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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第105話

空き家への帰り道の途中、コンビニへ立ち寄った。

三人分の昼食と飲み物、浅倉さんのリクエストを購入し、重い袋を腕に下げて歩く。

そこから十五分で、空き家に辿り着いた。

周囲を見渡し、誰にも見られていないことを確認して、音を立てないよう扉を開ける。


「さやちゃん!」


「ただいま、もう、へとへと…」


部屋はストーブのおかげで暖かく、気持ちが落ち着くようだ。

現時刻は、十一月 二十五日 十二時 二十六分。

ちょうど、お昼時だった。

後ろから音がして、浅倉さんも部屋に姿を現した。


「お昼、買って来たから食べよ。」


「ありがと…っ。」


「おかえり、さや。」


ちーちゃんの声が途切れて、顔を歪めている。

ご飯を食べないと、痛み止めは飲めない。

茉琴さんも、痛みがあるだろうに、平気な顔…


買って来たのは、おにぎりを数種類と、サラダ、お惣菜など。

たんぱく質を摂ると、怪我が治りやすいかもと、サラダチキンとプロテイン飲料も買っている。

おかげで、レジ袋が裂けんばかりに悲鳴を上げていた。


好きなものを取ってもらい、私は余り物を頂く。

浅倉さんには、焼き魚とおにぎりを手渡す。


「おお、鯖《さば》か!」


「よく食べてたの?」


パックに入った焼き魚、塩鯖を選んでみた。

おにぎりの具材は、鮭と焼きたらこ。

それっぽい組み合わせだ。


「すごい脂やな。うん、美味い。」


顔をほころばせて、ばくばくと食べている。

それを見て、ちーちゃんも茉琴さんも微笑んだ。

この四人でご飯を食べるのは、遠足に来たみたいで楽しい。


「これは…魚の、腹子か?」


「あ、たらこね。えっと、鱈《たら》の卵。」


昔と今とで、魚の名前が違うとしても、自動翻訳で伝わるはず。

魚卵を食べる文化が、鎌倉時代には無かったのかな?


「腹子とは、珍しいもんや。

鱈…幾度か食うた覚えがある。」


「鱈の卵を、塩漬けにしてから焼いたものです。」


茉琴さんから補足が入る。

浅倉さんは、あっという間に食べきってしまった。


「魚の卵は、対馬で食うたんが最後や。

あれは、酒の肴《さかな》やったな。」


塩漬けは保存食だし、当たり前だけれど、冷蔵庫のない時代には必須だったのだろう。

昔から、塩気の強いものとお酒を飲むというのはあったらしい。


「なんの魚の卵だったんですか?」


お茶を飲んで、ちーちゃんが興味深そうに尋ねる。


「あれは…

鰡《ぼら》やな。唐墨《からすみ》いう高級品やった。」


「あ、聞いたことある~。」


実際に見たことも食べたこともないけれど、私も知っている。

すごく歴史の古い食べ物なんだな。


「今でも高級品です。

確か、九州の方の名産だったような…」


「上等なもんで、一切れしか食えんかった。

あとは、右馬次郎《うまじろう》がかっさらっていきよってな。」


「え、一気に?

しょっぱいんじゃないの?」


「塩抜きしとったんやろうな。

あの戯《たわ》け、一息に流し込みよって。

助国《すけくに》殿が怒鳴ってな、大笑いしたもんや。」


お話を聞いていると、自然と私も笑みを浮かべていた。

浅倉さんは、親友との楽しい思い出を、遠くを見るような表情で話している。

……こんな顔もするんだな。



お腹も膨れたところで、作戦会議だ。

まず、正確な情報を共有していく。

ラナ・サナの死体を発見した場所、周囲の状況、死体の消滅…


「頭は?

そこには無かったんかな。」


「転がってはおらん。

持ち去った、いうのが自然やな。」


頭だけ、持ち去った…?

死体を隠すこともせずに?


「…まさか、埋葬?」


茉琴さんの口から、意外な言葉が出た。


「自分で、殺した相手を…?

