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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第101話

私が、盾にならんと。そう思ってたはず。

でも…茅陽の身体が先に動いて…

私は、止められんかった。


血を撒き散らしながら暴れ回るさやを見て、茅陽と二人で震え上がった。

怒りっていうものは、これだけ人を豹変《ひょうへん》させる力があるんかって…


「ひぐっ…うえええ!」


さやに…冷たく突き放されて、茅陽の心はもう限界やな。

あの子は茅陽を守るために、遠ざけた。

救急車のサイレンが、彼女の泣き声を掻き消していく。

怪我した子供を介抱して、救急車の到着を待つ。私にとっては珍しくない出来事。

やのに、さっきまでの戦闘の後やと、違和感が大きい。現実味がない。


救急車に続いて、警察も現場に到着した。

…辻野くんか。

ここまで茫然《ぼうぜん》とした表情の彼を見るんは、いつぶりやろうな…


「お前が守ったらな、あかんやろが!」


「……ごめん。」


「やめて、一条さんのせいじゃ、ない…」


辻野くんの言葉は、正論そのもの。子供を守れん警察官なんか、おらんのと同じ。

茅陽は、泣きじゃくってたはずやのに、私を庇った。

自分が、情けない…


「佐山さんに付け、病院で話は聞く。」


「うん…

辻野くん、その…」


「はよ行け。今は忙しい。」


目も合わさず、現場の作業に入る。

失望させてしもたな…



茅陽が手術を受けてる間、聴取が行われた。

あの現場には、未成年殺人事件の犯人の遺体と、その手にあった剣。

しかし茅陽の掌には、その剣では説明のつかない刺創がある。

さらに、水月楼から一緒にカウンセラーの元へ向かったはずの真白さやが、忽然と姿を消している。

全部正直に話せたら、どれだけ気が楽か。


「…被疑者とは別の男が、さやを庇った茅陽の、掌を刺した。

それで、茅陽の介抱をしてる内に、さやは消えてて…」


「…お前、それほんまやろな。」


「動けんかった…

茅陽を止めるのも、さやを庇うのも、私がやるべきやったのに。」


「もうええ。自分で調書作れ。」


辻野くんは、肯定も否定もしない私の話に、違和感を持ったやろう。

宮本さんから、どれくらい彼に情報が降りて来てるかわからん以上、迂闊《うかつ》なことは言えん。


茅陽の手術は、二時間ほどで終わった。

麻酔から覚めて、ぼんやりとした彼女を支えて、廊下をゆっくりと歩いていく。

その左手は、指先だけが少し見えるくらいで、ほとんどが包帯に覆われている。

受付に整然と並ぶ椅子に、牧田先生が座って待っていた。こちらに気づいた彼女は、顔をしかめている。


「生徒を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」


深く頭を下げる。

こんなことで許されるとは思っていない。

許してほしくもない。


「…もう、うんざりです。

あなたが二人を連れ出して、この結果ですか。

佐山さんはひどい怪我をして、真白さんはまた行方不明?

どうしてこんなことに…」


「えりちゃん先生…?」


茅陽はふらついている。

やっと、目の前に牧田先生がいると気が付いたみたいやった。


「ああ、佐山さん、ほら帰りましょう。

…タクシーを呼んでもらえます?」


「はい。手配致します。」


病院の出入口に向かう茅陽と牧田先生。私は受付のそばで、それを見送る。

…茅陽とは、これで最後になる。

私は、さやの所に行ってあげないと。


思案しながら硬い床を見つめていると、見覚えのある靴が視界に入って来た。


「茅陽…?」


「さやちゃん、どこ。」


「……わかりません。」


牧田先生は自動ドアの近くで、怪訝《けげん》な顔をしてこちらを睨《にら》んでいる。

さやの居場所は、さっきトークで送られて来た住所。

この子は、あんなに冷たい言葉を浴びせられても、まだ寄り添うつもりか。


「嘘。教えてくれないと、全部話す。

辻野さんにも、宮本さんにも。」


「…トークで送る。でも、あんた明日には。」


「関係ないでしょ。

さやちゃん、私と一条さんがいないと死んじゃう。そんなこと、させない。」


「っ…」


それは、あの戦いを見て私も感じた。

さやは、平気で自分の優先順位を下げて、暴力を行使した。

まるで、殺せるなら死んでもいい、とでも言うみたいに。

…茅陽は、きっとあの子のストッパーになる。

でも、逆にもう私たちを止める人間はおらんようになる。


「…水月楼《すいげつろう》に戻ったら、電話ちょうだい。」


「ありがとう、一条さん。」


そう言って、私の胸に飛び込んで来る。

……っ痛あ!


