第17話
「さや、怒りますよ。」
「いいよ。つるさんは、下がっててよ……」
つるさんは私の肩に手を添え、押しのけるように前に出た。
悠々と歩き、セラの隣に立つ。
この寒気は、彼女から溢れ出ているのだろうか。
「咎めは後です、小娘。」
「つるさん、だめ……」
こちらを見ずに、つるさんは言った。
まだ、万全じゃないのに…
傷がどれだけ酷かったか知っているのに、この人を止められない。
…悔しくて、堪らなかった。
「せら殿、頭目は任せます。
私は奥の虫を踏み潰して参ります。」
「…お気をつけて。」
「なんとも、手厚い守護がいるものよな、異物。」
頭目…最初に出てきた男が接近してくる。
セラが構えて、深く観察しているようだ。
「サヤ。
あとで、お説教です。」
「お願い、怪我、しないで……」
ゆらゆらと、独特なリズムで男は歩いてきて、なにかぎこちないような、躊躇いでもあるかのような動きで、上体を前に倒しながら刀を抜いた。
私でもわかる。
刀を抜く瞬間、この男は完全に無防備だった。
なにか、変だ。
「拙者は畠山晋平太でござる。」
「そうですか。私のことはなんとでも呼ぶといい。」
足音が交互に鳴り、間合いが狭まっていく。
セラと畠山の剣が、重なった。
その瞬間、つるさんが奥の男たち目掛けて走っていく。
抜き身の大太刀を左手で持ち、大きく振って、一瞬で一人倒してしまった。
けれど明らかに、無理をしているように見える。
利き腕ではない左手を使い、雑に切り裂いていくつるさん。
右腕を身体ごと振り回して、相手を殴りつけている。
けれど、もう息を切らしているようだ。
なにか、助けになれたら。
自分の無力さに、唇を噛み締めることしか、今はできなかった。
畠山の奇妙な剣が、ゆらゆらとした軌道でセラへ迫る。
身体の動かし方が、今まで見た誰とも合致しない、独自のものだった。
妙に、遠い。近づいてこないのに、剣だけが届く。
セラは、ただ弾き続けている。
ぎょろりと動く畠山の目が、時折私の方を向く。
「随分余裕がおありのようで。」
セラは、防御から転じて、不意打ちのように自分から打ち込んだ。
彼女によるカウンター以外の攻撃は、初めて見る。
…焦っている、のかもしれない。
つるさんは手足を使った打撃で、とにかく立っている相手の数を減らしていく。
徐々に数を減らしていく男たちだが、あと五人はいる。
つるさんは苦痛に顔を歪めていて、相手も、彼女が本調子でないと理解しているような動きだった。
相手は、つるさんの体力を削るように、間合いを詰めてこない。
私は、どこか客観的に自分を見ている気分になりつつあった。
ただ、起きていることから目を離さず、考えているはずなのに、何も頭に残らなかった。
また一人、男を殺して、奥の戦闘は四対一だ。
セラは、既にカウンターを決めて、畠山に傷を付けていた。
しかし、彼女はまだ無傷のまま、攻撃を完全に寄せ付けていない。
でも、もしセラが危なくなったら、私は、すぐに動かなくては。
「う、ちく、しょおお!」
奥から男が一人、こちらに走ってこようとしていた。
つるさんが反応して、その男の襟に手を伸ばし――
突如、転倒した。
「げ、ろうめ――!」
悪態をつきながら、つるさんの足がなにかに引かれて、前のめりに崩れた。
こちらに、男が走ってくる。
セラ目掛けて――
いや、狙われているのは、私、だ。
「せら、殿!」
畠山の猛攻に対処しているセラは、一瞬、確認が遅れた様子で、男を――
――素通り、させてしまった。
「サヤ!逃げ…!」
「呑気なことを。」
セラを見ている場合じゃない。
殺意が、来る。
本物の殺気が、すぐここまで来る。
二人が私を呼ぶ声が聞こえてくるけれど、妙に音が遠い。
なんだか、静かだ。
間近で、大きな金属音がした。
私は。
私、は。
男の剣を、小太刀で受けていた。
――無意識に。
つるさんの、教えた通りの型。
「…え?」
相手の剣は軌道を変え、そのまま体勢が崩れていく。
男は、背後から首を斬られ、倒れた。
生暖かい返り血が、私の顔を濡らした。
「下がりなさい、サヤ!」
私は、自分の小太刀と、倒れていく男を、ぼうっと眺めていた。
血の匂いが、鼻をつく。
畠山が、剣を横薙ぎに振るう。セラは、相手に背中を向けたまま。
「出来るな。」
「あなたこそ。」
振り向く勢いで身体を回転させ、揺れる剣の軌道を逸らし、セラが強烈なカウンターを入れた。
畠山の、右胸に。
つるさんが走ってくるのが視界の端で見える。
何人かの男が、彼女の背を追う。
一目散に、こちらへ走ってくる。必死な形相だった。
セラから目を逸らし、つるさんを見た。
「な、これ、は…」
何か、軽い音がして――
何か、寒気がする嫌な予感がした。
「セラ……?」
セラのお腹を、剣が貫いていた。
「っ…!さや、こちらを見なさい!」
茫然とする。思考が真っ白になる。
セラの軍服が、真っ赤に、染まる。
視界が、大きく揺れる。
「離し、て…離して、つるさん!
離してよ!!」
「黙れ!」
抱き上げられて、視界が逆さまになって――
今度は、遠ざかっていくセラを、見ていた。
セラも、私を見た。
すぐに、それをやめて剣を構えた。
「セラ!
まって、いか、ないで!」
「だま、りなさい…!」
分岐路のもう片方。
走り抜けるつるさん。見ているだけの私。
取り囲まれているセラ。
血を流した、セラ。
もう、見えなくなった。




