↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/137

第113話

どうして、独りなんだろう。一緒に帰るはずだったのに。

どうして、満足した顔で行ってしまったんだろう。

自分だけで納得して、残された人の気持ちなんて、置いてけぼり。


楽土で待ってる人のことなんて、どうでもいいよ。

私は…まだ――


窓の外を流れる風景が、ふと止まる。

大宮の駅に着いた瞬間、着信があった。


『茅陽、着いたか?』


「お兄ちゃん…」


安心するはずの、お兄ちゃんの声。

焦った様子で、私の答えを待っている。


「…着いた。どこの出口?」


片手でキャリーケースを引き、構内を歩く。

すれ違う人たちが、私の左手を興味深そうに見ている。

…痛い。

でも、その痛みもすぐに掻き消える。

悲しみも、寂しさも、もう感じない。

もう、壊れちゃったのかもしれない…

二度と、元には戻らない。そんな気がしていた。


「茅陽、おかえり…」


ロータリーで、家族が迎えてくれた。

お父さん、お母さん、お兄ちゃん。

私の左手を優しく包んで、涙を流している。


…いつも、こうだ。

なにかあればすぐ、腫れ物扱い。

心配をかけたのは、私だけど…

本当は、過保護に扱われるのが嫌だった。自分の意志が存在しない、佐山家での私。

左手を包んでいたお母さんの手を、右手で離す。


「ごめん、痛かったね。」


「……早く帰ろ。」


一週間ぶりの、私の部屋。

写真立てには、親友三人の姿が残っている。

もう、涙も尽きてしまったのかな。

そっと写真立てを倒し、ベッドに転がった。

なにもしたくない。



十一月二十八日、金曜日。

今朝、さやちゃんの遺体が埼玉へ帰って来た。今日が仮通夜となるらしい。

血の跡が少し残る制服を着て、お兄ちゃんの運転で斎場へ送ってもらう。


「…帰り、また連絡くれ。

茅陽、大丈夫か…?」


「……また、後で。」


斎場は、人が少なかった。

畳の上で布団に寝かされた、さやちゃんの遺体。

さやちゃんのお母さん、芳乃さんは、目の下に隈ができていて、憔悴《しょうすい》しきった様子だ。


「あ、ちーちゃん…」


「あの、この度は、お悔やみを…」


芳乃さんは、私の手を優しく握ってくれた。

包帯で巻かれた、私の左手。

じんわりと温かくて、お母さんの手に包まれた時と、なにかが違う。


「最後まで、さやと一緒にいてくれてありがとう。」


「わたっ…私…

なんにも、してあげられなく、て…」


「……あの子、寂しくなかったよ。きっと。」


「うん…うん……」


枯れたはずの涙がまた、溢れた。

一番辛いはずなのに、周りを気遣って…

そういうところも、そっくりなんだ。お礼を言われる資格は、私にはないのに。


「怪我、大丈夫なの?」


「…これ、私が、さやちゃんの代わりにした傷、で。

だから、だから…」


上手く言葉が出てこない。

私が彼女を庇ったあの瞬間と、同じことができていたら…

まだ一緒にいられたのかな。


「そっか…さや、怒ったでしょ。」


「うん…

でも、ずっと守って、くれて…」


三人の親友は、私を守ってくれた。

そして皆、死んでしまった。

私は、なにを返せる…?