「あんたなあ…

私も、怪我してんねんけど。」


「知ってる。

でもお芝居だから、もうちょっと我慢して。」


芝居…?

なにを――


顔を上げた茅陽は、目に涙を溜めている。

しかし、すぐにいたずらっ子のように笑って見せた。

はあ、なるほど…

お別れの演出、してるわけか。


タクシーが病院の前に停まって、二人が乗り込んでいく。

私は手早く調書を書き、辻野くんに預けた。

どこまで本当で、どこから嘘か。宮本さんなら、読み取ってくれるやろうか。


「一条、気いつけて帰りや。」


「うん。

辻野くん、お昼、十回奢(おご)りでどう?」


「少ないわ、アホ!」


現場に戻るという辻野くんと、反対の方向へ歩く。

近くのコンビニに寄って、なにか栄養のある物を買わんと。

さやは出血が酷かったし、鉄分配合のプロテイン飲料なんかも適してると思う。

あとはおにぎりと、チキンとか野菜サラダとかかな。


タクシーを呼んで、さやから送られた住所を指定する。

十五分くらい車が走って、日が落ちた後に空き家へ着いた。

…休暇中とか関係なしに、完全にアウトやな。


静かに玄関のドアを開けると、ライトブルーのスニーカーが、揃えて置かれている。

ここで、間違いないか。


「さや?」


玄関から奥の部屋へ進むと、布団が敷かれて、さやが寝息を立てている。

息が荒く、小刻みに繰り返されていた。

当然、電気も水道も通っていないであろう空き家は、隙間風のせいか、かなり寒い。


浅倉さんは、パトロールに出かけたのか。

彼がさやを放置して出かけるとは思えないけれど、一時間くらい前にした電話の時には、ここにいたはず。

建物は二階建てで、上を覗いてみてもいいか。

考えていると、着信が鳴った。茅陽からだった。


「ん…」


さやは、まだ目を覚まさない。

軋む階段を上がり、電話に出る。


『もしもし?

今、やっと一人になれて、電話しました。』


「具合、どう?」


『痛いのは、あんまり感じないから動ける。

今日の内に、さやちゃんの所に行かないと帰らされちゃう…』


やっぱり、埼玉に帰る気はないか…

牧田先生に知れたら、私は殺されるかもしれへんな…


「今、空き家に来たとこ。さやは寝てるわ。」


『さやちゃんの荷物、そのままだから、持って行く。でも片手だから、自分のは運べなくて…』


「二回に分けて、非常階段のとこまで運んでみて。配車アプリでタクシー呼ぶわ。

…見つからんようにしいや。

何時に出てもええけど、遅い時間やと運転手に怪しまれるかも。」


『一条さん、悪巧《わるだく》みの天才?』


「日々犯罪者と戦うと、こうなるんよ。」


通話が終わり、茅陽から出発時間の連絡を待つ。

荷物を運ぶのは大変やろうし、見つかる可能性も高い。

手伝いたいけど、もうさすがに水月楼には顔は出せん。

今は、さやのそばにおってあげたい。


「…来てたんだ。」


一階に降りると、さやの目は覚めていた。

部屋の中は薄暗く、顔色はわからんけど、声を出すのも辛そう。


「食べれる?

これ、飲めるだけ飲み。」


上体を起こすのを補助して、鉄分配合の飲料を摂取させた後、食べやすい物から渡していく。

さやは、ゆっくりゆっくり、口におにぎりを運んでいく。


「ごめんね、一条さん…」


「なにを言うの…謝るのは、私の方。

茅陽の怪我は、私のせい…」


「怪我してるのは、一条さんも同じ。

ちーちゃんを止められなくても、無理、ないよ。

でも、私…あの時、一条さんのこと、恨んだ…」


……それは、当たり前のことやと思うよ。

私は、なにもできんかったんやから…

正直に言葉にしてくれるのは、この子が私に向き合ってくれてる証拠。


「警察官は、恨まれるのには慣れてる。

やから、それでいいよ。さやは、間違ってない。」


「あの、えっと…茉琴、さん。」


…なんや、嬉しいな。

俯《うつむ》いて、小っ恥ずかしそうに名前を呟くさや。

いつ名前呼びしてくれるんかと、待ってたくらいやのに。


「どうしたん?」


「私、死ぬつもりはない。

でも、あんなことにならなくても、この先どうなるかわからないから…」


殺し合いの渦中《かちゅう》から、抜け出ようと思えばそうできるのに。

全部、自分のせいやからって、責任やからって…

死ぬとしても、それを恐れてない。


「だから、私の知識を全部、残しておきたい。

私がいなくなった後、剣士に対処できるように。」


そんなこと、言うな…


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