この子をそんな目で見るな。
目線を外していいと思われたとすれば、心外だ。
私は決して、自分から攻めない訳ではない。
近衛騎兵が、攻めるのが下手などと、あり得ない話だ。
一直線に首を狙い、終わらせにかかったが、紙一重で躱されてしまう。
しかしこの攻撃も、私にとっては伏線の一つに過ぎない。
意表を突かれたような反応をして、焦ったように反撃を繰り出す男。
…想定通りです、痴れ者め。
私は、相手に勢いの付いた一撃を打たせ、完全に体勢を崩して、カウンターで仕留める戦術を究めている。
浅く、だが確実に、この男は崩れた。
利き手側の鎖骨に切り込みを入れ、動きと精神を削ぐ――
これでいい。地味でいい。
じわじわと、削ぎ落としていくのが、私の最短ルートだから。
私の眼はこの男を完全に封殺している。
けれど、ツル殿の状況に気を取られてしまう。
私としたことが、焦っていた。
そのせいで、脇を通り抜けるもう一人の男に、反応が、遅れ――
通してしまった。
っ、サヤ!
大きく弾き、ハタケヤマの身体を奥側へ押しやるようにし、その反動で真後ろに跳躍する。
間に合え――
あ…サヤ…
この子、いつの間に…
感動すら覚える奇麗な凌ぎだった。
しかし、瞬時に我に返り、体勢が不安定になった男のうなじを切断する。
「下がりなさい、サヤ!」
サヤの顔は薄汚い血に塗れ、茫然と目線を泳がせていた。
意識をはっきりさせないと、危険だ。
けれど今は、背後の圧に対応しなければ――
半分は運任せにするしかない。
私は振り返りざまに、正中線狙いの攻撃を弾く挙動を取るつもりで、身体を回転させた。
これで本当に正中線狙いの振り下ろしなら、何も問題ない。
首筋狙いの横薙ぎなら、反応できない限りは終わる。
――でもそれは、この眼が許さなかった。
「出来るな。」
横薙ぎを強烈に弾いて、大きく体勢を崩した。
とどめの一撃というのは、外した時のリスクは計り知れない。
涎を垂らして、餌に喰い付いた捕食者が晒した隙。
体重を乗せた攻撃を逆に利用する、私の得意技――
けれど、この男の最後の一撃は…
この程度のもの、なのか…?
これまで、妙に離していた間合いを踏み越えて、至近距離まで突進してくるなんて――
この男、らしくない。
しかし、もう関係ない。
私は確実にとどめを刺すべく、首筋を狙い澄ました。
だが――
相手は素早く上体を上に逃がし、私の剣は、ハタケヤマの胸の辺りを突き刺した。
だとしても、このまま、首の方まで切り開けば――
「な、これ、は…」
なんだこれは。
この男、”これ”……これが、隠し玉……?
左肩から生えた――
異形の、”三本目の腕”。
「セラ……?」
もうひとつの左手から伸びた短刀が、私の腹を刺している。
壮絶な痛みに、視界が歪む。
でも、今は、
歯を食いしばりながら、剣に、力を――
思い切り、上に切り抜く。
……そうか、この男は。
先天的な奇形。生まれながらの、異形。
楽土の異物でありながら、守られているサヤを…羨んで、いたのか。
「っ…!さや、こちらを見なさい!」
それでいい、ツル殿。
今は、サヤを連れて逃げて下さい。
私のすぐ横をツル殿が通り過ぎ、今度は来た道を戻るように引き返していく。
ああ、サヤ…
可愛いお顔が血に塗れてしまって。そんな表情を、させたくなかったですよ。
…ツル殿と少し、待っていて下さいね。
イーゴン殿と先に合流して、すぐに向かいます。
残るは、三人のならず者。
手負いとはいえ、私が敷く剣の分厚い壁。
果たして、あなた方に越えられますかね。




