第9話
首切り役人には、戦闘能力があるのか?
私が最初に思ったのは、そんな疑問だった。
日本で、介錯をする役の人たちは、相手に苦痛を与えないため、高い技量で瞬く間に命を終わらせるという。
でも、それが戦って強いということに繋がるのか、わからない。
「首切り役人とは、人間の身体の仕組みを知り尽くしておる者の事です。
どこを斬れば機能を止めるか。
どこを断てば、人は死ぬのか。
…されど、私にもあの者らが河原での働きのほかに、戦場に立てる力を持つのかは、定かではありません。」
つるさんは、処刑人の技能を詳しく聞かせてくれたけれど、戦闘に関してはわからないようだ。
河原とは、処刑場の事らしい。彼女の時代の古い言い方なのかもしれない。
ザムエルと名乗った処刑人は、名乗ってからずっと黙っている。
剣を構えもせずに、棒立ちの状態だ。
「首を差し出す相手にしか強く出られんのか?」
「……そうじゃない。」
浅倉さんの挑発に、やっと口を開いた。
「違う。そうじゃない。
そこに立つな。勝手な事をするな。」
ザムエルは饒舌に、否定の言葉を並べ立てた。
様子が変だ。
「座れ。そ、そこの女。
これより処刑場に向かいます。」
私に、話しかけている。
……この人は、私が生者であることがわかっている。
「おい。」
それだけ言って――
浅倉さんが、斬りかかった。
ザムエルは目を見開いて、攻撃に反応した。
剣で受け、身を躱し、足回りの調整をしている。
しかし防戦一方で、打ち返していない。
浅倉さんは、獰猛な獣のように激しく攻め立てている。
斬りかかり、突きを繰り出し、間合いを一気に詰めて、相手の避ける方向を潰していく。
すごい…ああやって、逃げ道をなくしていくんだ…
素早い連続攻撃を繰り返す浅倉さん。
当然だけれど、すごいスタミナだ。
相手を呼吸させないような、考える隙を与えないような、剣の嵐。
次の瞬間、浅倉さんは掌底で、ザムエルの顎を殴り上げた。
そして身を屈め、低く、低く構えた。
これで致命的な一撃が入る、と思ったその時――
ザムエルの目の色が、変わったように見えた。
彼が振り上げる剣の軌道と、浅倉さんの首の位置が、奇妙に重なっていた。
「浅倉さん!」
直後、浅倉さんの首があったその場所に、重く鋭い一撃が、振り下ろされた。
「動くな…
進行を妨げる事は許しません。
予定時刻となりました。」
間一髪、浅倉さんは転身して、攻撃を避けていた。
違和感があったのだろう。
私が声を上げる一瞬前に、は回避に転じていた。
「ぶつぶつうるさいのう。」
「よ、予定時刻を超過して、超過してい、います。
直ちに、刑をし、執行、執行します。」
さっきから、処刑のことばかり呟いている。
けれど、なぜか急激に苛つき始めているようだ。
さらには、戦闘開始前と同じように、棒立ちの状態に戻っている。
…わけが、わからない。
「よ、予定時刻を、大幅に、お、お、お………」
突然、ザムエルは汚れてもいない剣を、腰帯に挟んだ布で拭き始める。
一心不乱に、取り憑かれたように。
その隙を見逃す浅倉さんではなかった。
再び猛烈な攻撃を繰り返す浅倉さんだが、今度は着実に手傷を与えていく。
多分、さっきよりもザムエルの動きが悪くなっているのもあると、思う。
この期に及んでもまだ、この人は――
私を、見ている。
「……い、痛く、い、たくしない、しない、よ。」
急に――
唐突に、ザムエルは私のいる方へ走ってきた。
暗い目はぎょろりと動き、歯を剥き出しにして向かってくる。
「ひっ…」
けれど、背後から彼の服を掴んで、浅倉さんが引き倒した。
そのまま、背中を強打したザムエル。
その手からは、ロングソードを放してしまっている。
「だ、だいじょう……お、お、お父さん、お父、さん…痛、く、しな………」
「もう黙れ。」
首を突き刺して、彼を終わらせた。
最後に言っていた事の意味は、わからなかった。
ザムエルは最後まで、浅倉さんではなく、私を見ていた。
――私も、目を逸らさなかった。
無意識に、剣の持ち手を握りしめて。
なぜだか目に涙を滲ませて、彼が終わる瞬間を、見つめていた。
処刑場となっていた広間を抜けると、外の光が薄っすらと届き始めている。
…やっと、出られる。
不規則な石の足場が危なっかしく、皆慎重に、慌てず歩いている。
私は未だ、イーゴンさんの背で世話になっている身だが、外に出られると思うと、走り出したくて仕方ない。
光が強く差し込んでくる。
―――外だ。
崩れた石の門構えを抜けると、すぐ外だった。
”外”というのは比喩ではなく、楽土の巨大な塊…このブロック遊びの極致の、外壁部分に出たのだ。
「高い、ですね…」
腰が引けているセラは、どうやら高い場所が得意ではないらしい。
二メートル幅の階段が、建物の外壁に沿って上下に伸びている。
セラは外壁に身体を預けて、そこから一歩も動こうとはしない。
「大丈夫…?
手摺とか、あればいいのにね…」
「え、べ、別に苦手というわけでは…」
珍しく慌てた様子の彼女を見て、正直ほっとする。
怖いもののひとつやふたつ、誰にでもあるのだと。
足を踏み外せば、真っ逆さまに転落するのは明らかだ。
もっとも、それで死ぬのは私だけなんだけど…
けれど、地面に衝突した痛みを、百パーセント体感してしまうのは、死ぬより恐ろしいと思った。
「ここまでや。」
え、と間抜けな声を上げて、私は声のする方を見た。
「さようですか。」
浅倉さんの、素っ気無さすぎる別れの挨拶に、同じくらいの無愛想で返すつるさん。
「え、え?どういうこと…?
浅倉さん…」
「……お前とおると、判断が鈍る。」
「なに、それ。
意味、わかんないよ……」
それっきり、何も言わずに。
浅倉さんは階段を下向きに歩き出した。
待って…
まだ、浅倉さんのこと、よく知らないのに。
最初から、ずっと一緒だったじゃん。
ずっと守ってくれてたのに、私、何も返せてないよ。
素振り、また見てもらいたいのに。
――そんなのって、ないよ。
「……浅倉さん!
あ、ありがとうございました!」
私の精一杯の、強がり。
浅倉さんに、聞こえたかな。
少しだけ、立ち止まったように見えた。
もう、どんな顔をしているか、見えなくなった。