返せるものなんてない。

三人の命の代わりになるものなんて――

もらった命を、大切に生きていくしかない。


「さやちゃん、すっごく…かっこよくて、強くて…

自慢の、親友なんですっ…!」


芳乃さんは、優しく抱き締めてくれた。

震える身体は、とても温かい。


さやちゃんの左手を取って、さする。

指の傷を、彼女は勲章だと言っていた。

前より少しだけ、その気持ちがわかるようになってきた。


翌日、お通夜では、他のクラスメイトも斎場へ来ていた。

皆一様に、同じ表情。何度も連続で葬儀に参加して、疲弊しきっている様子だ。



十一月三十日、日曜日。

芳乃さんの意向で、ごく親しい間柄の人のみによる葬儀となった。

私も参列させてもらって、焼香を上げた。


柔らかに香る桐の棺桶から、顔だけが見える。

花に包まれて眠る、穏やかな顔…

さやちゃんはもう、そこにはいない。でもきっと、楽土で元気にやっている。

……そう信じたかった。


お骨上げは、いまいち現実感が無かった。

もう、あの柔らかくて温かなさやちゃんの身体は、どこにもない。乾いた薄い骨が、そこにあるだけ。

気丈に振る舞っていた芳乃さんは、耐えきれずに膝から崩れ落ちた。


京都府警から芳乃さんへ連絡があったそうだ。

十九日に亡くなった、早川栞ちゃんの荷物の中から、さやちゃんが映った写真が見つかった。

…それは、奈良公園で私が撮った写真。

しおりちゃんのご家族と、芳乃さんに、複製されて送り届けられるらしい。



十二月一日、月曜日。

今日から登校する。

いつもの通学路は、朝の光が眩しい。

校門には、生徒指導の先生。

お互いに挨拶をするけれど、先生はどこかぎこちない。


教室には、七つの花瓶。

亡くなった生徒の机の上に、ひとつずつ。

私が教室に入ると、中は静まり返った。

得体の知れない異物を見るような目。根拠のない噂話。

亡くなった皆のことは、誰も口にしない。

……うんざりだ。


空いている席の中にひとつだけ、花瓶の置かれていない机がある。

…立石直人の席。

彼がその後どうなったか知りたくもないけれど、さやちゃんの死だけは、伝えずにいるよう一条さんには頼んでおいた。


ホームルームでは、当たり障りのない話をえりちゃん先生がしている。

先生も大変だろうけど、私には関係ない。

進路のこと、行事のこと、家族への連絡事項。

当たり前すぎて嫌になる。

…進路、か。



十二月八日、月曜日。

市民会館での、久喜北高校の合同追悼式。

亡くなった生徒は、十一名。

修学旅行中に、ひとつの学年からこれだけの犠牲者が出るのは、前代未聞だそうだ。

会場には、警備のために警察官も多くいた。

押し寄せるマスコミの群れが、私の感情を逆なでする。


会場のパイプ椅子に座り、壇上に掲げられた遺影を見上げる。

りりちゃん、しおりちゃん。

王さん、新島くん、美羽ちゃん、ななちゃん。

そして、さやちゃん…

B組から、七人もいなくなってしまった。


ちょうど正面に、さやちゃんの遺影。

無表情の彼女の写真は、見ているのが辛い。

本当はもっと、表情豊かで…

大声で笑って、変なボケをして、たまに抜けてて、怒ると怖くて…


式が終わって、ぞろぞろと学校関係者が会場を後にする。

会場後方に、会いたかった人の顔。

そして、その後ろにいる、許せない人。


「茅陽、こっち。」


「一条さん、ごめん、こんなに遠くまで…」


「そんなん、気にせんでええよ。

……芳乃さん、どこにいてるかな。」


後ろにいたあの人は、私を見てゆっくり頭を下げた。

…この人には、芳乃さんへ説明する義務がある。


「ああ、あなたが…」


「こちら、一条茉琴さん。

伏見で、ずっとさやちゃんに力を貸してくれてて。」


一条さんは、沈痛な面持ちで頭を下げ、挨拶をした。


「真白芳乃さん。

この度の娘さんの件、警察官として悔恨《かいこん》の極みです。

本当に、申し訳ございませんでした。」


「…一条、さん。

さやはあなたのこと、新しく出来た友達みたいに喋ってて…

きっと、好きだったんだと思います。」


それは、きっと間違いない。

さやちゃんは、最初こそ一条さんに反抗的だったけど、徐々に気持ちを通じ合わせていったように見えた。

…ちょっと、からかいすぎなとこもあったけど。


「そちらの方は…?」


…事前に一条さんがどう言い聞かせているか、わからない。

まさか自分が、娘の死に関わっているなんて口にしないだろうけど…


「お初に御目にかかる、鷹司忌助と申します。

真白さやの最期を看取った者の一人として、参上仕りました。」


黒いスーツ姿の鷹司さんは、深くお辞儀をしている。


「あなたも、さやの…」


「話せぬことばかりではありますが、ひとつだけ。

あの者、さやは…

真に愛情深き、優しいお人でした。

私は、彼女が遺したものを受け取った。それは、永久に忘れることはありません。」


この人は、最期にさやちゃんが選んだ人。私でも、一条さんでもなく。

彼女が最後に、信じた人。


芳乃さんの手を握り、身体を支える。お礼を言う、掠れた小さな声。

さやちゃん、これで…

これで、いいよね…



一条さんたちを見送り、夕方頃に家に着いた。

……さやちゃんが遺したもの、か。


私にも、できることがあるはず。

さやちゃんの代わりにやれるなにか。

本当は…務まらないってわかってる。

…でも自分で、そう決めた。


両手で握り締めたスマホ。さんざん迷って、一条さんに電話をかけた。


『もしもし、茅陽?』


「あのね、一条さん。

私――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。