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剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

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第17話

「さや、怒りますよ。」


「いいよ。つるさんは、下がっててよ……」


つるさんは私の肩に手を添え、押しのけるように前に出た。

悠々と歩き、セラの隣に立つ。

この寒気は、彼女から溢《あふ》れ出ているのだろうか。


「咎《とが》めは後です、小娘。」


「つるさん、だめ……」


こちらを見ずに、つるさんは言った。

まだ、万全じゃないのに…

傷がどれだけ酷《ひど》かったか知っているのに、この人を止められない。

…悔しくて、堪らなかった。


「せら殿、頭目《とうもく》は任せます。

私は奥の虫を踏み潰して参ります。」


「…お気をつけて。」


「なんとも、手厚い守護がいるものよな、異物。」


頭目…最初に出てきた男が接近してくる。

セラが構えて、深く観察しているようだ。


「サヤ。

あとで、お説教です。」


「お願い、怪我、しないで……」


ゆらゆらと、独特なリズムで男は歩いてきて、なにかぎこちないような、躊躇《ためら》いでもあるかのような動きで、上体を前に倒しながら刀を抜いた。

私でもわかる。

刀を抜く瞬間、この男は完全に無防備だった。

なにか、変だ。


「拙者は畠山晋平太《はたけやましんぺいた》でござる。」


「そうですか。私のことはなんとでも呼ぶといい。」


足音が交互に鳴り、間合いが狭まっていく。

セラと畠山の剣が、重なった。

その瞬間、つるさんが奥の男たち目掛けて走っていく。

抜き身の大太刀を左手で持ち、大きく振って、一瞬で一人倒してしまった。

けれど明らかに、無理をしているように見える。


利き腕ではない左手を使い、雑に切り裂いていくつるさん。

右腕を身体ごと振り回して、相手を殴りつけている。

けれど、もう息を切らしているようだ。

なにか、助けになれたら。

自分の無力さに、唇を噛み締めることしか、今はできなかった。


畠山の奇妙な剣が、ゆらゆらとした軌道でセラへ迫る。

身体の動かし方が、今まで見た誰とも合致しない、独自のものだった。

妙に、遠い。近づいてこないのに、剣だけが届く。

セラは、ただ弾き続けている。

ぎょろりと動く畠山の目が、時折私の方を向く。


「随分余裕がおありのようで。」


セラは、防御から転じて、不意打ちのように自分から打ち込んだ。

彼女によるカウンター以外の攻撃は、初めて見る。

…焦っている、のかもしれない。


つるさんは手足を使った打撃で、とにかく立っている相手の数を減らしていく。

徐々に数を減らしていく男たちだが、あと五人はいる。

つるさんは苦痛に顔を歪めていて、相手も、彼女が本調子でないと理解しているような動きだった。

相手は、つるさんの体力を削るように、間合いを詰めてこない。


私は、どこか客観的に自分を見ている気分になりつつあった。

ただ、起きていることから目を離さず、考えているはずなのに、何も頭に残らなかった。


また一人、男を殺して、奥の戦闘は四対一だ。

セラは、既にカウンターを決めて、畠山に傷を付けていた。

しかし、彼女はまだ無傷のまま、攻撃を完全に寄せ付けていない。

でも、もしセラが危なくなったら、私は、すぐに動かなくては。


「う、ちく、しょおお!」


奥から男が一人、こちらに走ってこようとしていた。

つるさんが反応して、その男の襟《えり》に手を伸ばし――


突如、転倒した。


「げ、ろうめ――!」


悪態をつきながら、つるさんの足がなにかに引かれて、前のめりに崩れた。

こちらに、男が走ってくる。

セラ目掛けて――

いや、狙われているのは、私、だ。


「せら、殿!」


畠山の猛攻に対処しているセラは、一瞬、確認が遅れた様子で、男を――

――素通り、させてしまった。


「サヤ!逃げ…!」


「呑気なことを。」


セラを見ている場合じゃない。

殺意が、来る。

本物の殺気が、すぐここまで来る。

二人が私を呼ぶ声が聞こえてくるけれど、妙に音が遠い。

なんだか、静かだ。


間近で、大きな金属音がした。

私は。

私、は。


男の剣を、小太刀で受けていた。

――無意識に。

つるさんの、教えた通りの型。


「…え?」


相手の剣は軌道を変え、そのまま体勢が崩れていく。

男は、背後から首を斬られ、倒れた。

生暖かい返り血が、私の顔を濡らした。


「下がりなさい、サヤ!」


私は、自分の小太刀と、倒れていく男を、ぼうっと眺めていた。

血の匂いが、鼻をつく。

畠山が、剣を横薙ぎに振るう。セラは、相手に背中を向けたまま。


「出来るな。」


「あなたこそ。」


振り向く勢いで身体を回転させ、揺れる剣の軌道を逸らし、セラが強烈なカウンターを入れた。

畠山の、右胸に。


つるさんが走ってくるのが視界の端で見える。

何人かの男が、彼女の背を追う。

一目散に、こちらへ走ってくる。必死な形相だった。

セラから目を逸らし、つるさんを見た。


「な、これ、は…」


何か、軽い音がして――

何か、寒気がする嫌な予感がした。


「セラ……?」


セラのお腹を、剣が貫いていた。


「っ…!さや、こちらを見なさい!」


茫然《ぼうぜん》とする。思考が真っ白になる。

セラの軍服が、真っ赤に、染まる。

視界が、大きく揺れる。


「離し、て…離して、つるさん!

離してよ!!」


「黙れ!」


抱き上げられて、視界が逆さまになって――

今度は、遠ざかっていくセラを、見ていた。


セラも、私を見た。

すぐに、それをやめて剣を構えた。


「セラ!

まって、いか、ないで!」


「だま、りなさい…!」


分岐路のもう片方。

走り抜けるつるさん。見ているだけの私。

取り囲まれているセラ。

血を流した、セラ。


もう、見えなくなった。

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