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剣の楽土  作者: かが介六郎
第三部 楽土の剣

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残されたもの

日がどんどん、傾いていく。

荒くなった白い息と、乱れたリズムで地面を蹴る音。

夕焼けで染まるグラウンドには、私以外には誰もいない。


「佐山ー!

ほどほどにしとけよー!」


遠くから、誰かの声が届く。

手を上げて返事をし、前を向いて再び集中する。

時間も、何周走ったかも関係ない。

限界まで身体をいじめ抜けば、明日にはもっと走れるようになるはず。

…来週までには、もっとちゃんとできるようになってるよね。


……もう、三回忌か。


無心で走り続け、いつの間にか辺りは暗くなっていた。

まだ限界じゃない。死ぬ気でやらなきゃ、追い付けない。


「はあ゛っ…

んっ…はあっ…」


足が縺《もつ》れ、危うく転倒するところだった。

まだ、やれるのに…

心に、身体が付いてこない。


左腕のスマートウォッチが振動して、トークの通知を知らせる。


『時間、確認しなさい。

ご飯用意しとくよ。』


…あんまり待たせるのも悪い、か。

明日は、もっと早くから始めないと。


足を引きずるようにして部屋に戻り、ベッドに倒れ伏した。

身体中の水分が出尽くしたかのような汗。

シャワーを浴びに部屋を出る、そんな簡単なことすら、身体が拒否している。

でも、やりすぎだとは思わない。

さやちゃんなら、まだ続けてた。


横になったまま、スマホに手を伸ばした。

【私の大好きな仲間たちのこと】

親友が残したメッセージのひとつ。

茉琴さんから受け取ったそれを、もう何度再生しただろう。



『えっと次は…

仲間たちのこと!

見ず知らずの私を助けてくれた、心から信頼する…ってさっきも言ったか。

皆とっても強くて凄くて、なんで歴史に名前が残ってないのか不思議なの。

だから、皆のこと、これを見ている人には覚えておいて欲しくて。』


…変なの。

顔も知らない誰かを覚えておいて欲しいなんて。


『まずは、奥白石つるさん。

私の大好きなお姉ちゃんで、信じられないくらい美人さん!

もちろん凄い人で、楽土でつるさんより強い人はいないと思うなあ。

千年くらい前の平安時代の人で、なんと、金太郎とお友達だったんだって!

あの金太郎だよ!

鬼とか妖怪を退治するお仕事をしてて、二メートルくらいある大太刀を使ってて…

なんと言っても、力がすっごく強くてね――』


本当に、好きなのが伝わって来る。

全然整理されていないけど、とにかく知って欲しいのって顔。

表情豊かだなあ。


『次は、イーゴン・アシュクームさん。

イングランドの人で、どこかの領主さんの息子さんだったみたい。

百年戦争で、フランスと何度も戦ったって言ってたなあ。

あ、百年戦争っていうのはこっちに戻ってから調べたんだけどね。

楽土に行ってすぐの頃、私は脚を怪我しちゃってて、イーゴンさんにおんぶされて何日も揺られてたの。

今思えばすっごい体力だと思う。

しかも、金属鎧も着込んでたから、ちょっとおかしいのかも、あはは。』


楽しかった思い出を、子供のように無邪気な顔で話し続ける。

歳の離れたお兄ちゃんみたいな感じなんだろうな。


『次は、セラ!

セラニール・ラ・ヴァリエール。

フランス人の女性剣士で、近衛騎兵っていうお仕事をされてたみたい。

騎馬が得意で、目がとっても良くて、防御術の達人。

しかも、あの皇帝ナポレオンの護衛に就いてた経歴があって、それだけで凄さが伝わると思う。』


「…で!」


『で!そんなに凄いセラがどういう見た目かというと、もう、ほんとお人形さんみたいに可愛らしくてね!』


ここ、好き。

なんだか自然と笑顔になっちゃうな…


動画を止め、上体を起こした。

呼吸は整っていて、もう歩き回るくらいならできる。


「あ、佐山ー。

今日はどんなもん?」


廊下で私を呼び止めたのは、同期の大井くん。

”どんなもん”、か。私も確認してなかったな。

スマートウォッチには、今日走った距離が記録されている。


「…三十九キロ。」


「やばすぎるやろ、マジで…」


「なにか問題ある?

シャワーいくから、じゃあね。」



熱を持った身体を、冷水のシャワーで強引に冷やし、外気で更に温度を下げていく。

十五分ほど歩いて、彼女とは二週間ぶりの再会となった。


「おかえり茅陽。お腹空いてる?」


「ただいま、茉琴さん。

…空いてる、かも?」


玄関まで、いい匂いが漂う。

ぎこちなく靴を脱いで、つい顔を顰《しか》めてしまった。

間髪入れず、茉琴さんの表情が険しくなる。

即座に左手首を掴まれ、スマートウォッチごと彼女の顔の高さまで引き上げられた。


「…やりすぎ。

身体壊すで、ほんま。来週、わかってるやろ。」


「わかってるよ…

でも、やれることはやっておかないと。」


袖を捲り、キッチンに立つ茉琴さん。

彼女の左腕の傷は、まだ目立つ。


醤油の焦げた美味しそうな匂い、だとは思うけど。

今はなにを食べても、あんまり変わらない。


「味、どう?」


「…美味しい。」


にんにくや生姜の香りだけは、はっきりわかる。


「前のと変えてみたけど、わかる?」


「ごめん…」


茉琴さんは少しだけ悲しそうな顔。

私のために丁寧に作ってくれてるのに、こんな反応しかできない。

好物だった鶏の唐揚げも、今では栄養補給のための塊にしか思えなくなった。



「外泊許可、取った?」


「うん、もう下りた。」


来週の金曜日は、さやちゃんの三回忌。

芳乃さんから連絡があって、時間と場所はもうわかってる。

久しぶりの埼玉だけど、楽しみではない。むしろ、自分の家族と顔を合わせるのが、気まずくて仕方なかった。


「茅陽、あのな…

忌助も、連れて――」


「来なくていいよ。」


お箸を置いて、言葉を遮った。

茉琴さんは、ばつの悪そうな顔。断るってわかってて聞いたくせに。


「…ごちそうさま。もう、戻るね。

ご飯、ありがと。」


「…うん。

また、来週な。」



寒くて凍えそうな、伏見の夜。

もう二年も前のことなのに、まだ近くにいる気がして…

走り続ければ、追い付けるかもって、自分に言い聞かせてる。

もう少しで、やっと私もスタートラインに立てるよ。

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