↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第一部 楽土の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/136

第8話

学生服の上から帯を巻いて、私は左腰に小太刀を佩《は》いた。

あの後、しばらく刀を離すことが出来なかった。

私の手は、握り締める力が強すぎたのか、一時的に開かなくなっていた。

こんなことは経験がなかったけれど、セラがじっくりと一本ずつ、指を持ち手から剥がしていってくれた。


「少しの間、動かしにくいかもしれませんが、すぐに治りますよ。」


「ありがと、セラ。

こういうことって、よくあるの?」


「たまですが、あることです。

……でも、受けていれば、こんなものでは。」


あの瞬間、ぶわっと、全身から汗が噴き出たのを思い出す。

同時に感じた、底冷えするほどの寒さも。


「でも、本気じゃなかったよ、きっと。」


セラは、答えなかった。


小部屋から出発した私は、申し訳なさを感じつつも、未だにイーゴンさんの背で揺られている。

ちょっと過保護すぎないかな、とは思う。

思うけれど、いざ襲われた時に、私のせいで皆に危険が及ぶなら、それは絶対嫌だ。


錦帯橋《きんたいきょう》の先にあった建物は、まだ続いている。

不規則な石積みのこの建築物は、見ているだけで不安になる。

柱も曲がっているように見えるし、それが遥か上まで続いている。

崩れるのではないかと思い、直視するのも怖い。


「楽土の建物が崩れたと申すは、覚えがありません。」


つるさんはそう言う。

確かに、ここまで複雑に支え合っている建物の継《つ》ぎ接《は》ぎが、一部でも欠けてしまえば…

それはこの巨大な塊ごと、崩壊させかねない。

逆説的に、この建築様式の安全性が証明された、ということか。

度々、この世界の法則を、現実の法則と照らし合わせて考えてしまうが、無意味な事だといい加減諦めなければ。


「分岐《ぶんき》があるようやな。」


先頭の浅倉さんが呟く。

前方の道は、計三本の路地や階段に枝分かれている。

向かって左から、上向きの階段、下向きの階段、水平に奥へ続く道だ。

階段はそれぞれ、不規則な段差になっていて、躓《つまず》きそうな印象がある。

その横に伸びる道は、風が流れているのを感じる。どこかへ繋がっている証拠だ。


建物に入ってからここまでは、アップダウンこそあったが一本道だった。

それが、急に岐路《きろ》に立たされてしまった。

つるさんと浅倉さんが話し合って、進路を相談しているようだ。


「上を目指すんなら、これか。」


「されど、奥で下向きになっている可能性もあります。

逆にこちらは、奥で上に向かう道になっているやも。」


二人は、上下の階段になっている道を前にして、悩んでいるようだった。

行き止まりはないとの事だったので、どこを選んでも最終的には抜ける道はあるのだろう。


「俺が上を見てくる。

お前らはここで待っとけ。」


「私はこちらを。

いごん殿、半刻《はんとき》で戻ります。浅倉殿もそれで?」


「おう。」


浅倉さんが上、つるさんが下へ、それぞれ偵察に出る。

半刻とは、確か一時間くらいだったはずだ。

時計などどこにもないのに、体感で測るというのだろうか。

残った私たち三人は、仮休憩としたが、私を降ろしたイーゴンさんとセラは、警戒を緩めていない。


私は、腰の刀を意識していた。

教えられた事だけでも、反復しておきたいと、ふと抜刀する。

二人はちら、と一瞬こちらを見たが、そのまま警戒態勢に移行した。


腕の筋肉には、まだ疲労が残っている。

持ち手を握る手も、動きが少し硬い。

脚を開いて、小太刀を振り上げて、下ろす。

音を発する素振りを、二百回くらい繰り返した時――


「熱心やのう。」


浅倉さんが階段を降りてきた。

見たところ、怪我はしていない。

戦闘はなかったようで、ほっと安心する。

私は、浅倉さんに見てもらいながら、素振りを

続けていく。


「ふっ、ふっ。」


「真っ直ぐ、そうや。」


浅倉さんは時折、私の剣筋を訂正してくれる。

刃の向き…当たり前だけれど、刃の角度がずれていれば斬るのは難しくなるらしい。

この小太刀で、誰かを斬る事はあるのだろうか…


「あのっ、剣が壊れないなら、切れ味も?」


素振りを続けながら、ふと気になった事を尋ねてみる。

剣が破壊出来ないというのは、折れない、曲がらない、錆《さ》びない…?

