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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第107話

女三人、おらんようになれば静かなもんや。

町に出て、あてもなく動く。

外道の首を落とした練達の剣士、日本の生まれやろうが、足取りは掴めんまま。

妙な胸騒ぎがする…

この剣士、さやには会わせとうない。


土地勘が出てきたとこで思うが、この町はよう栄えとる。

どこまで行っても高い建物が多く、住人も飢えとらん。

人死にがなくば、通りは人で溢れとったやろうに。


黒い石の地面は、足に痛みを届ける。

さやは我関せずという風に走り回っとったが、あの履物の出来がええんやろう。

この地面、馬が走るには固すぎるか。

しかし、もう一頭もこの国におらんとは…寂しいもんやな。


…足が止まる。

なんや、この感じは…

後ろ髪を引かれるように、来た道を振り返る。

なにが、気になっとる。


さやたちもすぐ戻る言うとったことやし、帰るか。

帰りは、より一層、足早に進んだ。



空き家の辺りは、静か過ぎる。

…そうか、なにかわからんが、勘は当たったようやな。

おれが戻らんかったら、”こいつ”がさやを殺しとったやろう。


「剣士よ、少し見てやろう。」


「…なにもんや。」


闇に紛れる焼けた肌、青銅の剣。

隆々とした筋骨は、よう考えられた配分や。

無駄を削ぎ落した上半身が滑らかに反らされた。その足は、釘で地面に打ち込まれたように動きがない。

出来るな…


「ふむ…

よい、試してみよ。」


間合いを詰める。

空き家のすぐ前に、そいつは立っとる。


「ここに人は住んどらん。なんの用や。」


「匂うのだ。

楽土の匂いが、ふたつ。」


…さやも、狙っとるんか。

そうはさせん。

この男、凄腕やが件《くだん》の剣士とは違うな。


「…浅倉涛庵。」


「ナブ・エテリ。死力を尽くせ。」


仕掛ける。

分厚い青銅剣の大きい動き。

おれの間合いより広く、速い。

肘までしっかり伸ばしとるな。


刀で受け、押し返して隙間をこじ開ける。

懐に入れば、力負けはせん。


「凡庸《ぼんよう》なり。」


――刀を掴まれた。


奴の左手が、おれの刀身を握っとる。

刃を掴んだというのに、指の一本も落ちん。

そんならこっちも、もらうぞ。


左手で、青銅剣を握る相手の右手首を掴む。

互いに片手を封じたまま、頭突きをありったけ叩き込んだ。

傷にはならん。


腹に、硬い感触。

気付いた時には、奴の足裏が、おれの腹に添えられとった。


――柄を握りしめる。


「ぐっ!」


蹴りというより、押し飛ばされた。

大した脚や…!

空き家の前まで、転がされた。刀は手元にある。

互いに無傷のまま、間合いだけがまた離れた。


倒れたおれに、攻め続ける剣士。

長い足で、距離を一息に詰める。

――突き。…これは打たせる。


脇腹をかすった青銅剣が、黒い地面に刃を立てた。

それを握る手元を捕まえ、刀を喉目掛けて突き返す。

切っ先が届く直前で、男は地面に伏せた。

異様に曲がる関節。

青銅剣を突き立てたまま、手首が、肘と肩があらぬ方向へ倒れていく。


無防備なことに変わりはない。

低い位置にあった男の顔を蹴り、その勢いで立ち上がる。

乱暴に空き家の扉を蹴破り、中に入った。

家の中なら、こちらに利があるやろう。


静かに、追って来る男。

日本人より体格のええこの男には、家の中は狭かろう。

睨み合い、距離を近づけていく。


――知った足音。

もう、帰って来よったんか。


「下がれ、さや!」


お前が戻るまでに、終わらせたかったが…

さやの太刀は、おれの足元にある。

無理に加勢しようと思うなよ…


刀の間合いの限界。

柄頭を握り、腕を伸ばし切って突く。まずは、喉。


「そう急くな。」


喉へ向かう高い軌道に膝が割り込んで、切っ先が逸らされた。

両腕は下がったままや。青銅剣で受けたわけでもない。


肩、胸、鎖骨、眉間。

続けて突く。


膝で弾かれ、踝《くるぶし》で逸らされる。

まるで自在に首を振る蛇のように脚が動き、刀の軌道をあり得ぬ曲がりの関節が阻む。


如何なる意図か、この男は剣で受けはせん。

身体そのものが、武器か。


「さや、よう見とけ!」


右肩を狙う軌道に、相手の右踝が弧を描いて上がる。

下を向いた刃を外側に起こし、踝から足の裏まで切り裂く。


「うむ、資格あり。」


裂いたとて、意に介さんか。

軸足に使っとる左脚も斬れば、防ぐも躱《かわ》すも不自由やろう。

…しかし、攻めはどうした。


「…遠き地の剣士よ、貴様は選ばれた。」


「喋る余裕はあるようやな。」


わけのわからんことを言う輩しかおらんのか。

こいつは、さやには相手をさせん。

ここで殺す。


深く息を吸い、肺腑《はいふ》を満たす。

溜め込んだそれを吐き出し、前へ。

青銅剣の横薙ぎが、それに応じる。

天井の梁《はり》に阻まれ、縦振りの軌道は潰れとる。低く躱して更に前へ。

狙うは、左脚。


突き下ろすか、蹴りか。

まだ足元は動かん、上から攻め立てる腹積もりか。

前へ動く勢いを殺して、相手の左側に回り込む。

畳に、青銅剣が刺さった。


すれ違いざまに、その腿《ふともも》を裂く。

これで、両足は満足に動かん。


「もうよい。」


低く構えたおれの下で、なにかが蠢《うごめ》いた。


――奴の右足。


裂いたはずの右足が畳を這い、おれの腹の下へ潜り込んどる。

足の指先が、腹に当たった。


「ぐおっ!」


身体が浮いた。

人ひとりを、片脚一本で持ち上げよった。


背中が天井に叩きつけられる。

腹を押さえる足裏が、なおも力を込めてくる。


なんや、この力……!

これは、まずいな。


阿呆、来るな…!

こいつには、不意打ちは効かん!


「…邪魔はせぬよう、忠告したはず。」


「…うるさい。」


さやの太刀が狙った、やつの右腕。

それを、背中から回り込むよう、奇妙に曲がった左腕が、止めた。

奴の殺意が向く――

おれを試しとる最中やろが。


「さや、逃げろ!」


「やだ!絶対――」


持ち上げられたまま柄に力を込め、狙いを付ける。

その首筋――いや、左腕…

離せや、その手。


「こっちを見んかい、戯《たわ》け!」


お前は、生きろ。

仇なんか、考えるなよ。


重い衝撃と熱。

腹から胸にかけて、青銅の剣が、おれの身体を通った。


「…よい戦士であった。」


抜けた感触が、遅れて来る。

悪いな、しくじった…

…そんな顔、すんな。


……お前の眼は、おれの判断をいつも鈍らせる。


「いや、いや……

浅倉さん、いや!!」


「うっ……ぐぶっ…」


のう、あの説法――

実は…聞いとらんかったんや。

礼は、別のもんに、してくれ。

この子を…


「待って、待って!

…行かないでっ!!」


死ぬな、よ……

奥白石に…どやされ、るんは、勘弁やぞ…



…?

お前、髪、伸びたな。

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