そんなことする人、いるのかな…」


「心理はわからんけど、そうとしか考えられへん。」


状況から考えると、不自然とは言えない。

しかし、ますますこの剣士のことがわからなくなった気がする。


「…頭だけ埋めるのって、海外でもあるのかな。」


ちーちゃんの呟いた疑問。

…ここを考えていけば、相手の心理を読めるかも。


「茅陽、よう出来とる。

おれは、この国の剣士や思う。」


日本人の剣士、か。

確かに首塚とか、戦で敵の首を集めるとか、日本には死者の首を特別に扱う文化がある…気がする。

でも、断定するのはまだ早い。


「多分、日本人剣士で、体格があまり良くない、凄腕の剣士。

今のところ、わかってるのはこれだけかな。」


「もし日本人なら、話が通じるんじゃない?

味方になってくれるかも!」


ちーちゃんは希望的に言うけれど、日本人であるだけで味方になってくれるとは考えられない。

もっとも、この剣士の行動原理がわかれば、追跡できそうではある。

同じ日本人なら、文化や習慣から、思考をある程度予測するのは可能だと思う。


「うーん…

そもそも、男か女かもわからないよね。」


「奥白石《おくのしらいし》やったりしてな。」


それなら心強すぎて、踊り出してしまいそうだ。

けれど、渦を守っている彼女はそんなことはしないだろう。


「…つるさんだったら、すぐにわかるし。」


「そうなんか?なんでや。」


「…匂いとかで。」


三人とも、絶句している。

いや、本気にしないでよ…


「あ!松吉くんかも!」


あり得る!

十二歳の彼は、体格は小さく襲われやすい。

剣の腕は充分だし、埋葬もしっかりしそうだ。


「さや。

こうやったらええな、の場やないぞ…」


「あ、そうだね。」



行き詰ったところで、時間を確認する。

現時刻は十一月 二十五日 十六時 三分。

話し合いは、思ったより長く続いていた。


「そうか、おれなら――」


「あ、そうなんだ〜。」


ちーちゃんは、浅倉さんと話している。

あの公園で彼に助けられてから、彼女は浅倉さんによく懐いている印象があった。


「茅陽は、自分で決めて動くようにせえ。

他人に振り回されるのに、慣れるな。」


「自分で、決めて…」


「その頭で、よう考えろ。

さやはその辺、よう出来とる。」


私は、聞こえていないふりをして、昼食のごみをまとめていく。

茉琴さんは、うとうとしているので、お布団に入ってもらった。


「私…自分で決めるの、怖いんだ…」


「それでもええ。

やけどな、最後に悔いが残らん方を選べ。」


ちーちゃんは、歳の離れたお兄さんがいるって、言ってたっけ。

家族から溺愛されて、学校では主にりりちゃんが守っていた。

自分で物事を決めて、行動を起こすのには不慣れだったのだろう。


「自分で…

浅倉さん、ありがとうございます。」


「手はどうや。」


「今は、痛み止めで――」


また、他愛のない話に戻っていく。

なんだか、兄弟みたい。

…いや、親子かな。

浅倉さん、何歳くらいなんだろう。


茉琴さんは、疲れが出たのか、よく眠っている。

お腹が一杯だったのもあるだろう。

彼女のジャケットを畳んで、枕元に置く。

警察官、か…

割と本気で目指してみたいと思えるようになっていた。

全部終わったら、警察学校について調べてみよう。


右肩の傷を確認すると、今朝まであった傷跡すらなくなっている。

正真正銘の完治だ。

本当に便利だけれど、一生このままなのかな?

病気とかは、どうなるのだろう。


茉琴さんが持参したモバイルバッテリーを使わせてもらい、スマホを充電しておく。

通知は、五十件を超えていた。

皆はもう、埼玉に着いているだろう。

…少しだけ、肩の荷が下りた気分だ。


「しかし、お前ら揃いも揃って…

左手、怪我しとるんやな。」


「あ、ほんとだ…」


私は、左手の人差し指と中指。

茉琴さんは、左腕。

ちーちゃんは左の掌。

それも全て、剣士から受けた傷。


「利き手じゃなかったから、まだなんとか…」


ちーちゃんは包帯に覆われた左手を見つめている。

私の場合は数日で治ってしまったけれど、二人は別だ。

生活に大きな影響が出ている。


「でも、二人とお揃いだから…いい。」


ちーちゃんは、傷付いた手を愛おしそうに見ていた。

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