状態が変化しないという事なのかと。


「おう。

なまくら刀やったとしても、妙に斬れるようになっとるらしい。」


「えっ、ああ…」


刀剣の状態が変化しない。

それは、切れ味が良くも悪くもならないという事か。

それでは戦えないだろうと、現世でぼろぼろの状態だった剣が、この楽土では万全の状態に修復される…

なんだか、人為的とさえ思えてしまう。


浅倉さんとこうやってしっかり話すのは初めてだった。

彼がどういう人なのか、いまひとつ掴《つか》めない。

それでも、以前より態度が柔らかくなっている気がしていた。

けれど、浅倉さんは私と目が合うと、すぐに目を逸らしてしまう。

…まだ距離が縮まるのには時間がかかるのかな。


「あら。感心ですね。」


十分ほどして、つるさんも姿を見せた。

彼女は手に持っていた大太刀を背負い、紐《ひも》で固定していく。


「どうやった、奥白石。」


「ならず者を二人、斬りました。

更に奥にいた可能性もあり、引き返したのです。

あの道は危険かと。」


「こっちは道が狭すぎる。

待ち伏せされとったら、終いやな。」


「じゃあ、横の道?」


消去法でそうなるだろう。

私は納刀し、浅倉さんに一礼した。ドラマなどで、こういうシーンを見た覚えがあったからだ。

浅倉さんも、一礼で返してくれた。

つるさんは、こちらを見なかった。


三本目の横道は、天井が高く、見晴らしがよかった。

薄暗くはあったが、周りが見えないなんて程ではない。

奥に向かって緩やかに下っていく、傾斜《けいしゃ》のついた坂になっていて、よく見ると道の端には、黒っぽい埃が積もっている。

とにかくこの道を進んで、早くこの建物から出たいな。


歩きやすそうな道を進んで、くねくねと曲がった通路に出る。

今のところ、一本道でさっきのような分岐はない。

背に揺られながらふと地面を見ると、古い血痕《けっこん》がある。

私は一瞬、それを凝視《ぎょうし》したが、すぐに視界から外した。

…こんなのは、よくあるからだ。

ここに来てすぐの頃は拒否感もあったが、今は何とも思わない。

私はそうやって、平気なふりをした。


「…気配がするな。」


浅倉さんが小声で呟いた。耳を澄まし、目を凝らしてみる。

遠くの方で、声がするような音の響きがある。


「ここまで、潜伏できそうな場所はありませんでした。

進んでも、挟み撃ちにされる可能性は低いでしょう。」


「用なき者がいれば斬るのみです。

とはいえ、慎重に。」


セラとつるさんの言葉を合図に、再び歩き出す。

ゆっくり道を行くと、人の声がはっきりと、聞こえてきた。


「死んじまえ!ちくしょう!やめっ――」


鈍い音がして、声は途絶えた。

けれどこの先で何が起きてるか、わかった。

今の声の主は、死んだ。

……殺されたのだ。


じりじりと確かめるように歩を進めていく私たち。

いつの間にか、辺りは暗くなっていて、道の先にだけ、淡い光が漏れている。

大きいアーチ型の石門が、道と広間を分けているようだ。

浅倉さんが広間の中を覗く間、私たちは、中からでは見えない位置で息を潜める。


「で、でてこい。」


私は短い悲鳴を上げてしまった。

咄嗟に口を押えるが、もう手遅れだ。

セラは大丈夫と目で訴えてきて、イーゴンさんが私を降ろして、戦闘に入れる体勢を取る。


「生きて、いるな。お前。お、女だ。」


私は恐怖で竦《すく》んでしまった。

生者であることを、この距離で、見もしないで察知されたことに恐怖した。


「…おいでなさい、さや。

近くにおらねば危ういやもしれぬ。」


つるさんの強い言葉が、恐怖を緊張に置き換える。

セラとここに残りたかったが、全員まとまっていないと、かえって危ない。

それに結局のところ、進まなければ、ここから出られない。


「サヤ、私の真似をしてください。」


そう言って、セラは目の前で深呼吸をしてみせた。

セラが目線を合わせてくれている。

私の手が取られ、彼女の胸に引き寄せられていく。

ゆっくりと肺が伸縮《しんしゅく》しているのが、伝わってくる。

彼女が大きく息を吸うのに合わせて、私も息を吸う。

吸って、吐いてを繰り返す。


「はい、充分です。」


彼女に強く手を引かれ、私は立ち上がった。

そのまま進もうとするセラに、私は抵抗した。


「こ、怖いよ…」


「それは当然です。

しかし、今は我慢してください。」


抑揚《よくよう》のないセラの声に、不安が更に募《つの》っていく。

けれど、本心とは裏腹に、脚が勝手に前に出て、歩を進める。

…離したら、だめだ。――置いていかれる。

理由もわからないまま、そう思ってしまった。

ただ、それだけで動いていた。


中へ入ると、私は息を呑んだ。

さっきの叫び声の主であろう男は、後ろで手を縛られ、跪《ひざまず》いたような体勢で、頭を垂れていた。

けれど、その頭は、胴体とは繋がっていなかった。


「あっ…」


力なく倒れる津久井の姿がフラッシュバックする。

あの時の気持ち悪さ、嫌悪感を、身体が思い出そうとしている。

私は、一歩も動けなくなってしまった。

すぐに、手を引くセラが目線を合わせてくれたおかげで、なんとか耐えられた。


こちらを見ているのは、痩身《そうしん》の男だ。

背は高く、腕が妙に長く見える。

髪は長くぼさぼさで、落ち窪《くぼ》んだ目とやつれた顔。

そして、つい先ほど”使われた”とは思えない、汚れひとつ付いていないロングソード。


「首切り役人か。」


浅倉さんの低い声が響く。

男は、じっと私を見ている。

つい、私は目を合わせてしまった。

闇の底のような暗い目に、引きずり込まれそうになる。


「おい、さやを下がらせろ。」


つるさんが私の前に立ち、セラは隣にいてくれる。

視線が切られ、つるさんの背中だけが見えていた。


「アサクラ殿、おひとりで?」


「おう。休んどけ。」


イーゴンさんが確認すると、浅倉さんの頼もしい返事がこっちまで届く。

一対一だ。


「でも…皆で戦うのはだめなの?」


「……お前は、見んでええ。」


浅倉さんは、またそう言う。

武士は、名乗りあって一騎打ちをすると、歴史の授業や映画から教わった。


「浅倉涛庵。」


「ザムエル・テンネブラ。」


あれは、本当だったんだ。

浅倉さんは、ああ言ったけれど、私は見届けないといけない。

戻れないとわかっていても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。